第十一章 178.証明
【突発更新まつりフィナーレ!】
ルルディは先に立って寝室に入った。
「何も変わっていない……」
奴隷たちに支えられたエウゲネスが、懐かしそうにつぶやく。
「これをご覧ください!」
ルルディは寝台の敷布をめくった。
中央に深々と刺された短剣。
「あなたがお持ちの長剣と比べて見てください」
黄金造りの短剣の柄。
赤い宝玉が鷲の姿を形作る。
「これは……マグヌスの?」
「そうです。あなたを演じ切るためにマグヌスはこの寝台で共に眠りましたが、この短剣が私たちを隔てていました!」
ルルディは夫を見つめた。
「本当に……何もなく……」
「ええ。マグヌスがあなたは生きていると信じていた証拠、もし公式のお葬式が済んでもあなたが見つからなかったらマグヌスに返そうと思っていましたが……そのままにしておいて良かった!」
エウゲネスは宝玉の澄んだ輝きに目をやっていた。
もともとは追放される義弟に、身の証として自ら与えた短剣である。
「……分かった。短剣はマグヌスに返せ」
「あなた……」
嬉しそうに頬を寄せるルルディから、エウゲネスは目を反らした。
「マグヌスはあなたから何も奪ってはいません。王位だって……評議会で選出されたのに」
「その代わりに執政官として実権を握った訳だ」
つ、とルルディは身を引いた。
帰ってきた夫は猜疑心の塊だ。
「お前を借りの王に据えて、補佐役としてべったりだったのではないか?」
「私、マグヌスに言いましたの。王子から王座を奪わないでって」
「……」
「一番確実にテオドロスに王位を譲るために私を仮の王にしてくれたの……分かって……」
そのころ、評議会では帰還したエウゲネスを再び王位につけるかどうかで、意見は真っ二つに割れていた。
「もう立てぬと言うではないか」
「それでは儀式にも支障が出る」
「そんな……エウゲネス様は正式に退位なさったのではない。亡くなられたと誤解されただけだ。戻ってこられたのだから、当然復位を」
「ルルディ様の代わりに王座に就いてもらえば良いではないか。マグヌスがこれまで通り補佐をして」
しん、と静まる会議場。
エウゲネスの気性で義弟とはいえマグヌスの補佐を受け入れるだろうか。
「逆に考えよう。マグヌスの補佐を受け入れるなら復位を認めると」
「その提案はエウゲネス様の怒りに触れるだろうな」
首をひねる議員たち。
「そうだ、執政官をテトスにしては? エウゲネス様の扱いを一番心得ているのは彼だ」
「……なぜマグヌスが執政官に就いたか忘れたか? あの群衆の熱狂を思い出せ」
昼になり、リュシマコスが会議の中断を宣言した。
彼は、事情を話せばマグヌスは位を降りるだろうと思っていた。
(野心のないやつ)
好ましくもあり、その異質さが不気味でもあった。
議場の外に出ると、広場から小売人たちが運んできた串焼きのいい香りが漂ってきた。
リュシマコスは、鶏の肝と羊の腿肉二本を買い、秋風に吹かれながら立ち食いした。
「お年に似合わぬ健啖家でいらっしゃる」
声に振り向くとマグヌスがいた。
「……いえ、書類仕事に飽きましてね。ついでに王位がどうなるのかも知りたくて」
「やはり気になるのか」
「それは、義兄のことですから」
「エウゲネス様とは話をしたのか?」
マグヌスは頭を振った。
「お祝いは申し上げたのですが、お返事もいただけませんでした」
戦象部隊に敗れて身体の自由まで失った自分と、象を倒し、東帝国軍を全滅させた義弟と……。
これまで圧倒的に自分が有利だったために義弟にかけてやっていた愛情はもはや無い。
「エウゲネス様は、ルルディ様と私のことも疑っていらっしゃると噂に聞きました」
「まさか、ルルディ様の腹の子が……」
「まさか」
マグヌスはきっぱり否定したが、言葉に勢いが無かった。
彼は懐から短剣を取り出した。
「身の証は立てたのですが」
もとの鞘におさまった短剣。
エウゲネスの長剣も失われた鞘の代わりを、工人たちが急いで作っていることだろう。
「マグヌス、お前、やはり今でも王位は嫌か」
「執政官として王を補佐するのが身の丈にあっています」
「その執政官も奪われるとすると、どうだ?」
彼は真剣な顔をして黙り込んだ。
南国からの穀物輸入経路の確保、そのためのレーノス河河口に建設中の港、何より東帝国のアンドラスへの加勢の約束。東帝国からも穀物が輸入できればどんなに良いだろう。
「私の後を引き継いでくれる方がいらっしゃるなら」
「テトスはどうだ?」
リュシマコスは、おまけでついてきたパンで指を拭って捨てた。すかさず野良犬がさらっていく。
「不満はありません。でも彼にはしばらく休んで欲しい」
「今すぐ、というわけではないのだ。その可能性も考えていてくれ」
「……」
マグヌスは目礼だけすると、売り子たちの方へ向かった。
「マグヌス様、どれでも自由におとりくださいな」
女性の売り子が呼び止める。
最近、ぐっと数が増えた。
「あ、てめえ、先に声かけたな!」
「あんたがどんくさいのよ」
「俺のもタダだ、マグヌス様、お持ちください」
「では、1本ずつ……」
これは妬まれるだろうなとリュシマコスは考えた。
エウゲネスがこんな慕われ方をしただろうか。
力でいえばエウゲネスが上だっただろう。
だが、彼はそれを失った。
リュシマコスは、嵐の予感に身をすくめた。
すみません、更新遅刻しました。
次回、179話 王女テオドラ
お昼ごろに……今度は送れずにm(_ _)m