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第十五章 229.今一度の南征


 テオドロスは評議会だけではなく平民会の前でも、エウゲネスの子である自分を王に選ぶように演説した。

 対抗馬は居なかった。


 ゲナイオスは南国だし、マグヌスは、


「テオドロス様を支持します」


 と、従順であった。


 その態度はテオドロスを拍子抜けさせるほどだった。

 他の者がいった通り、マグヌスに王位を狙う野心は無かった。


 テオドロスは定め通り細い黄金の冠を受け、エウゲネスの剣を継承して、無事マッサリア王となった。


 エウゲネスの身体に合わせて改装したものだが、王座に座ってうっとりしている。

 

 マッサリア王の座る王座は、他の者が立つ床と同じ平面に据え付けられていた。「王と呼ばれても身分は同じ市民」を形で示すものだったが、果たしてテオドロスにそれが分かっているか。


 若さを考えれば、しばらくは王位に酔っても仕方あるまいとマグヌスは思ったが、留守を預かっていた者として、政務に関しては容赦がない。


「南征をゲナイオスたちに任せて、テオドロス様は王都に留まられますか?」

「しばらくはそうする」

「内政についてはどうなさいますか?」

「評議会とは良い関係を保つ」

「はい。植民のために去った者たちの土地や財産を巡る訴訟が数多く起こされて、評議会の業務が滞っておりますが……」

「捨て置け」


 マグヌスは瞬きをした。


「いえ、円滑に処理するための指針を話し合いませんと」

執政官(アルコン)に任せられないのか?」

「テトスに任せて良いとおっしゃいますか?」

「くどい」

「は」


 マグヌスは喉まで出ている疑問を飲み込んだ。

 国政をおろそかにするなら、なんのために王になったのか?


「そうだ、銀貨の刻印を変えよう。自分の顔に」

「お待ち下さい、南征を行っている最中にしなければならないことでしょうか?」


 銀貨がこれまでのものと変われば、経済に混乱を招く。重量や銀の品質をいちいち確認しながらの取り引きになってしまう。

 遠征という大事の最中には避けるべきだ。


「王は自分に変わったのだ。マグヌス、評議会に了承を取れ」

「失礼ながら」


 この若い王は何か考え違いをしている。

 マグヌスははっきり言った。


「私はあなたの召使いではありません。あくまで先王エウゲネス様に留守を任された身。テオドロス様が帰還され王位を受け継がれた今、私もアルペドンに帰りたく存じます」


 テオドロスは激昂した。


「王に逆らうつもりか!」

「筋を通していただきたいだけです」


 マッサリアの王は万能ではない。

 評議会の顔色をうかがい、執政官の補助を受け、神官たちの助言も適宜取り入れなければならない。


(これではまるでかつてのアルペドンの王のようだ)


 あそこには王権に制限を加える評議会は無く、王の独裁だった。


「テオドロス様、執政官テトスとよく話し合ってください」


 テトスと二人がかりで勘違いしている若い王を諫められるか。


「今日は疲れた。明日にする」


 叱責の言葉をこらえて、マグヌスは王の間から退出する。


 借りている部屋に戻り、いつでもアルペドンへ帰れるように荷物を整えていると、奴隷に酒盛りの用意一式を持たせたテトスがやってきた。


「まだ日は高いのに、どうなさいました?」

「お前こそ、留守居を蹴って逃げ帰るつもりか?」


 卓の上に、酒と水の容器、混酒器(クラテル)、木の実の入った器を置かせる。


「あ、その書類はまだ目を通していません。混ぜないでください」

「寝椅子も無いが、まあ、飲むだけなら構うまい」


 傍若無人に他人の執務室を占領すると、テトスは酒を薄め始めた。


「やってられん」

「智将テトスの弱音とは珍しい」

「テオドロスは、まるで王というものを分かっていない」

「あなたもそうお感じになられましたか」


 テトスはうなずいた。


「あれは専制君主のやり方だな」

「昔のアルペドン王のようだと思いました」

「間違いない」


 テトスは一杯あおって言葉を続けた。


「テオドロスを育てたのは、アルペドンの元王妃」


 マグヌスはハッとした。


 ルルディが引き合わせてくれたマルガリタの母。娘の幸せを願う不運な母として同情したが。


「アルペドンの奴らめ、王家を内側から食い荒らしおったわ。あれではマッサリアの王は務まらん」


 テトスは、二杯目を明け、木の実をひとつかみ、口に放り込んだ。


「私もいただきます」

「おう、飲め」

「王の器に非ず、となれば評議会が他の者を選ぶでしょう」


 テトスが吹き出しかけた。


他人事(ひとごと)か。第一候補はお前だぞ」

「私には補佐役が似合っております」

(まつりごと)が混乱してもか」

「実績のあるゲナイオスもいます」

「ゲナイオス……火玉を使ったかな」

「私は、馬を失った騎兵隊が心配です」


 新米の将軍ヨハネス。

 暑さに負けた馬たちを励まし、アルペドンの草原に連れ帰ることができるだろうか。


「隣の寝台を貸せ。少し寝る」


 酔いの回ったテトスは、マグヌスの寝床で眠ってしまった。


 二人が苦慮している間に、明るい報告が南国のゲナイオスからもたらされた。


「植民市奪還に成功。周囲の土地に順次入植を進める」


 南征はこれでひとまず成功と、テトスとマグヌスが安堵のため息をついたところに、テオドロス王が、


「植民市だけでは心許ない。ナイロを完全な属国とし、南方大陸に領土を広げる。もう一度攻め込むぞ」

「これ以上血を流すのはお止めください」

「間もなく秋、兵士たちを徴用できません」


 テオドロスは、二人を睨んだ。


「何でもかんでも反対するのだな。立場をわきまえろ」


 これはもう評議会のリュシマコスに頼んで一度痛い目に遭ってもらわねば仕方ない。

 二人はそう考え始めていた。





明日も更新します。


次回、第230話 諫言


夜8時ちょい前をどうぞお楽しみに!!

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