七夕の真実~織姫と彦星~
7月7日、世間ではこの日は『七夕』として様々なイベントが催されている。
そんな数あるイベントの中の一つ、商店街の片隅にある七夕飾りを見ている親子がいた。
「今日は七夕だね」
「1年に1度織姫と彦星が出会える日だっけ?」
手をつないで仲睦まじい2人は、何処にでもあるようなたわいもない話を続ける。
「そうよ、自分のことを顧みずに、美しいはたを織り続ける織姫を不憫に思った天の神様が、同じく勤勉に働き続ける青年、彦星を結婚相手に選んで、2人はめでたく結婚したの。でも、結婚したとたん2人は働かなくなって、織姫がはたを織らないから、神様たちの服はボロボロになっていったの。牛もえさを与えられないからやせ細っていって……」
「ふ~ん」
七夕にそんなに思い入れでもあるのだろうか、母親が息子に向かって織姫と彦星のエピソードを話し始めた。
「そこで怒った天の神様は、天の川の東西に追いやり、2人を引き離したの。これで一件落着かと思いきや、2人は落ち込み、泣きはらし、余計に仕事をしなくなったの。本当に2人は愛し合っていたのね」
「つまり、別居中の母さんと父さんも、実は無理やり離されて……」
「あいつの話はしないで」
「あっ、はい」
どうやら、2人の復縁はまだまだ時間がかかりそうだと内心でため息をつく息子。母親は父親のことを思考の遥か彼方の世界に追いやるかのように、七夕の話を続けた。
「仕方ないからと、天の神様は毎日働くなら1年に1度だけ2人が会うのを許すことにしたの。それから、2人は心を入れ替えて毎日真面目に働いたの。7月7日の夜にあえることを楽しみにしてね。1年に1度だけ会うことが出来る……ロマンチックじゃない?」
話し終えた後の母親の顔は、とてもスッキリしていた。自分の語りたいことを語り終えたオタクのような晴れ晴れとした表情だ。
「それって、本当に2人はただ単にサボっていただけかな?」
「あら、どういうことかしら?」
そんな母親の話に対して、息子は疑問を呈した。
「だって、よく考えて。2人は毎日働いていたんだよ? 休みも無く毎日。それって大分ブラックな環境だよね」
「た、確かにそうね」
現代の社会で毎日働かせる会社があれば、社員ではなく会社に批判が殺到するのは間違いないだろう。
「そして、2人が働かなくなったら、畑も牛も駄目になり美しいはたも生産されなくなったと。つまり、代わりにその仕事を出来る人がいないかったってことだよね?」
つまりは、作業のオーバーワークに加え、他に仕事が出来る人もいないから、何かあった時にその仕事を補うことが出来ないということだ。自分たちしかできないとなれば、真面目な2人は文字通り死ぬまで働いただろう。自分一人の時はそれでもよかった。それが当たり前だと思っていたし、普通だと思っていたからだ。まさに、洗脳の賜物。しかし、結婚したことで2人の心理にはある変化が訪れた。
そういって息子は説明を続ける。
「心境の変化、それは相手に健康でいてもらいたい。無理してもらいたくないという、相手を思いやる気持ち。それだけ2人は本当に愛し合っていたんだね。そこで、2人はあることを思いついたの。自分たちが働かなければ、神様達も2人にしかできない仕事という事に疑問を持ち、新たな労働力の補充、つまり、労働環境の改善に繋がるのではないかって。そうじゃないと、自分たちが倒れた時に、本当に代わりにできる人がいなくなるからね。確かに、正常な相手だったらそれは有効な一手だったかもしれない」
しかし、と息子は首を振る。
「ところが残念なことに、相手は洗脳をした張本人。つまり、簡単に言えば会社の社長だね。そんな相手がお金のかかる労働環境を改善するわけないのにね。織姫も彦星も根が本当にいいから、そんな悪意全開の相手がいることに考えが至らなかったんだよ。嘆かわしいね」
やれやれと息子は肩をすくめた。
「最終的に2人は別れさせられ、少しの時間でもいいから一緒にいたい2人の心情に付け込まれて、より多くの仕事をさせられるようになりましたと。僕だったらこんな結末は御免だね。だから、僕は2人の代わりに世に訴えているんだよ。人間は働きすぎ、もっと労働環境を改善せよってね」
息子はどこか遠い目をしながら母親に向かって笑顔を見せた。
「いや、だからといって40歳にもなってニートは困るんだけど……」
完