序章 3.塩商人
「ちょい、こっちこっち。ちょっと勉強しときな」
呼ばれてマグヌスたちは荷車の方へ回る。
塩屋が筵を剥ぎ、荷車の上の方の薄汚れた麻袋をどけるときれいな木箱が現れた。
「特別に見せてやるよ」
木箱の蓋を開けると、人の頭ほどの大きさの麻袋がビッシリ詰まっていた。
「これが俺達が扱っている塩だ」
麻袋を一つ手に取り、中身を少し出してみせてくれる。
陽光にキラキラと輝く純白の結晶。
二人が手を出す前に、塩屋は中身をしまった。
「塩は色んなところで採れる。大きく分けて海と山だな。塩っ辛い海の水を塩田に引き込んで蒸発させて採るやり方。山の中の塩鉱から塊を掘り出す方法。そうだ、南の大陸には干上がった湖があって、そこでも塩が採れる。苦くて食えないものもあるが……」
塩屋が得意気に胸を張った。
「俺たちが取り扱うのは、最上級品、塩田の最初に結晶した上澄みの塩だけだ」
そう言いながら、塩屋は別の荷車から麻の小袋に入った塩の見本を出してマグヌスたちにみせた。
「岩塩から塩田のものまで、塩はいろいろある」
石かと思う褐色のものから、さらさらした純白のものまで、色も形も違う塩。
「あ、うちで使っていたのはこれですわ」
ルルディは薄いバラ色の塩を指さした。
「合格。お前さん、本当に良いところのお嬢さんだな。これも高級品、甘みは無いが旨味が強い」
「全て良い品ですね。砂や泥が混じったものが無い」
「ほう、おまえもなかなかの目利きだ。どうだ、本格的に俺たちの仲間にならないか? 見どころがある」
マグヌスは礼をして固辞した。
「私はお嬢さんを送らねばなりませんので」
「まあ、そう言うなよ」
塩屋の親父は、さっきどけた麻袋の口を開た。
「この上に積んでいる塩を見てみろ」
麻袋の塩を改めると、キラキラ輝く結晶ではなく、砂混じりの泥が入っていた。
「泥?」
「舐めてみな」
土の味に混じって確かに塩味がする。
「家畜や奴隷たちにはこの塩だ」
「これを上に積んで品質の悪い塩を運んでいると思わせるのですね」
「その通り。だいたいこれで関税がごまかせる」
最上級の塩は金と同じ価値があるという。
気軽に持ち運べないわけだ。
「お前さんたちは訳ありらしいが、俺たちを騙すつもりはないらしい。用心棒頼むぜ」
「途中までですみません」
「なあに、チタリスでまた腕利きを紹介してもらうさ」
塩屋の親父は全く抜け目がない。
「帰りには北国ボイオス産の水晶を塩と偽って詰める。一抱えもある大きくて澄んだものは貴重だ」
正規の流通ではありえないことが堂々と行われている。
ルルディは当惑した顔をしていた。
国家が管理しているはずの塩がこんな扱いをされているとは彼女は思わなかった。そして、その不正の張本人に、逃亡を手助けしてもらわなければならないというのはあまりにデタラメだ。
マグヌスは、それを察してなだめるようにルルディの腕にそっと触れた。
「さあ、これでおしまいだ。本当の中身が知れたら、盗賊に狙われてえらいことだ」
しかし、危険は意外な形で現れた。
ちょっとした峠道に、丸太を組んだ関所があった。十人ほどの軽装備で槍を持った男たちがたむろしている。
「こんなところに関所ってあったか?」
塩屋が首をひねった。
ルルディはヒンハンの上で、うつむいて手をぎゅっと握っている。
マグヌスが、自然な素振りで側に寄った。
「さあ、積み荷の半分を寄越しな。品が嫌なら金でも良いぜ」
「やっと神殿で借りた金、渡せるもんか」
塩屋がとりあえず突っぱねる。
「ちょっと待ってください。ここは国境ではないはず、関所があるのはおかしくありませんか?」
マグヌスは穏やかに言った。
「な、何を……ここは村境だ。それでいいか?」
「ダメです。国の徴税権を犯します。私がミタール公に申し上げれば、兵隊が飛んでくるでしょう」
「ミタール公は囚われの身だ。言うことを聞く兵隊なんているもんか」
「分からない人たちですね。あなた達が公の代わりに徴税していると言うなら、私が兵隊の代わりに」
「おおっ、やるのか⁉️」
槍を突きつける無頼漢たち。
マグヌスはこともなげに手近な槍首をつかむと勢いよく手前に引いた。
「うおっ……とっとっと」
前へつんのめる背中に手刀の一撃。
マグヌスの手に槍が残った。
「さあ、どうぞ」
地に這った男の頭を踏みつけながら、奪った槍を構える。
「いえおっ!」
気を取り直した別の男が激しく槍を振るう。
マグヌスの槍が、その男の槍に絡みついたように見えた。
「あっ!!」
槍は男の手を離れ、ぽんとあさっての方へ飛んでいく。
「何しやがった!!」
「準備運動、ですかね」
マグヌスは、笑顔である。
「皆さんを相手にしても良いのですが、我々も先を急ぐ身、通してくれれば、勝手に関所を作った件は見逃しましょう」
「どうする?」
「どうするも何もねえ、見逃してくれるってんなら通せ!!」
地べたの男がわめいた。これが首領らしい。
「……分かったよ」
「じゃあ、行け」
マグヌスは返事代わりに槍を地面に突き刺した。
頭を踏んだ男のちょうど目の前。
「ひいっ」
と、縮み上がる。
「お言葉に甘えて」
塩屋に先にいけと手まねをする。
「助かったぜ」
ガラガラと荷馬車の隊列が急ごしらえの関所を通過する。
マグヌスは、ルルディも見とがめられずに関所を越したことを確認して、最後に通り抜けた。
「おめえ、すげえな」
塩屋に感嘆された。
「よく偽物の関所と見抜けたな」
「それより腕がすげえ」
「いつもなら黙って金を取られていたのに」
塩屋の仲間が次々とその腕を褒める。
マグヌスは照れくさそうに、
「たいしたことありませんよ」
と肩をすくめた。