前編
放課後。素早く靴を履き替えているにも関わず不機嫌そうな幼なじみがこちらを見てしかめっ面を作る。また、ヒステリックに罵倒されるのかと思い身構えていたが――。
「勘違いしないでよね! べ、別にあんたのこと嫌いじゃないんだから!!」
「へ……?」
「あたしと一緒に帰らないとあんたは死ぬのよ! さあ、一緒に帰るのよ!」
そう言って幼なじみは強引に手を引っ張っていく。過激な発言に比べて手は震えていて冷たかった。
「なんで……?」
「ダメよ! あたしと帰らない選択肢なんてないんだからね!」
その時、高校で絶交を宣言されて以来、初めて幼なじみの彼女の顔をまじまじと見た。昔から良くも悪くも彼女は嘘がつけない。今にも泣きそうな彼女の言葉をもう一度、信じてみようとそう思った。
帰り道の途中、いつものコンビニに寄りたかったが彼女に阻止され、諦めて大人しく公園に連行されていく。
いつもなら騒ぐであろう汚れなど気にせず、寂れたベンチに二人で並んで座った。距離を取って座ろうとすれば「離れないで」と叱られ、普段と真逆の反応に更に戸惑った。
きっと今が彼女に質問するチャンスなのだろう。でも、久しぶりに顔を合わせた彼女とどう喋ればいいのだろうか。
そんな気持ちを知って知らずか淡々と彼女は語り始めた。
「隼人……ごめんなさい。あたし、あんたに酷いこといっぱい言ったわ。でも、あんたのこと嫌いじゃなかった。し……死んで欲しいわけじゃなかった!!」
「僕、生きてるから大丈夫だよ……相澤さん」
「相澤じゃなくて、昔みたいに万里奈って呼んで欲しいの。あたしのこと嫌いじゃないなら……」
「うん……分かったよ万里奈」
高校に入学して、家族のように仲良かった幼なじみがいきなり他人行儀になって、拒絶されたことに強いショックを感じたのは事実だった。
ただ、僕にとって万里奈が家族のように大切な存在であることは変わらず、分かりやすく思春期真っ盛りの彼女を嫌いになることはありえなかった。きっと、万里奈が目の前で死にそうになったら僕は彼女をかばって代わりに死ぬだろう。
万里奈のことは今でも好きだし、万里奈が嫌う僕なんて。さっさとこの世から消えてしまいたかった――そんな理由があるから。
満面の笑みを浮かべる彼女の前でなんて暗いことを考えてるんだ僕は。
「隼人。もうあたしのことは信じられないかもしれないけど……今からあたしが話すことを信じて欲しいの……」
「うん。万里奈のこと信じるよ」
「本当に!? 隼人、大好き!」
「えっ……」
信じると言ったばかりなのに、目の前にいる万里奈の好意が本当なのか確かめたくなった。
「僕のこと……好きなの?」
「す、好きよ……恋愛的な意味で隼人のことが好き。世界で一番好き……」
友人的な意味でもなく、恋愛的な意味で僕のことが好き……。なんだかとんでもないことになってきた。万里奈は僕のことが大嫌いだと思ってたのに。僕を愛おしげに見つめる瞳を。この真っ赤な顔を見たら、もう……信じていいのかな……。
「僕も万里奈のこと好きだよ……。恋かどうかは分からないけど……」
「もう、隼人って本当にバカ……」
この罵倒は照れ隠しということでいいんだろうか……。
「もう! そんなんだから早死にするのよ! あたしのことなんてとうに嫌いになってたと思ってたわよ!」
「さっきから僕が死ぬとか……縁起でもないよ。どういう意味か教えてくれる?」
「ごめんなさい。説明すると――」
真剣な顔をしても万里奈はとても可愛い。とのろけている場合ではなかった。彼女は何度も同じ話を繰り返した。まるで賽の河原のように積み上げた罪悪感が限界を超えては彼女は泣き崩れる。それの繰り返しであった。
「隼人が……。車にひかれそうになったあたしをかばって、大きい音がして。真っ赤になって……!」
「でも、夢の話だよね?」
「夢じゃないっ!! あたしなんか、かばって死んで馬鹿馬鹿馬鹿……。あたしなんて、あたしなんて……死んじゃえばよかったんだあ!」
「万里奈の馬鹿! そんなこと言うなよ!」
「うん。隼人……もう死なないでね。あたしをかばって死なないでね……」
「ああ。分かったよ」
滝のように溢れ出る万里奈の涙をティッシュで一生懸命拭き取る。夢じゃなかったら、なんなのだろうか。万里奈には超能力者の才能があるとかか?
「本の読みすぎ……いや、僕じゃあるまいし」
「本……? 魔導書なら彼女たちといっぱい読んだけど。隼人を生き返らせるためにね」
万里奈こそ色々と大丈夫だろうか? それに一瞬、万里奈のブラックダイヤモンドのように美しい瞳から、輝きが消え失せたような……気のせいか。
時計を確認した万里奈がすくっと立ち上がる。
「どうしたの?」
「隼人が死んだ時間からもう大分過ぎたわ! やったあ!! あたし、生きてる隼人とデートするのが夢だったの……。叶えてくれる?」
「う、うん。いいよ」
「嬉しいわ! 今週の土曜日にデートしましょ!」
「分かったよ……。万里奈。ちょっと、コンビニに寄ってもいいかな?」
「もちろん!」
万里菜が僕のお願いを聞いてくれたことに少し感動した。
僕の目的は肉まんだった。いつも一人で買って帰るから袋は軽かったのに。今日は万里奈と二人で話しながら色々買ったから、袋はいつもより重くなってしまった。
すでに恋人気分で他人の目など気にせず、コンビニのレジでビニール袋を二人で持っている。もし、幸せに重さがあったらこれが幸せの重みかもしれない。
嬉し恥ずかし「幸せだね」「そうだね」と喋りながら入口を出るところだった――。
「邪魔だ! どけ!」
刃物をちらつかせてフルヘルメットの男が入ってきた。コンビニ強盗だ!
「万里奈……!」
入口は男に塞がれているので、奥の方に逃げて男から距離を取ろうと万里奈に目配せしたつもりだった。
しかし、絶世の美少女である万里奈に男は目が釘付けになっている。金だけではなく彼女も奪い取る算段を企てているようだ。
せめて、万里奈の前に立ち――かばおうとしても万里奈は僕の服を強く引っ張り、とても嫌がっている。こちらを見て歯を食いしばり青ざめている……万里奈。
どうやら彼女は、強盗など眼中になく僕の死を異常なほどに恐れている。本当にその様子は異常だ。
痺れを切らしたのか、男が声を荒らげる。
「殺すぞ! 金とその女をよこせ!! 殺されてぇのか!? あぁん!?」
身動きが取れない。絶対絶命だ……。