第十二話 評議会。
大噴水の大広場で様々な成体達にちやほやされながら、ハクとロイはかわいいデートを続けた。カラフルで甘い氷玉を二人で買って、大噴水の縁に座って仲良くはんぶんこして食べた。二人の話題はもっぱら今度の舞闘会についてだった。この国の施政者達は基本的に舞闘に優れた者が選ばれる。六角金剛を率いる逐鹿も、最強の舞闘者を決める老隈のリーグで優勝し、霧城の城主となったのだ。逐鹿は調査に出立する際に城主の地位を一文字……ロイの父親だ……に譲った。その一文字は勿論、逐鹿に次ぐ実力を認められた舞闘者だ。次に開催される舞闘会も場合によっては街の施政者を選出することになるかも知れない。また、そこまで行かなくても強い舞闘者には地位や名誉だけで無く特権も与えられるため、大勢の舞闘者が参加する舞闘会は街中の話題になっている。二人はいつも仲良くして貰っているグワイガやサカゲ、クロオオウサギモルフのコクトやムーナとタマモのコンビがどんな活躍するかについて途切れること無くおしゃべりを続けていた。その間にも様々な大人達が二人に話かけてくる。中にはいつ結婚するんだ?と聞いてくる失礼な大人も居た。一時間程おしゃべりをした二人は本格的にお腹が空いてきたので、帰宅することにした。ロイの父親は霧城城主名代の一文字であったし、ハクの父は六角金剛の渦翁、母は四牙のビャクヤであった為、供に霧城敷地内に住まうことを許されていた。つまり、彼らの帰り道は同じだった。大噴水の大広間から真っ直ぐ延びる大通りを歩いて、彼らは霧城に向かった。途中、左手に巨大な石作りの建物がある。評議場だ。ハクはなんとなく立ち止まり、その白くて大きい建物を見つめた。
「あら、おちびさん達いらっしゃい。どちらに行くのかしら?」
たまたま評議場入りしようとしていた、シロブンショウモルフのフラウがハクとロイに話しかけた。白い毛並みと黒くて大きな瞳がが美しいモルフだ。彼女の魅力は外見だけではない、彼女はこの巨大な評議場の議長を務めているのだ。小柄で愛らしい風貌からは想像も出来ない。評議会は水紋の国の法を元に霧街の条例を定めている。また、揉め事が起きた際はルールに基づいて誰が正しいのかの判断も行う。六角金剛達が外敵を戦ったり、医療を施したり、産業を発展させたりする実働部分を担当し、評議会はルールによって、その実働を裏支えしているのだ。霧街のもう一つの支配層だ。先日の岩亀の例で言えば、六角金剛が統率する十爪が狩猟部隊を編成し、岩亀を討伐する。評議会はそれをルールに基づいて解体し、霧街に分配……肉屋や甲羅細工師などに販売……するのだ。
「あ、違うの。これから家に帰るとこなの。」
ハクの返事ににっこりと微笑んで、愛くるしい最後の子達に言葉を返そうとしたフラウの言葉に、仕事帰りで汗だくになっているシマウマモルフ達の言葉が重なった。
「おー!ちび共じゃねぇか。聞いたぜ、また敵対種を仕留めたんだって?今度の舞闘会も楽しませてくれよな。」
一際、身体の大きいシマウマモルフがフラウの存在に気づき、小さな彼女を見下ろして、考えも無しに言葉をぶつけた。
「誰かと思えば評議長さんか。評議長さんもよ、堅苦しいことばっかいってねぇで、ちび共みたいに楽しませてくれよ。やれ税金だやれ迷惑防止条例だうざってぇんだよ。だから皆に嫌われるんだよ、評議会はよ。」
ハクとロイは心ないその言葉にびっくりして何も言えずに、ただそこに立っていたが、フラウは慣れたものだった。
「そうね。次からは少し頑張ってみるわ。」
眼を細めて笑うフラウはしかし、全身から魂力を発してた。その圧力はシマウマモルフ達のにやけ顔を引きつらせて、腰を砕くには充分だった。彼らはもぐもぐと何かを呟きながらその場を後にした。フラウは意識するでも無く、最後の子達に告げた。
「人々の評判だけではないわ。勿論、個々の舞闘力だけでもないの。綱を引きバランスを取ることが重要なのよ。」
フラウは白く美しい指を一本だけ立てて空を指した。笑わない笑顔が夏の夕暮れ時を冷やした。
……何にとって重要なの?
クウであればさらりと問いかけただろう。だが、ハクもロイも言葉が出なかった。喉は渇いて閉じていた。
「こんにちは。少し早く着き過ぎましたか?」
評議場正門の影にスーツ姿の黄色と黒の縞模様のモルフが立っていた。夏の日差しが強く……だからこそ闇が濃く……そのモルフの姿をハク達は視認することが出来なかった。だが、フラウは直ぐにそれが誰であるか理解し、片手で制して……こちらに出てこなくて結構。早く、奥に下がりなさい……自身も、評議場の門をくぐった。ハクとロイには何の挨拶も無かった。二人は真夏の夕方、蝉の歌声の中に取り残された。どちらとも無く、互いを促して幼なじみ達は、その場を後にした。