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ととは吸血鬼(バンパイヤ)  作者: 木常あめ、
3/3

Sunday

とある晴れた日曜日である。


日輪道影は娘のことを連れて動物園に来ていた。


こじんまりとしているが、飼育されている動物の種類も豊富で、家族連れにも人気がある。

市営の施設ということで、他県の動物園よりかなり安価な設定なのがありがたく、道影とことも何度か訪れていた。


この動物園には植物園が隣接しており、緑に囲まれ解放的な環境は、散歩にはもってこいだった。


日の当たる場所を避けるように、ことの手を引き、道影はなるべく木陰を歩いた。

しかし、まだ4歳の彼女は様々な事に興味をそそられるらしく、メインの動物よりも道端の虫などに夢中だった。


「あっ!ととー、ダンゴムシみーつっけたっ!ことたんはねー、ダンゴムシも触れるんだよー」


たまの父親との休日が余程楽しいのか、彼女は道影の手を握りながら満面の笑みで飛び跳ねている。

これでも本人はスキップをしているつもりらしい。

飛び跳ねる度に、さらさらと舞い踊る髪に太陽光が反射して輝く。

まるで天使だ…。と、道影は心の中で叫んだ。

我が娘の愛おしさに、思わず目尻が下がる。


吸血鬼バンパイヤである道影は、太陽の下で活動する事が難しく、本来は闇夜に紛れて活動したい所ではあるが…。

遊びたい盛りの小さい娘を夜中に連れ回す訳にはいかず、休日は昼間に遊ぶ事にしている。

だが、日中の野外での活動は、かなり体力と魔力が消耗する。

魔力とはなんぞや、とお思いの方もいるだろう。

異世界から転生してきた伝説の吸血鬼バンパイヤである日輪道影には、魔力がある。

以前の世界と同じように、複雑な魔法を使う事は出来ないが、花から生気を吸ったり蝙蝠を使役したりする程度の事は可能であった。

彼は生き血を好まない。

人間を愛してしまったから…。


ちなみに、娘のことは普通の人間であるため、太陽光での弱体化や食事の制限といった不都合は何もない。

父親が吸血鬼バンパイヤである事実も、まだ知らない。


高貴な魔族である彼は、休日であろうと常に隙のない正装を心掛けている。

タキシードに身を包み、首回りも隙間なくスカーフを巻く。

肌に光が当たらぬように、露出は少しでも避けたい所だ。

日輪は色の濃いサングラスをかけ、つばの広い帽子を被り、真っ白い手袋をはめ、全身には日焼け止めをこれでもかと塗っている。


それでも日中での活動は困難を極める。

太陽の呪いに、じりじりと体力は削られ、魔力はほぼゼロになる。

ほんの少しの衝撃でも倒れてしまうだろう。


全身を覆い隠す異様な出で立ちである筈だが、日輪は高身長で整った体型と顔をしているため、まるでお忍びで来日したハリウッドスターのような雰囲気を醸し出していた。


チラチラと、周囲の視線が彼に刺さる。


「む…太陽を避けるがあまり、少しやり過ぎてしまったか…周りから浮いていないだろうか。はっ!もしや吸血鬼とバレてるんじゃないか?!」


またしても日輪は勘違いをしていた。


「まずいぞ!吸血鬼だとバレたら、ことたん(娘)も迫害されてしまう!」


急に落ち着かなくなり、辺りをキョロキョロと窺いながら徘徊する様子が、事さらに“ お忍び来日スター”感を倍増させ、周囲の誤解を招いていた。


そこへ奥の植物園側から二人組の女性達が歩いてきた。

女性達が、道影を窺いながら話をしている。


ひそひそひそ

(きっと有名な外国の俳優かなにかよ。撮影かしら?!)

ひそひそひそひそ

(えー?ほんとだ、確かにスタイル良いし鼻高ーい!きゃーこっち来た!)


すれ違う女性二人組の視線を感じた日輪は、怪しまれないために爽やかな笑顔を振りまきつつあえて近づき、目の前に立つと、すっと手を差し出した。


(日本では握手は礼儀の基本と聞いた事がある。これで怪しまれないだろう)


突如、目の前に差し出された手に、初めは戸惑った女性であったが、握手を求めている事を察して手を握り返してきた。

その顔は朝日に照らされたかのように赤く染まっている。


「ととー、早くゾウさん見ようよー!」

隣で事態を見守っていた娘が待ち切れずに声を上げた。



その後、ことは終始ご機嫌ななめだった。

アイスが食べたい、ジュースが飲みたいと我儘を言っては日輪を困らせた。

お目当だったはずの象を眺めていてもほっぺを膨らませている。

もとよりぷっくりとしたほっぺが特徴であったが(そこがまた可愛いのだが)心なしかさらに膨らませているようだ。


一通り動物園を回り終えようとした頃、彼女顔を下に向けたまま、ぽつりと漏らした。


「ダメだからね!新しいママなんて…」


日輪は呆気にとられてしまったが、娘の言葉の真意に気付いて愛おしくなり、抱きしめた。

なんのことはない、娘は彼女なりに嫉妬していたのだ。


「大丈夫。ととの家族はことたんだけだよ」


ことは向日葵のような満面の笑顔を見せ、首にしがみついてきた。


「えへへー。とと大しゅきー。」


太陽に当たってしまったのであろう、日輪の首筋がヒリヒリと悲鳴をあげていた。


頭上では、夏の到来を告げるかのように、いつの間にか這い出てきた蝉がジリジリジリッと、暑苦しい声をあげていた。


夏の到来を感じた日輪は、頭の片隅でげんなりしていた。

また、あの悪夢のような日本の夏がやってくる…。


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