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ととは吸血鬼(バンパイヤ)  作者: 木常あめ、
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Hello World

「Hello World」


これはプログラミングにおける第一歩。


誰しもが経験するであろう、ワードを表示する基礎的なプログラム技法である。


ここに一人の男がいる。

この男もまた、記念すべき第一歩を歩み出そうとしていた。

社会人としての第一歩を。


長めの黒髪には自然にウェーブがかかっている。

表情は乏しいが、その顔はまるで中世の彫刻のように整っており、どこか神秘的な雰囲気を醸し出している。


名をロード エンデヴァンス グランディエゴ サンという。

嘘みたいに妙に長ったらしい名前だが、男が以前暮らしていた世界の言葉で“偉大なる太陽の神”という意味らしい。


元の世界で、というのは異なる国という話ではない。

所謂、異世界と呼ばれる世界線の事である。


この世界にはない生態系が広がり、見たこともない動植物が闊歩する世界が、この世ではない何処かには確かに存在するのだ。


ひょんな事から、そのファンタジーな世界から、この世界に飛ばされた男は現代日本に順応するべく、日々、悪戦苦闘していた。


この世界では、兎にも角にも生活するのに金が要る。


紆余曲折を経て、現代社会にうまく溶け込んだ男は、とある中堅IT企業に就職する事になったのだった。


本日は、記念すべきその1日目である。


都内にある某オフィスビル。

キーボードを叩く音だけが、機械的に鳴り響いていた。

整然と並べられたデスクに向き合う人々。

その指先は、まるで節足動物のように忙しなく動き、不規則に、それでいてリズミカルにタイプ音を奏でていた。


「ひのわさーん、日輪さーん!聞いてますか?」


突然、耳元で大きな声をかけられ、男はビクッと肩を震わせる。


そうだ、今の名前は日輪ひのわ 道影みちかげなのだった…。

言われて男はハッとする。


元の名前であるロード エンデヴァンス グランディエゴ サンでは何かと目立ってしまうため、男は偽名を使っていた。


「日輪さん。OJTは大切な研修なんだから気を抜かないで下さいよ。」

声をかけて来た小太りの男、堀江千石は憎たらしい顔を近づけて言った。

数日、風呂に入っていないのかというくらい髪はベタついており、顔はテカテカと光沢を放っていた。


「うむ、ちゃんと聞いているではないか。堀江氏。このバグを修正すれば良いのであろう?」


「その口調…日輪さんってイケメンなのに…こっちの人?なんか急に親近感湧いちゃうなー」


堀江は男の独特な口調から、オタク仲間だと勘違いをしたのか、急に表情を軟化させて立ち去っていった。


「危ない危ない、こんな所で目立つ訳にはいかない」


男は、ただ平穏に暮らしたいのだ。

この現代日本で。

一人の人間として…。


愛する娘と共に。


堀江が立ち去ると、気を伺っていたかのように数人の女子が声をかけて来た。


「あの堀江って人、気持ち悪くないですか?なんか意地悪だし、嫌な感じー」


「また意地悪されたら言って下さいね!人事の青葉部長とは知り合いだから言いつけてあげるから」


代表者らしき女が顔を妙に近づけて、日輪に囁く。

香水がきつく香り、頭が割れそうに痛くなったが、日輪は表情を崩さずに爽やかに答えた。


「お気遣いありがとう。君は凄い人脈を持ってるんだね。困った事があったら、頼らせて下さい」


きゃあー!と矯正をあげて去っていく女達を見送ると、先程の堀江に呼び出された。


「日輪さん、このプログラムが動かないのは、ここの箇所がスペルミスだからだよ。手打ちもいいけどソフト使ったりコピペするとミスも減るよ」


堀江は新人教育を任されて5年のベテランである。

有望な新人を見抜く力は確かなものがあった。

その堀江が日輪は有望だと判断し、今のうちから恩を売っておこうという魂胆だった。

渾身の優しい微笑みを浮かべてアドバイスする。

いつもの手だ。

大抵の場合は感謝され、今後も何かも頼られるようになる。


はずだった…。


突然、日輪は膝から崩れ落ちる。


「スペルミス(呪文詠唱失敗)だと…この私が…いくつもの高等魔法を習得している私が…エルフ語、ドワーフ語、古代ムーン文字、古代ヘブラン語まで堪能な私が…うう、うおおおーーーーーーー!」


突如、雄叫びをあげて頭を抱えて蹲ってしまった日輪のあまりの狼狽えぶりに、呆気にとられる堀江。


周りからはひそひそと声がしてきた。

辺りを見回すと、女子達がひそひそと何かを囁き合っている。

この状況では、恐らく堀江が新人をいびってるように見えているのだろう。


「いやー!でも新入社員でこれだけプログラムをかけるのは凄い事だよ!日輪さんは将来有望かもね!」


慌てて大きな声でフォローを入れるが、後の祭りだ。

周囲の人々の心象は最悪である。

日輪は相変わらず頭を抱えて、ぶつぶつと呪文のような独り言を繰り返している。

堀江のそのテカらせた顔に、滝のような汗が吹き出していた。



そう、日輪道影はズレていた。

よく言えば天然、悪く言えば空気が読めない男。


何かと裏目に出ては周囲の人間を翻弄してしまう。


それが現代社会に転生してきた子持ちの吸血鬼、ロード エンデヴァンス グランディエゴ サン、その人なのである。







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