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2020東京オリンピックを実況中継してみた

作者: 山野 公美恵

この物語はフィクションです。実在の人物・団体・サイト・イベントとは一切関係ありません。

2020年1月、新型ウイルスの爆発的な感染流行が東アジアで確認された。

あっという間に感染地域が拡大し、一都市から全国へ、一カ国から複数国へ。

経済への悪影響を恐れて様子見していた国々が慌てて入国制限と都市封鎖を始めた時にはもう遅かった。

3月には五大陸全てで感染者・死者が続出する事態になった。

世界中が大混乱に陥った。

7月に日本の東京で開催予定だったオリンピックは、とりあえず2021年まで延期して様子を見ることになった。

11月に、製薬会社がワクチン開発成功を発表。世界各国が奪い合うようにワクチンを予約し、異例のスピードで薬事承認した。

早い国では12月から一般国民へのワクチン接種が開始された。

2021年になり、世界全体で感染者数が徐々に減り出した。

しかし新たな変異種の発生が見つかったり、ワクチンの副作用が報告されたり、油断できない状況が続いていた。


2021年3月、一年延期されたオリンピックを開催するか中止するか、関係者らがギリギリまで議論した。出た決定は、「全日程を無観客で開催」だった。

3月末にひっそりと聖火リレーが実施された。

日本は開催国の意地で感染抑え込みを目指した。

4月の花見も5月の連休も自粛の嵐で乗り切り、6月ついに国内新規感染者数ゼロを達成。

海外でも感染者数が徐々に減りつつあった。

7月、無事に開会式実施。

最新技術のエフェクトがかかった生中継は、無観客とは信じられないほど盛り上がって見えた。

「人類がウイルスを克服した記念のオリンピック」と派手に宣伝された。

選手と関係者は全員ワクチン接種済で、定期的に検査して感染予防している。

連日の競技は順調に進んだ。

今日は短距離競走の決勝戦。僕はテレビ中継に見入っていた。

熾烈な先頭争いになっており、目が離せない。

僕の応援する選手がラストスパートをかけた。

トップとの差がグングン縮まっていく。

行け、追い抜け!頑張れ〜っ!!

僕はテレビ画面に向かって絶叫した。


・・・という夢を見た。

自分の絶叫で目が覚めて、あぁ夢だったんだと気付いた時の、なんとも言えないやるせなさ。

こんな夢を見た原因は、昨日の「2020東京オリンピック中止決定」のニュースのせいだ。

夢の中では2021年に延期開催されていたが、現実では中止になった。やむを得ない状況だろう。

感染者数も死者数も指数関数的に増えている。感染経路が不明で、有効な予防策が取れていない。

まだ特効薬もワクチンも見つかっていない。ワクチン完成より人類滅亡の方が早いという悲観論まで囁かれている。


夢の中の未来のように、一年でこのパンデミックが収束して東京オリンピックを見られたらどんなに良かったことか。

どうせ夢から覚めるなら勝負の結果を見届けた後が良かった。

さっきの夢の続きが見たい。再び横になって布団を被ってみた。目が冴えてしまって眠れなかった。

どうしよう。あの熱い勝負の結末がどうしても見たい。

仕方ない。自分で作るか。


僕は趣味のCGで架空のオリンピック中継動画を作ることにした。

夢で見た中継の内容を再現して、最後に僕の好きな選手が僅差で優勝する展開にした。

どんどんインスピレーションが湧いてきて、文字通り寝食を忘れて没頭した。気がついたら二徹で完成させていた。

ステイホーム中なので問題ない。

最初は自分だけ見て楽しむつもりだったが、見れば見るほど良い出来なので、YOU○UBEにアップロードすることにした。


そうしたら、再生回数がとんでもなく伸びた。

花見もゴールデンウィークも自粛ムードで、暇を持て余している人が多いのかも知れない。

沢山の人からもっと見たい他のは無いかとコメントをもらった。

夢で見た競技は一つしかなかったので、過去のオリンピックの名勝負を参考にして新しい動画をいくつか作ってみた。

最初の動画を超えるものはどうしてもできなかった。

それでも新作期待の声が多いのでアップしたら、期待外れだと叩かれた。なかなか難しい。


そのうち、他の人たちも色々な動画をアップし出した。

多数の芸能人が聖火ランナーのコスプレをしてランニングするリレー動画が有名になった。

某MMORPGで始まりの街からラスダン前の村までフィールド上を走破するマラソンごっこが流行り、その中継動画がバズった。

ツイ○ターやインスタ○ラムでも架空のオリンピックを題材にした投稿が増えた。

♯エア五輪というタグが定着した。

やり過ぎて「悪質なデマを拡散した」と警察に書類送検される人が出てきた。

エア五輪詐欺のニュースを見た時は目を疑った。


スマホにエア五輪のゲームアプリが登場した。

競馬のように選手ごとにオッズが設定されていて、誰が優勝するか賭ける内容だ。

僕もアプリを入手してやってみた。

賭け金とトップ予想を入力すると、競技中継画面に切り替わる。

おや?見覚えがあるな。僕の動画を無断使用しているぞ。

ゴール直前で一位の選手が二位の選手を抜いて僅差で勝つところまで、完全にパクリだった。けしからん。

一位に賭けてもう一度プレイした。前半は同じ展開だったが後半で別の展開に変わり、僕の動画で三位だった選手が優勝した。

どうやら全選手それぞれの優勝パターンを用意し、ランダムに再生しているようだ。

ふむ。ゲームとしては面白い。だが僕の動画を無断使用したのは許せない。

アプリ提供者は五輪公式に似た紛らわしい名称の胡散臭い会社だった。

僕は著作権侵害だと抗議した。無視された。

半月後にネットニュースで、五輪公式団体がアプリ提供者に抗議したという記事を見かけた。その翌日にアプリのダウンロードページは消えていた。


6月に入ると、効果がありそうな治療薬やワクチンを報告する論文発表が相次いだ。

各国政府が製薬会社に多額の助成金を出したこともあって、常識では考えられないスピードでワクチン開発が進んでいた。

また、検査キットの量産体制が整ったことで、感染防止対策が効率良く行えるようになってきた。

梅雨明けの頃には、世界の感染者数のグラフが減少傾向を示すようになった。

これならオリンピック開催できたんじゃないのかという声がちらほら出始めた。


ある競技団体が、中止されたオリンピックの代わりに国際親善試合を開催することを提案した。

賛否両論で大騒ぎになった。

観戦で感染が拡大したらどうするんだ。

無観客試合を生放送すればいい。

未だ厳しい外出制限と出入国制限をしている国も多い。参加できない国の選手が可哀想だ。

いっそオンライン参加はどうよ。複数の国の競技場を同時中継で繋いだら対戦できるだろ。

なるほど、一人ずつ実演して成績を比べるタイプの競技ならできるかもしれない。だが試合形式の競技はダメだ。オンライン対戦なんて不可能だ。

待て、Eスポーツなめんな。バーチャルリアリティ技術なめんな。

仮にオンライン五輪が実施可能だとしても、リアル五輪のクオリティを再現できるはずがない。劣化版が五輪を名乗るのは耐えがたい。

五輪を名乗らなければ良いの?じゃあチャリティー競技大会という名目にする。収益は医療機関と感染者支援団体に寄付する。

日程はオリンピックが予定されてた日時に合わせても問題ないよね。中止で空いた競技場と番組枠を有効活用させてもらおうよ。

あれよあれよという感じで話が具体化し、チャリティー国際親善競技大会が実現した。


開催すれば確実に収益を上げるオリンピックと違って、チャリティー競技大会の協賛は収益が期待できない。にも関わらず、協賛する企業が相次いだ。

「オリンピックのスポンサーになるのは四年に一回チャンスがあります。でも、この大会のスポンサーになるのは一生に一度のチャンスかもしれませんから。」とは、あるベンチャー企業社長の言葉だ。

協賛企業の株価は急上昇した。

外出制限で誰もが娯楽に飢えている中での大イベント開催である。

インターネット上ではオンライン五輪キター!バーチャル五輪キター!とお祭り騒ぎになった。

チャリティー競技大会のメダル数予想が盛り上がった。

赤字でも良い、みんな逞しくパンデミックを乗り越えよう。

誰が言い出したのかそんなスローガンが流行った。


チャリティー競技大会開催のニュースをきっかけに、エア五輪が日本で流行していることが海外でも話題になり始めた。

日本人が作る中継風動画は日本人選手が勝つ展開が多くなる。海外でそのことに対抗心を燃やした動画職人が大勢いたらしい。外国人選手が優勝する内容の中継風動画が激増した。

人気の高い動画を紹介するまとめサイトや解説動画がたくさん出来た。

一定期間の再生回数に基づいて競技ごとの人気ランキングを集計する動画まで現れた。

ある競技でとても人気の高い外国人選手の動画があった。動画のコメントに「彼の活躍を再び見られるとは感激だ」「ご冥福を祈ります」とあったので気になって調べてみたら、オリンピック出場予定だったのにパンデミックで亡くなった選手だった。

僕は思わずいいねを押した。


7月上旬、五輪公式団体が記録映像DVDを限定グッズ付きで発売すると発表した。

内容は、オリンピック開催準備から中止決定後までの様々なエピソードを収録したメイキングムービーらしい。

CMを見た感じでは、五輪公式の威信をかけた力作のようだ。特に「幻の開会式完全再現」「幻の閉会式完全再現」には興味を惹かれた。

週刊誌のインタビュー記事によると、演出担当者が、心血注いで準備した企画が水泡に帰すのは耐えられない、せめて映像記録として形に残させてくれ、とトップに直訴してリリース許可をもぎ取ったらしい。

発売日は開会式が予定されていた7月23日。


なお、五輪公式団体は、チャリティー競技大会にこのDVDの映像を無償で使用許諾することを申し出た。

その頃チャリティー競技大会の運営は経費削減のため開会式・閉会式の省略を検討中だった。やはり大規模な大会には費用が掛かるのだ。競技の品質を保つには、それ以外の部分を削るしか無い。

そこへ、この渡りに船な申し出である。映像を流すだけでオリンピック風の開会式の雰囲気を作れて、費用はほとんどかからない。コスパの良い開会式ができる。

「ありがとう。大切に使わせてもらうよ。」

「別にあんたの為じゃないわよ。使ってくれたらDVDの宣伝になって私が得するから貸してあげるのよ。」

お互いウィンウィンの関係だ。

なかなか粋な事をする。

僕は、トラブル続きな五輪公式団体に不信感を持っていたが、この件でちょっと見直した。


そして2020年7月23日。

東京オリンピックが開催される予定だった日、その会場となる予定だった会場で、別の競技大会が無観客で開催された。

開会式は、パンデミックの犠牲者への黙祷から始まった。

それから現地では例の幻のオリンピック開会式映像がフルスクリーンノーカットで流れたらしい。

テレビでは、スクリーンを見て感動の表情を浮かべる選手たちの顔がクローズアップされ、肝心の映像の内容はチラッとしか映らなかった。

くっ、全部見たければDVD買えってか。宣伝上手め。


チャリティー競技大会では、陸上競技、競泳、体操、射撃がオンライン対戦形式で開催された。いずれもスコアやタイムを競うタイプの種目である。

同じ競技を世界各地の競技場で同時開催し、各会場を中継で繋ぐ。

現地では広い競技場に1人だけ選手が入って新記録達成に挑む。

競技が終わって選手が退場すると、スタッフがテキパキ消毒を済ませ、次の選手が入場する。

そんな閑散とした環境ではあるが、会場内の巨大スクリーンにはテレビ中継の映像が流れており、アナウンサーの実況中継や歓声が聞こえて賑やかだった。

一つの会場が消毒作業をしている間に他の国の会場で別の選手が競技しているので、テレビ中継では途切れる事なく次々と選手の活躍が映し出された。

巧みなカメラワークと画面切り替えが、視聴者に選手間の距離を感じさせなかった。


球技や格闘技など試合形式の競技は、技術上の理由によりオンライン開催が実現できなかった。

しかし既存のVRゲームの参加者がなんとかゲーム内でオリンピック競技を再現しようと知恵を絞った。そんな創意工夫の成果がエア五輪動画となって多数公開された。


オリンピック中止により、世界各国のテレビ局はオリンピック中継に代わる別の番組を用意する必要に迫られた。

チャリティー競技大会はオリンピックと比べて圧倒的に試合数が少ない。チャリティー競技大会を中継してもまだ余る放映枠を何とか穴埋めするため、各テレビ局はコンテンツ探しに奔走した。

エア五輪動画はその穴埋めにとても使いやすかった。人気動画を選んで紹介し、もし開催されていたらこんな試合が見られたはずなのに残念ですねと芸能人がコメントし、選手本人へのインタビュー映像を流せば、簡単に長時間番組を作れた。

チャリティー競技大会の中継とエア五輪紹介番組は、過去のオリンピック中継に匹敵する高視聴率を叩き出した。


8月8日、閉会式。

予定ではオリンピック会場で東京都知事が2004年五輪開催都市の市長に大会旗を手渡す儀式が行われるはずだった。当然これも中止された。

某DVDにその様子を再現した映像があるらしい。僕は買わなかった。

チャリティー競技大会の閉会式の中継をテレビで見ながら、この半年は色々なことがあったなあと感慨にふけった。

昨年の今頃には、一年後にこんな未来が待っているなんて予想もしていなかった。


2020東京オリンピックが中止になった事は本当に残念だ。

しかし中止されたオリンピックがとても盛り上がった。

こういう結末も悪くない、と僕は思う。

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