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第十一章 168.マグヌス! マグヌス!

【突発更新まつりフィナーレ】

「胸を張れ、マグヌス!」


 股の間からゲナイオスが励ます。

 気付いた群衆がどよめく。


「あの烙印は……死刑囚の……」

「髪を切ったのか!」

「マグヌスだ! マグヌスだ!」


 王都解放の喜びの余韻が覚めやらぬ市民たちは声を上げた。

 それを聞いて何事かと女子供まで顔を出す。


 女は女部屋にという決まりは王都包囲戦の中で形骸化していた。


「マグヌス様だって!!」


 (はた)の前を離れ、両手に糸紡ぎの道具を持ったまま、通りに飛び出した。

 奴隷たちも仕事の手を止めて、意外な勝利の立役者を一目見ようと背伸びした。


 広場(アゴラ)では、花冠売りたちが興奮してめちゃくちゃに花を投げかけた。


「あぷう……」


 顔面に直撃した花冠を払い落としながら、マグヌスは目を開けた。


 歓喜する人の波をかき分けてゲナイオスは進む。


「そうだ、マグヌス、目に焼き付けておけ!」


 美しい両目を見開いたドラゴニアがいた。


「ああ、マグヌス、さすがは我が夫と決めた人!」

「騙して悪かった」


 マグヌスはドラゴニアに手を伸ばした。

 その手をつかもうとする、人、人、人……。


 目の隅に、ワイン売りが誰彼構わず酒を振る舞っているのが見えた。


「マグヌス様だ、マグヌス様の奢りだ。飲め、飲め!」


 早くも酩酊した男が、戦女神を称える歌を大声で歌う。


──千の敵も万の敵も、戦女神の行くところ逆らうこと敵わず。ただ打ち倒されて大地を血で染める。偉大なる女神よ、汝を褒め称えん。祈り奉らん──。


「ゲナイオス、疲れませんか?」

「一番の功労者を担いでいるのだ。羽のように軽いわ」


 勝手に自分が作戦を変えたせいで思うように戦功を立てられなかったにも関わらず、自分の栄えを祝ってくれる……マグヌスは素直にゲナイオスに感謝した。


 ゲナイオスは公言通り、マグヌスを担いで旧劇場まで歩き、舞台上で彼を降ろした。


「胸をしまうな。その烙印は今日からはお前の誇りだ」

「ゲナイオス……」

「お前が十二のときに罪なくして受けた辱め、恥じることはない」


 ゲナイオスは、旧劇場を埋めた男女に声を張り上げた。


「同胞よ、この度の大戦、皆が力を尽くして得た勝利だ!」


 どおおおっと言葉にならない声が湧き上がる。


「中でも戦象部隊を葬り、四万の敵を水攻めで破ったこの男の功績を、改めて皆で讃えよう」


「マグヌス! マグヌス!」


 彼の名を呼ぶ声がこだまする。


「さあ、お前も何か言え」

「急に言われても……」

「なんでも良いんだ」

「……わかりました」


 マグヌスは両手を高く掲げた。

 群衆がみるみる静まる。


「確かに大勝利であった!」

「そうだ!」

「ただ、尊い犠牲、未だ行方不明の勇者もいる」


 劇場は水を打ったように静かになった。


「彼らの魂の安らかならんことを、そして救出を待っている者がいるなら、至急救出しよう」


 老将ピュトンと智将テトス、エウゲネス王のことだと群衆は理解した。

 だが、熱狂はマグヌスが思っていたのと別の方向へ走った。


「王の不在は許されない!」

「国の指導者を欠いては、次の戦に耐えられない!」

「マグヌスを王に!」

「そうだ! 彼こそ王にふさわしい!」


 耳を聾する叫びを聞きながら、マグヌスは当惑していた。


「王は評議会が決めるもので……」


 抗議の声はかき消された。


「マグヌス! マグヌス! マグヌス!」


 彼は途方に暮れてゲナイオスに助けを求めた。


「お前のせいで俺は一度王になったことがある」


 ゲナイオスはニヤニヤ笑っていた。


「お前も一度その重責を果たすべきだ」


 こう言われてしまうと逃げ場はない。


「評議会に意見を求めましょう。義兄はまだ死んだと決まったわけではない」


 評議会は、マグヌスとゲナイオスが立ち去ったあとも、淡々と審議を進めていた。


「まず、マグヌスが受けた死刑囚の烙印、その恥辱は(すす)がれなばならない」

「烙印を嘲るものは重罪に」

「異議なし!」


 だからといって烙印が消えるわけではないが、せめてもの償いである。


「彼の母親、ラウラの土地は国家が奪っておりますな」

「ラウラの土地は今、誰のものに?」


 リュシマコスが手を上げた。


「エウゲネス王から我が娘ドラゴニアに下されている」

「何の非もないドラゴニアから取り上げるのも酷か」

「いやいや、我が娘は喜んで差し出すでしょう。そこはご心配なく」


 愛娘がマグヌスに惚れていることをよく知っているからの苦笑い。


「そこまでは良いが……」

「あれはどうする」

「外の声を聞かれたでしょう、マグヌスを王に、と」


 一番繊細な問題だけに、自然と小声になる。


「王位継承権……彼に返すか」

「返せばもう彼が次の王だ」

「待たれい、エウゲネス王はまだ亡くなったと決まったわけではない」

「それに王子テオドロスも立派な少年になった」

「……残念なのはまだ成人に達していないことだ」


 高齢の議員が昔を思い出すように、


「待った。先の王妃の例があるではないか。王子たちは少年ながら、王妃が国の舵を取った」

「ルルディ様にその役を?」


 リュシマコスが咳払いした。


「先走って考えても、砂上に楼閣を組むようなもの。本日はこれまでにして、明日、改めて議論しよう」


 議員たちは同意し、席を立った。


 エウゲネス王だと信じていた人物が実は異母弟のマグヌスであり。

 その意外な勝利に狂喜した群衆の声に耳を塞ぎ、マグヌスの権利を一部回復し。

 今日だけでも三日分くらいの働きをしたように彼らは思い、疲弊していた。


 翌日。

 最初の議題はマグヌスの王位継承権回復だったが、今後国体をどうしていくかとは切り離して論ずるという意見が大半を占め、彼の権利の回復は完全に成された。


ラスト、1日3話更新します。

朝8時ちょい前、昼12時ちょい前、夜8時ちょい前の3回です。

次はお昼にお目にかかりましょう。


第169話 王座をつかめ!


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