第二章 40.奴隷の英雄1
それは、いったん暑さが緩んだ次の日だった。
朝からカッと照りつける太陽に草木もうなだれている。
監督官たちは普段どおり昼食を摂っていた。
二十人の監督官が交代で食事をする。
パンと生タマネギは奴隷たちと同じだが、監督官の食事にはチーズと乾いた果物、そして薄めたワインが付いた。
食事を堪能して満足しているところへ、慌てた様子の奴隷が駆け込んできた。
「三番目の一番深い坑道で岩が崩れました! 下敷きになった者がいます!」
監督官たちはムチを持つのも忘れて表に飛び出した。
「第三坑道だな!」
「そうです」
のぞき込むと内側から引きずりこまれ、アッと思うまもなく後頭部を硬いもので殴打されて気絶した。
同じ手を食らって半数の監督官が倒れた。
「奴隷の奴らめ、何をする!」
残りの監督官は武器庫へ走ったが、扉を開ける前に奴隷たちに素手で殴り倒された。
「人質だ。命は取るな」
あのキュロス少年の後ろに立つ、いかにも歴戦の勇者といった風格の中年男が言った。
「武器庫を開けろ。身体の丈夫な者から武装しろ」
だが、それよりも奴隷たちの意識を惹きつけたものがあった。
「水だ!」
「水瓶がある!」
殺到する奴隷たちを中年男が制止した。
「少しずつ飲め。それから塩を探して舐めるんだ」
奴隷たちは奇声を発して歓喜し、渇きが癒えたものから武器を取った。
こうして、ゲランス銀山における奴隷たちの蜂起が始まった。
奴隷たちは精錬所に火を放った。
右往左往する職人たちを人質に取った。
動ける者およそ二万五千人が、迷路のようになった鉱山に立てこもった。
「ええい、生意気な奴隷どもが!!」
鉱山の責任者であるピュトンはあわてた。
最初は手持ちの兵だけで制圧を試みたが、たちまちのうちに退却を余儀なくされた。
武器庫を奪われたのが痛い。
「これは、わしの手におえん」
ピュトンはメラニコスに助けを求めた。
残虐非道で鳴る彼の軍隊は重装備して鉱山へ入った。
一対一ではかなわないとすぐに悟った奴隷たちは、メラニコスの兵を山道に誘い出して石つぶてで出迎えた。
細い山道、現場を知り尽くしている奴隷たちに有利である。
奴隷たちはさらに近辺の村を襲って食料と武器を得た。
よく観察すれば……奴隷たちに二通りあることがわかっただろう。
とにかく今の苦境から脱したくて暴力に訴えている者と、組織的に抵抗している者と……。
組織的な集団を指揮しているのはキュロスというあの少年だった。
戦法、戦術はまだ十分にわからない年ごろ。そこは周囲の補佐を受ける。指導者として足りないものは確かにあるが、彼らの心の支えは彼だった。
奴隷たちの抵抗が手強いとみて、メラニコスは坑道の一端から油を流し込んで火攻めを試みた。奴隷たちはすぐにその坑道を放棄し他へ逃げた。
「イタチのように狡猾な奴らめ!」
決定的な一打を与えることができずピュトンとメラニコスはあせりをつのらせた。
おおよそ半月経った頃……どれほどの銀が採掘できたかを問う王の使者が来た。
二人は観念した。
「奴隷どもが反乱を起こし、銀は採れておりません」
「まさかそれを今まで報告しなかったのか!」
使者は呆れ、すぐに王の元へ取って返した。
「なんだと!」
その知らせに、エウゲネス王は怒りを隠さなかった。
テトスが交渉してきたアルペドン王国との和議には「捕虜はすべて帰す」と明記されている。
「ピュトン殿とメラニコス殿が攻めましたが、相手はネズミのように巧妙に逃げ回って手がつけられないそうです」
「ネズミも追い詰められれば猫を噛むというではないか」
「おっしゃる通りです」
テトスがもう一人欲しいとエウゲネスは思った。
ピュトンの奴隷の扱いの酷さもテトスが報告していたが、銀の産出が順調なことに安心し、事ここに至るまで失念していた。
テトスではなくマグヌスを出してもよいが、彼は何をしでかすか分からないところがある。しかし……。
「マグヌスを呼べ」
意を決してエウゲネス王はマグヌスを呼んだ。
「フリュネの正体ならまだわかっておりません」
王の顔を見るなりマグヌスは言った。
「今はその話は捨て置け。ゲランス銀山で奴隷どもが蜂起した」
「私に鎮圧しろと?」
「そうだ。ややこしいのは捕虜を返すと誓約している点、これさえなければ、川に毒を流して全滅させてやりたいくらいだ」
マグヌスはフッと息を吐いた。
「エウゲネス王、落ち着いてください。そんなことをしたら誰が銀を掘るのです?」
これには王も返事に詰まる。
「私が行って話を聞いてみましょう」
「頼んだぞ」
マグヌスは伴も連れず、ロバ──名前はヒンハン──に乗って出発した。
銀山のある山には一度行って足元の悪さは知っている。
馬には無理だ。
「おぉ、マグヌス、軍勢も連れずに大丈夫なのか?」
メラニコスが疲れ切った様子で聞いた。
「まず、話を聞いてみようと思いまして」
「相手は奴隷だぞ。話になるか!」
「試してみます」
まるで誰もいないように見える山に向かって、マグヌスは名乗りをあげた。
「私はラウラが子マグヌス。マッサリア五将の一人にしてエウゲネス王の配下である。名乗る名を持つ者がいるなら名乗れ!」
返事はすぐに返ってきた。
ついに鉱山の戦争捕虜たちが蜂起します。
捕虜を帰すという誓約は?
銀の生産は?
ゲランス鉱山の危機にマグヌスが乗り出します。
応援よろしくおねがいします!




