第十一章 175.悲しき迎え
【突発更新まつりフィナーレ!】
四人とも、声が無かった。
「嘘だろう……エウゲネス様が立つことも歩くこともできないとは」
「本当だ。象が押し倒した幕屋の柱に背中を打たれて、落馬し、それきり足が効かなくなった」
マグヌスが額に手を当てながら、
「本陣は丘の後ろに移動して、象との接触は無かったのでは?」
「エウゲネス様が大人しく引き下がられると思うか? 単騎丘を駆け上がられて勝負を挑もうとされた。そこに崩れた幕屋が直撃した……自分が陣を下げていなければ……」
ドラゴニアが、そっとテトスの肩に手を触れた。
「自分を責めてはいけない。私は象に戦いを挑んだ者たちがどうなったか知っている」
「……エウゲネス様は幕屋の下敷きになって敵に見つからなかった。自分は一度逃げて明け方に戻り、王を発見した……」
メラニコスがうめいた。
「あそこに王はいらっしゃたのか……テトスとは行き違いになってしまった」
敗戦の混乱が招いた悲運。
「戦場はもう西に移動していたから、自分は王を馬の背に乗せ、生き残りをかけてミタール公国を目指した」
「なぜ、ミタール公国に?」
「ルルディ様の実家だからだ」
ゲナイオスが口を挟んだ。
「その途中で、ミタール公が東帝国側に膝を屈したのを知ったのか」
悔しそうにテトスはうなずいた。
妻の実家が頼れない……。
「引き返している間に戦線は西へ向かっていた。戦死者の霊を恐れて人が立ち寄らなくなったエウレクチュスの野の近くの古い知り合いがいて、その邸宅に身を寄せた。見つかるなら見つかっても仕方ないと腹をくくって……傷を負った王には申し訳ないことをした……」
メラニコスが唇を噛んだ。
「あの捜索、もう少し範囲を拡げておけば……」
「屋敷の奥深くに匿ってもらっていたのだ。見つからなくて当然」
マグヌスが椅子から立ち上がった。
「ルルディ様にお知らせしなければ」
「エウゲネス様は、それを恐れていらっしゃるんだ。こんな身体になってしまってルルディ様に嫌われはしないかと」
「ルルディ様はそんな方じゃない」
「俺もそう思うぞ」
「仮にも夫婦、身体の自由が多少奪われたからと言って嫌うのは女の風上にも置けぬと私は思う」
マグヌスは座り直した。
「古の法にあるのです。連れ合いが治らぬ病や大怪我を負ったときには夫婦どちらから離婚を言い出しても良いと」
「マグヌス、言葉が過ぎるぞ!」
「有効かどうかはちゃんと法務官に調べさせますよ、メラニコス」
テトスも立ち上がった。
「俺が行く。不甲斐なさゆえ主人を守り抜けなかった臣下として」
「一緒に行きましょう。ところで王は今安全な所に?」
「大丈夫だ。別の知り合いの邸宅の奥に匿われている」
「せっかくだ、皆で行こう」
「はい」
ルルディは北の館ではなく、東の棟の王の執務室にいたが、マグヌスの緊急に奏上したいことがあるとの言葉に、急いで王の間の王座に座った。
頭には宝冠ではなく王位を表す細い金の冠をいただいていたが、彼女の金髪にも映え、質素ながら支配者らしい威厳を見せていた。
「みんなそろって……どうしたの」
「ルルディ様……私を覚えていらっしゃいますか?」
ルルディは目を見開いてまじまじとテトスを見た。
「智将テトス! 生きていたのね!!」
「エウゲネス様も生きておられます」
「まあ! それでは明日のお葬式は中止ね! エウゲネスはどこにいます?」
「ここにはおられません。 東方のさる富農の屋敷に匿われていらっしゃいます」
ルルディは手を組んで天井を……天を見上げた。
「祖霊神よ、感謝します」
祈りの言葉がしばらく続いた。
「テトス、それで、どうしてエウゲネス様は一緒じゃないの?」
「ルルディ様、その理由を申し上げます。気を確かに持ってお聞きください」
「聞くわ」
ルルディはチラとマグヌスの方を見た。
彼は小さくうなずいた。
「エウゲネス様は立つことも歩くこともおできになりません」
「え?」
「そのため、こうしてご存命を伝えるのに時間を取りました」
「あの方は生きているけれど身体を動かせないの?」
「言い方によれば」
テトスは回想した。
絶望して自死を選ぼうとするエウゲネスを、言葉を尽くしてなだめ、一時も目を離さなかった潜伏行。
「エウゲネス様を迎えに行って」
ルルディは即断した。
「王として命じます。馬車の用意と、騎兵……」
「騎兵二十騎、必要な食糧と秣、馬車は傷付かれた王の背に優しいように、厚く干し草を敷いてその上に寝台をこしらえるように」
マグヌスがすらすらとルルディの言葉を補った。
「急いで! テトス、疲れているでしょうけど道案内を」
「承知しました」
「今日の葬儀は取りやめにして、各国の代表にはエウゲネス様の帰還を祈念し、祝う会に変えられるかしら?」
マグヌスが一礼した。
「かしこまりました。すぐに連絡と手配を行います。各所にも触れを出します」
「ありがとう、マグヌス執政官」
テトスが「ん?」と聞きとがめた。
「執政官だと?」
「エウゲネス様の不在を受けて、いろいろ国政に変化があったのです。できれば私が同道して説明したいが……」
「明日のことがあるからマグヌスはここに居て」
「はい……」
「では私が」
ドラゴニアが手を上げた。
「頼みます」
マグヌスを先頭に、皆が王の間から退出した。
一人残されたルルディは、婦人の貞淑も司る月の女神に祈った。
「生きている! 王は生きている! マグヌスと間違いを犯さなくて良かったわ。王の目をまっすぐ見られるわ!」
彼女は夫が帰ってくる喜びで心がいっぱいになり、テトスの言葉の歯切れの悪さに気が回らなかった。
マグヌスは急いで評議会のリュシマコスに相談した。
リュシマコスはまずは王の生存を喜び、憂い顔のマグヌスを励ました。
「エウゲネス様に王位に戻っていただくかな。ルルディ様も肩の荷が下りよう」
「国政をいろいろいじってしまいましたが、義兄はどう思われるか……」
「貴殿も烙印の呪いを断ち切ったではないか。国のために良かれと思ったことだと胸を張りなさい」
「ありがとうございます」
だが、マグヌスの心は晴れなかった。
今日明日限り!
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次回176話 ひっそりと
172話の投稿を忘れていたのでどこかで更新します。
お話の続きは今日のお昼に!!




