第一話 世界のはじまり。
これはモルフのクウが選び掴み取った、苦痛に満ちた勇気の物語です。世界の始まりと終わりの謎と、神とヒトの秘密について挑む物語です。完結しているので、終わりまで付き合ってもらえたら、クウとハクとロイを最後まで応援してもらえたらうれしいです。
それじゃ、よろしくです。
全てには……そう。
全てにはキッカケがある。
それを決める瞬間がある。
あるとき、世界は爆発することを決めた。
そうやって、全てがはじまったんだ。
あるとき、決めたんだ。
そうやって、全てがはじまった。
さぁ。
僕は、どうだ?
僕は、どうする?
きみは──。
◆ 絶望を探す旅。
風が吹いて木々がしなる。高い高い梢の上では見たことの無いような鳥たちが命を謳歌している。樹海の底で、逐鹿はゆっくりとその遺物に近づいた。石の扉に手を当てる。大きな石棺だ。素晴らしいレリーフが施され、贅沢な石や箔で覆われてはいたが、それは死んで久しい石で、愛らしい苔や花に包まれた世界の欠片だった。逐鹿は何かを感じて、梢の先を見る。顎をあげて遥か先を。背の高い彼は鹿の頭部を持っていた。すらりと生えた角が美しい。鹿の頭、人の身体、鹿の蹄。彼は旅をしていた。多様性が収束して、死にかけているこの世界を。
……ざりざりざりざりざりざり。
逐鹿の魂気に呼応して、その石棺は自ら、蓋を落とす。逐鹿は先端から光を発する金剛錫を掲げる。光で照らし出された石棺の底には、深い階段が続いていた。
逐鹿は長い長い階段を降りきった。その底で、広大な空間と空から突き刺さるような光の乱立が彼を待っていた。深い地の底にも関わらず、踊るような風が遊んでいた。ふふふ、と笑い彼は進む。この遺跡の奥の底、その更に先に。
「壮観だな。」
孤独に慣れた逐鹿は、はっきりと言う。目の前の光景に話しかけるように。彼が見ているものは墓。生まれ故郷、水紋の国が存在するこのユシア大陸で最も古い王墓だ。この墓の王は500年前に死んでいる。長い時間を経た王墓は、様々な植物に埋もれていた。苔や名も無い小さな花や逞しい蔦……至る所から光と水が漏れ落ちて、それら全てが王墓を包んでいる。幅百メートル、奥行き三百メートルはあろうかという巨大な空間だ。人造物と自然が戦いながらも一体となり、どちらでもない荘厳さを備えていた。逐鹿は王墓に負けない威厳で、墓の群れの中を歩き渡り、最奥の壁際に備え付けられた最も大きい石棺の前に立った。
「これで最後だ。」
再び独り言。彼が調査の為、水紋の国を出てから既に2年が経過していた。その間、逐鹿は大陸のありとあらゆる王墓を調査して来た。そして、今、彼は最後にして最大最古の王墓に辿り着いたのだ。彼は何の敬意も払わず、石棺の蓋を剥ぐ。大きな重い音を立てて、石蓋は落ちる。石棺の中が露わになる。
「そうか。これが答えか。」
石棺の中は空だった。収められていた古い王の骸が奪われたのではない。最初からここには何もないのだ。逐鹿の顔から血の気が引く。覚悟を決めなくてはならない。私たちは私たちが想う存在ではないのだ。では、私の旅は終わりだ。帰らなくては。懐かしい霧街に。
逐鹿は、石棺に完全に興味をなくし、振り返り立ち去ろうとした。彼の繊細な耳がピクリとなる。彼の耳は豪奢な角が受け止める振動を感知するため非常に鋭かった。その耳が何かを捉えた。
……風?囁き?……呻き、か?
何か生き物の発する声の類いに感じられる音を捕まえる。それはどこか遠くで……いや、何かの、例えば壁の向こう側で響いているのだ。逐鹿は石棺に向き直る。そっと両手を置いた。はっ、と彼は気付き石棺に掌を翳す。
金剛掌!
彼の掌から緑色に輝く衝撃が発せられ、石棺を打ち砕いた。石棺の下に現れたのは、巨大な空間だった。逐鹿は覗き込む。広大な空間は暗く、闇が落とし込まれていて何も見えない。だが、彼の角と耳は捉えた。うねりの響きから、この空間は地上と変わらない広さを備えて居ることを。そして、それはつまり……。
「空白。空想上のものかと考えていた。こんなに身近にあるのか!」
呟き、逐鹿は我を忘れ硬直した。しかし、直ぐに気持ちを立て直し、振り返り走り出す。人化状態を解き、獣化する。彼は大きな大きな白い鹿へと変じた。輝く角と六つの目を持つ六眼白鹿だ。彼は水を捉えるその蹄で、流れ落ちる滝を登り水滴を踏みしめて疾駆した。想いもまた、彼の中を駆け巡る。
一刻も早く、戻らなくては。世界は考えていたより遥かに死が近い。空白が世界を覆っているのだ。では朧もだ。“虹眼”は何をしたんだ?100年前に何が起こったのだ?“以前の世界”は何処に消えたのだ……。