第十二話 ポータル。
言葉無く、セアカは見つめていた。一人用のソファにゆったりと座っている。人化状態で真紅の瞳を輝かせている。セアカの視線の先には壁一面に大きな硝子瓶が設えてあり、中には透明な液体と……犠牲者達の首が封じられていた。犠牲者達には赤黒いチューブが突き刺さっており、それは部屋の隅にある鏡のような物体――魔鏡に似ている――に繋がっていた。それは文字を写す金属塊でセアカには読み取れない文字が流れていた。文字は読めないがセアカは理解していた。首は生きていて、その感情を吸い取られているのだ。金属塊に写し出される文字は、犠牲者達の心の叫びなのだ。
……かり。
微かな物音に反応して、セアカは飛び跳ねた。獣化して天井に張り付く。広く暗い部屋の中にセアカは溶け込んだ。彼は理解していた。隠密行動で自分の右に出る者はいない。彼は息をひそめた。騒がしい羽音と共に無数の首切り達が部屋に舞い戻って来た。
(なんだ。愛しのベイビー達か。誰かを釣り上げてくれてたらいいのだが。)
セアカは期待を込めて、薄く開け放たれた入り口のドアを見詰める。音もなく近づいてきたのは、白梟のビャクヤだった。入り口の陰に留まっている。
(まぁ、相変わらず可愛いおばさんだな。)
セアカは部屋の闇でほくそ笑む。が、ビャクヤの耳はその微かな空気音を聞き分けた。
不夜乃嵐!!
見た目の美しさとは真逆の苛烈を極める彼女の判断力が真技を行使させた。彼女は空気が震えたその一瞬で、首切りに逃げられて狂った夜が続く不幸と、首切りが死んで真実が閉ざされる不幸や、部屋に居るかも知れない無関係なモルフの命が巻き添えになる不幸を天秤にかけた。彼女の優先順位は、首切りの死。一切の迷いが無い彼女は不夜乃嵐を乱打した。斬撃性のマイトが飛び乱れる。彼も判断を下した。今、この部屋を失う訳にはいかない。
(死んでもらう!!)
完全獣化したセアカは崩れ始める部屋から飛び出して、ビャクヤに襲いかかる。ビャクヤはそれに気付くのが遅れ、受け身も取れずに猛毒のセアカの毒針に貫かれる前に蹴り飛ばされた。
「おいおいおい。油断しすぎだねぇ?」
蹴り飛ばされて毒針から逃れたビャクヤはしかし、頭部を強打して気絶した。ビャクヤを蹴り飛ばした闇を纏ったモルフは、セアカと対峙する。セアカが先に気付いた。
「お前がラスか。最近は随分と人気らしいな。」
「お前は毒蜘蛛モルフのセアカだな。中々どうして大したものじゃねぇか。」
「俺のセリフだろう?ここにナニしに来た。」
げらげらげらとラスは笑い、あーあ、と零してから蹴りを繰り出した。セアカは躱す。完全獣化して糸を撒き散らした。ラスは舌打ちをする。
「イライラするねぇ。」
ラスは九頭竜を仕留めた右手でセアカを突き殺そうと構えたが、止めて一歩下がる。
(なんだ?)
異変を感じたセアカはしかし直ぐに意味を理解した。
黒玄翁!
ロイが突入してきた。外殻が復活している。技の威力も申し分ない。その一撃で、部屋の壁は大きく崩れる。セアカはロイが打ち抜いた壁の穴から外の世界へと逃げ去った。後を追おうとするロイをラスが止める。
「まて、ビャクヤの手当てが先だ。」
ロイはラスの言葉に慌てる。ハクの母親を見捨てる訳にはいかない。瓦礫に埋もれた白梟モルフを救い出して、身体中の裂傷の手当てを始める。ロイは悔しかった。自分にもっと力が有ればセアカを仕留められたのに。そうすればこの街の狂気も幾分かはましになる。亀モルフの大鬚の声も遠ざかっただろうに。もっと力が有れば……。
「セアカの事は誰にも言うな。奴は俺が仕留める。六角金剛なんかあてにならないね。俺がぶっ殺すから今のは忘れろ。」
「いや、俺が殺す。誰にも渡さない。」
ロイは狂気に光る瞳をラスに向ける。自分が不甲斐ないばかりに街人が死んで行った。自分のせいで父は大怪我を負った。そうだ。今こそ負債を返さなくては。今しかない。これは誰にも内緒。必ず自分で決着させるんだ。
「いいねぇ。早い者勝ちだ。抜け駆けしろよ。だが、俺は負けないからねぇ。」
げらげらげら、げらげらげらと笑うラスの声がロイの心に染み込んで行った。遅れて到着したウルフモルフのサカゲ達に真実が告げられることは無かった。




