第二十六話 首切り 2
「セアカァァァッ!!」
ロイは叫んだ。霧城の城門前。霧城に入ろうとしていたセアカの背後からロイは叫んだ。日は丁度、中天を指していた。空は晴れ渡り、不吉な烏頭鬼達も野営地から動こうとしていない。本来であれば、平和な午後が穏やかに過ぎていくはずだった。だが、血まみれのセアカと首切りから街を救おうとするロイの出現で全ては変容した。
「……やぁ、ロイ……久しいな、本当に。なんだか……前に会ってから、もう……何十年も経った気がするよ。」
右半身に大怪我を負い無理矢理包帯で取り繕っている、血まみれのセアカは辛うじて、そう絞り出した。足下はふらつき、今にも倒れそうだった。ロイには判っていた。3日前、あのアジトから姿を消すときに瓦礫に巻き込まれ、大きな傷を負ったのだ。その証拠にそれ以降、首切りの被害者は出ていない。一方でロイは万全だった。クウが用意してくれた新しい外殻は軽く強く新しいギミックが詰め込まれていた。クウの外殻の能力で、ロイは数段強くなっていた。ロイは、街人の通報によりセアカの居場所を知った。血まみれのセアカが大噴水に突然現れ、霧城に向かって歩いていると四牙に連絡が入ったのだ。それをロイは知り、ここに駆けつけたのだ。血を流しながらふらふらと大通りを歩き続ければ、当然、街中の噂になる。見つからない方がおかしい。
「やはりアジトが潰れた時、怪我したんだな。今からお前を取り押さえる。逆らうな。その怪我では、俺には勝てない。」
セアカは弱々しく笑う。その僅かの間も直立していることが困難らしく、体は、ふらふらと揺れる。
「いやいや。お前には用はない。六角金剛を呼べよ……全て話してやる。」
それだけ言うと、セアカは霧城の正門に向き直った。高さ10mを超え瓦を備える屋根を持つ、巨大な門だ。
「駄目だ。通さない。」
セアカの前には、クロオオウサギモルフのコクトが回り込んでいた。四牙で一番若い隊長だ。真っ黒で艶やかな毛並みと真紅の瞳のコントラストが美しい。長い耳をすっと伸ばしている。どこか気品のある佇まいだった。
「よう……コクト。そこをどけよ。俺、は……六角金剛に用がある……貴様じゃない。」
「相変わらず失礼なやつだな。霧街で四番目……今は三番目か……に若いモルフが言う台詞じゃ無いぞ。捕まえてお仕置きだね。」
コクトが宣告すると同時にセアカは片膝をついてしゃがみ込んでしまった。セアカの息は荒い。コクトとロイは目配せする。何か出来る状態じゃないな。押さえつけてすぐに治療しなくては。死んでしまっては事件の全容が闇に沈む。コクトは手錠取り出し、セアカを拘束しようと彼に手を伸ばした。
「甘い。」
突然、セアカの側にラスが現れた。そう言い放つと供に、セアカを蹴り飛ばした。セアカは正門脇の壁に激突して埋まる。
「すぐに殺せよ。」
投獄されている筈のラスが現れたこともそうだが、今のでセアカが死んでしまったかも知れないという現実がコクトを動揺させた。六角金剛からセアカは保護するように指示されていたのに大失態だ。一瞬、セアカとラスのどちらを取り押さえようか判断が遅れたコクトをよそに、ラスはセアカに追い打ちをかける。飛び込んで九頭竜を仕留めた右手の槍をセアカに打ち込んだ。
「ナニしとるんじゃ。」
黒丸の蛙王盾がラスの闇雲の剣を受け止めていた。含毒の体表が全ての攻撃を受け止める。セアカは瓦礫の下だが、まだ死んではいない筈だ。黒丸は役目を話す。
「牢獄から出てきたと言うことは、貴様が犯人ということで良いな?」
黒丸は退屈そうに言う。ラスは自身の闇雲の剣を受け止められたことに驚いた。
「マジでか?俺の闇雲の剣をブロックなんて、俺は許可してないねぇ?何これ。」
「知らんわ。」
黒丸は吐き捨てて、踏み込む。ラスの頭上に含毒のゲルを落とす。ラスは黒丸に捕らわれた剣を切り離して致死のゲルから身を躱した。追撃を試みる黒丸にロイが飛びかかる。
「なぜ邪魔するんですか!」
強力なロイの右フックが黒丸を捉える。が、蛙王盾は全てを無効にして黒丸は眉間に皺を寄せる。
「何じゃロイ。貴様はどこに立って、ナニを成そうとしておるのじゃ。」
ぐっ、と黒丸は踏み込んでロイを蹴り上げた。その速く重い一撃にロイは六角金剛と若隈の力の差を思い知らされた。ロイは霧城正門の軒下に激突して、落ちる。当然、黒丸は加減をしている。ロイにとってはそれが屈辱だった。
(ラスは霧街で一番の舞闘者は俺だと言った。そうだ。俺は強い。お父さんよりも、黒丸よりも。)
ロイはすぐさま立ち上がり再び黒丸に飛びかかるが、軽く躱される。その一瞬をついてラスはセアカに止めを刺、せない。セアカは躱す。
「本当に俺が負傷していると思ったのか?おめでたいな。マイヒーロー?」
ラスは端正な顔に不遜の皺を寄せた。
(……ちっ。やはり、零鍵世界は異常だねぇ。放置しすぎた。ニチリンの言うように何かが起こっている。が、俺は違う。ニチリンとは違う。変異は認めないねぇ。全て消す。)
ラスは改めて魂力を最大限に圧縮して練り上げるが、セアカは速かった。瞬時に姿を消して、絶対捕縛の糸だけが残る。ラスはその糸に絡まり、再び端正な……殆ど居ない完全人化したモルフの美しい……顔が歪んだ。苛ついたラスは決着をつけようと、
真技 真一文!!
セアカに止めを刺そうとするラスの眼前に、黒丸に挑もうとするロイの眼前に、強力な技が炸裂した。ロイの父である六角金剛蟲王角一文字の技だ。彼が圧縮した魂力は鋭く大地を切り裂いた。幅、僅か1センチの切り込みだったが、その深さは計り知れなかった。世界が割れてしまうかも知れない程深い。大地に現れた、その切り口は熱を帯びて煙を上げた。一文字が正門前に立ちはだかった。
「ここまでだ。これ以上は誰も許さん。引け、下がれ。私が全ての結末を引き受ける。」




