ととは吸血鬼(バンパイヤ)
ウィーーーーン。
シュンシュン--------------。
満員電車に揺られながら、男は苛立ちを隠せなかった。
爪を噛み、足を小刻みに踏み鳴らす。
男が発するその音に、周囲の人が怪訝な顔で見ていることにも気づかないほど、男には余裕がなく、狼狽していた。
何故、俺があんな若造にコケにされなくてはならないのだ!
PCが使えないくらいなんなのだというのだ。
Excelだのパワポだの、なんの呪文なのか分からぬが、ブツブツと…。
我は魔王に最も近いと言われた、真祖吸血鬼の王なるぞ。
この世界に来て150年。
こんなにも辛酸を舐めねばならぬとは…。
ついこの間まで面妖なチョンマゲ姿で闊歩していた民族のくせに…。
男は、一呼吸ついて気持ちを昂っていた気持ちを落ち着かせる。
仕方がない、全ては愛しい娘のため。
男は胸元のポケットからスマートフォンを取り出し、待ち受け画面を点灯させる。
そこには、愛らしい満面の笑みを浮かべた幼女が写し出されていた。
青白い光に照らされた男の顔がほころぶ。
「とと(父)はお仕事頑張るからね。琴たん」
こと、というのは男の娘の名である。
3歳になったばかりの愛娘が可愛くて仕方がなく、文字通り、目に入れても痛くないほどに溺愛していた。
男の名は、ロード エンデヴァンス グランディエゴ サン。
真祖と呼ばれる、ある世界を構築した原始の民であり、誉ある吸血鬼一族の王である。
千年の時を生き、魔王に最も近いとされた畏怖の対象であった。
ただし、それは元の世界での話である…。
彼は異世界から、現代日本に転生してきたのだった。
娘(3才)は、未だこの事実を知らないでいる。
そう、とと(父)は吸血鬼なのである。