第二十七話 岐路。
六角金剛から全てが説明された。集められた関係者は納得し、不満を抱えながらも解散した。誰にも知らされていなかったが、ここ半年の間、霧街を悩ませていた首切りに関する調査はセアカに一任されていたのだ。舞闘者として第一線を退いたセアカはしかし、その力量を認められて……特に師匠のグワイガに厚い信頼を得て……おり、六角金剛は彼を直下に置き、諜報活動を任せていた。金剛以外は知らされていない事実だ。従来はそれがうまく機能していた。だが、この首切り案件については、逆に働いた。セアカを恨む者達や思い込みにより敵対してしまった者達。そして何より、よそ者のラス。彼らが事態を複雑にした。全ての説明が終わった今、金剛議場には、セアカと金剛だけが残された。
「なぜ、連絡せんかった?心配したぞ。」
議場の大仰なテーブルとお揃いのチェアに座して黒丸は問う。セアカはヘラリと笑い答える。
「だってキリが無いですよ。首切りはとびきりに隠れるのが得意で、式神のカラスしか手がかりはない。しかも、ようやく見つけたアジトで四牙に見つかり、まるで俺が首切りのように扱われた。偶然か必然か、或いは……仕掛けか。いずれにしても俺は首切りに仕立て上げられそうになった。そもそも誰が味方なのかも判らない状態でしたよ。これではもうしようがないです。だから俺は、黒丸さんだけに連絡して、負傷した振りをして正門前に来たんです。時間をかけてゆっくりと正門前まで移動しましたから、俺を始末したがっている奴は霧街の何処に居ても駆けつけることが出来たはずです。先ほどの正門前には、首切りが居たはずです。コクト、ロイ、ラス。本当の首切りは金剛と俺のつながりを知らない。だから、俺を殺して罪をかぶせようとすると見込んでいた。恐らく首切りは……ラスです。」
黒丸は大きく息を吐いた。渦翁も胆月も一文字も言葉を発しなかった。これは非常に重要で繊細な話だ。
「ま、そんなところじゃろうな。じゃが、首切りがラスとしてその動機は?なぜ街人を殺す。首を切り、念鏡につないでナニが得られるのじゃ?そこに説明が必要じゃ。烏頭鬼の軍勢との類似点についても承知しておる。牢獄から脱したことも問題じゃ。じゃが、彼は一方で九頭竜から街を救った。英雄とまでは言わんが、街を守ってくれた。その男がなぜ、首切りを行う?動機。大事なのは動機じゃ。理由があるはずじゃ。それを押さえるまでは何も出来ん。じゃが……。」
黒丸の言葉を胆月が遮る。
「俺はラスを信じていない。ラスが犯人でいい。直感が結論している。」
「やめろ。胆月。その考え方は死人の迷路に迷い込むものだ。我々は街人を導く存在だ。思い込みと好き嫌いは捨てろ。国が滅ぶぞ。」
胆月の背中に無数に生えた角がぶつかりあって音を立てる。彼の感情が破裂した。
「国が滅ぶ?ああ!そうだろう。どうせ滅ぶ。水紋の国がこの零鍵世界最後の国だ。次に貪食生物や黒嵐に狙われるのはココだ。間違いない。で?だからどうだ?烏頭鬼?首切り?それがどうした!我々には子孫が居ない。子供が生まれない。なにがどうあってもいずれ滅ぶ。なぁ。好きにすればいい。違うか?本能に従って生きるのでは駄目か?なぁ!!」
胆月は自分の意見が論理的では無いことを知っている。だが、感情はそれを否定しない。
「いやそれでどうすればいいですか。六角金剛がその有様じゃ、霧街に未来はないですよ?」
胆月は立ち上がり、生意気なセアカを殴り飛ばそうとしたが、渦翁に止められる。
「セアカの言うとおりだ。道に迷っているのは我々だ。世界の帰趨を憂慮しなくてはならないのは我々で、ラスについては判断する必要がある。彼が何者なのか。」
一文字が引き継ぐ。
「彼は歩む者だ。無数の世界を渡り歩き、この零鍵世界に現れた。彼の正体は関係ない。我々がどう利用するのか。どうやってこの世界を救うのか。それが重要だ。」
混乱した議場は静まった。熱量は落ちて平穏が戻る。畳の部屋に重厚なテーブルと椅子がしつらえてある。生い立ちの異なる家具がその個性だけを頼りに調和して、独特の雰囲気を醸し出している。長い庇が作る薄暗がりに微粒子が散る。空を流れる雲が部屋に明暗を瞬かせる。黒丸が外界の太陽を背負い立ち上がる。陽光に隠された表情は読めない。でも彼は話し始める。
「わしは時々思う。わしらはこの街で最も力を持ち、最も長生きしておる。でも、じゃが、それがなんだ?守るべきものの守り方も判らずに右往左往じゃ。なぁ、わしらは本当にこの街を守るべき存在なのじゃろうか?実力無く思い上がったカスではないのか?なぁ。どう思う?」
セアカは下を向き泣きそうな顔で何も言わない。渦翁も胆月も一文字も、表情を変えずに眉間に皺を寄せた。黒丸は言う。
「わしらは歳を取った。そう言うのは簡単じゃ。老いぼれて役に立たなくなった。それで良いのであれば、どんなに楽じゃろうか。じゃが、現実は違う。感じないか?開闢が現れたとされる百年前にナニが起こったんじゃろうか。な?わしらにはわしらしかおらん。すまんのセアカ。お前はわしらの仲間ではない。お前はクウやハク、ロイの仲間じゃ。ここはわしらの話をさせてくれ。」
セアカは斜めに首を振った。高高度にあるこの議場から見える雲は白く大きくお化けのような塊だった。雲は通り過ぎ、光が戻る。
「ラスは間違いじゃ。一文字、貴様の言い分も判る。じゃが、わしらの直感が外れたことなど無いじゃろ。あれは良くない。対処するべきじゃ。だが!不明や未定で罪を押しつけることは出来ない。いやな言い方じゃが、注視していくしかない。監視はするが、投獄は解除じゃ。烏頭鬼共との闘いでは貴重な戦力になるじゃろうしな。」
天を見上げる渦翁は苦い表情で言った。
「逐鹿様はまだ帰らない。大喝破様は大戸の奥にお隠れになった。後は我々でやるしか無い。いいだろう、これで。」
友情に一番敏感な胆月が引き受けた。
「ああ!そうだ。俺たちは俺たちだ!この国をこの世界をすくい上げるぞ!」
雲に響くその言葉はしかし、何かの確証をもたらすものでは無く、むしろ、彼らの限界を宣言したに過ぎなかった。




