サメのいる部屋
私の部屋にはサメがいる。
海で泳ぐ軟骨魚をサメとするなら、この十畳一間に浮かぶ化け物はそうではない。
だが、獰猛で無骨なその見てくれは、サメと呼ぶほかなかった。
いつからコレは此処に居たのか。
気づいた時には泰然と人様の領地に陣取っていた。
その一方で、私に干渉することはほとんどなかった。
私に懐くことはなく、かといって自慢の鋭い歯を向けることもなかった。
それに応えるように、私からも際立てて手を出すことはなかった。
ただ、夜や夕暮れに独りでいると、部屋の一角で暗い影を成して私に姿を見せた。
雨の日のことであった。
私は酷く疲弊していた。
人に裏切られ、巨大な理不尽を押し付けられ、土砂降りの中を傘もささず歩いて帰った。
当然、家に着くころにはずいぶん痛ましい格好になった。
私は濡れたまま椅子に座って、姿見の鏡を見つめた。
そこに映る無様な自分を見ていると、変に笑えてきて涙が出た。
暫くそうしていると、部屋の奥の方からサメが姿を現した。
ソレはギロッと黒い目を光らせて、私の方を見た。
そして、宙を掴んで静かに泳ぎ、珍しく私に近づいてきた。
こいつはこれほどまでに大きかったのか。
ぽかんとみていると、サメは大きく口を開けた。
口の中は大きな闇になっていて、吸い込まれるような暗さだった。
「一思いにやってくれ」
私はそいつに言った。
この闇の先には何があるのだろうか。
消化器か、地獄か、はたまた楽園か。
しかし、サメはゆっくりと口を閉じた。
それから、もう一度じっくりと私を見た後、標的を変えたように興味を無くして窓際に消えていった。
疲労と恐怖からか、私はそこで意識を無くした。
翌朝、窓から入った煩い光で私は目覚めた。
湿った椅子にもたれかかり、手には固く縛ったロープが在った。
これで私は何をしようとしていたのか。
私は焦るようにその縄をしまった。
その後、私は一度シャワーを浴びた。
それから、何かを美味い物を胃に詰めようと思った。
何と無しに、そうすべきだと感じたのだ。
彼がまた姿を現す前に。