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#9 胎動

▼胎動



 シュンっと開かれたドアの音で目が覚めたオレは、事の状況を把握するまでに時間が掛かった。

「これから、お前の相棒の所に案内する。早く用意しろ!」

 昨日の男達と違って、女二人がオレに指図をする。

 一瞬何事か理解に苦しんだが、ハッと我に返り早速夕貴の元に出かける準備を始める。そして、突然服を脱ぎ始めたオレに気付き、女達は目を背けた。

「?」

 オレには奴らが何故そう言う行動に出たのか分からなくて、一瞬戸惑ったが、機転を利かしこれが何かの役に立つ事になるのではないかと睨んだ。

 オレの着替えが済んで、再び後ろ手に手錠をかけられたオレは、先を歩いている女を眺めていた。オレより小柄で、歩く度に良い香りがする。

 長い渡り廊下を延々と歩き、昨日下りたエレベーターで55階とボタンを押す女は、しげしげとオレを眺めていた。

「あの、何か?」

 オレはその視線に気付き問う。

「いや……何でもない。気にするな……」

 そう言われると逆に気になるってものだ。

 オレは、その女の後ろ姿をじっくりと観察した。がっしりとしているかのように思われるその後ろ姿は、やはり、男よりも丸みを帯びた体つきをしている。

「着いたぞ降りろ!」

 もう一人の女が、オレの後ろから押し出す出すようにしてエレベーターから下ろされた時思わず前のめりになりかけたが、必死に左足で自分の身体を支える事に成功した。こんな所で、転んでみせたくはない。これ以上の失態なんて恥ずかしいものは一切持ち合わせたくなかった。

 下りた先には、やはり渡り廊下が延々と続いている。オレのいる階と同じ構造なのだと理解した。

 オレ達は、その渡り廊下をただ黙々と歩き始める。立ちはだかるドアが有るその場所まで。

 先を歩いていた女はカードを脇のボックスに差し込み、確認を得るとドアは開かれた。その先には、オレを待ち構えていたかのように水上とその従者がガラス張りの前に立ちはだかっていた。

「良い眠りが得られましたかな?」

 水上は眼鏡を直しながらオレに問いかける。

 そんな、いけしゃあしゃあと言われた言葉にオレはカチンときた。

「御大層に寝ていられたら、何の苦労もねえな!」

 不機嫌なオレに、したり顔の水上とその側の男達は、にやにやとした顔をオレに向ける。

 よけいに腹の中が煮えくり返りそうになる。

「御覧の通り、君の友人タ貴さんはあのように預からせて頂いている」

 本題に移る水上。

 ガラス張りの向こうは真っ白な壁に囲まれた個室の診療所があった。

「かなり衰弱しているようで、栄養剤を打ち続けているのだが、いっこうに目を醒ます気配がない。このまま出産をするのは危険きわまりないな。晃。君が来れば少しは違うかと思ってこういう処置を取らせて頂いた。近くに行ってみたいかな?」

 水上は、ガラス張りの向こうの夕貴の様子を伺いながらオレにそう持ちかけた。

 昨日もそうだったが、呼び捨てにされるような間柄でもないのに……何だか苛立つ。その答えは言わなくても分かっているはずだ。

「そんなの決まってるだろう?いちいち聞くんじゃねえよ!オレの答えなど分かってるだろう!」

 そう、今にもぶちまけたい感情が沸々と煮えたぎっていた。

「分かった。ならば、晃。君を特別中に入れてあげよう。麗華その手錠を解いてやれ」

オレの後ろに控えていた女に向かって放たれた、突然の水上の言葉にオレはしめたと心の中でほくそ笑んだ。これで、まだ使い慣れないESP解放が出来るってものだ。舞にも連絡がとれる。

「こちらだ……」

 水上自身がオレをガラス張りの向こうに通じているドアに導いて行った。ドアを開け、オレと水上は真っ直ぐ夕貴の眠っているそのベッドに歩いて行く。

 傍目から見ていて分からなかったが、夕貴の表情はかなり険しい。というか、蒼白で、あの元気溌剌ないつもの夕貴とは別人のようだった。点滴のスタンドを避けてオレは夕貴の真横に足を進めた。そして、もっと顔が見える位置へと顔を寄せる。夕貴の眠っているその布団の中央部分が膨らんでいることに気付き、

「これは?」

 と、疑問を眩いた。

「子供をお腹に宿らせているんだ。もうこんなに分かるくらいに大きくなっている」

 その膨らみの上に手を置いて眠りに就いているタ貴は、今どんな夢を見ているのであろうか?そんな事を考えてみた。

「さて眠り姫は、どんな夢を見ている事であろうな?」

 オレの考えを読むかのように、水上はオレの頭上からそう問いかける。

「さあな……良い夢を見ていてくれればそれに越した事はないよ……」

 オレは、夕貴の手の甲の上に自分自身の手の平を置いた。表情とは裏腹に温かな体温が伝わって来る。

「……ん……」

 今まで身動き一つしなかった夕貴のロ元から、声がこぼれる。

「夕貴?」

 オレは夕貴のその様子に意識を取り戻したのかと手の平で夕貴の手を握りしめた。しかし、夕貴の意識が戻った訳ではなかったようで、再び静かな寝息だけを残し夕貴は沈黙した。

「分かったかね?君のカを持っても、夕貴さんは意識を取り戻すことが出来ない。きっと、お腹の中の子供の急速な成長の早さが原因ではないかと思われている。きっと、『ミトラボス』星人の特徴ではなかろうかと医師達は見当を立てている。夕貴さんは、少なくとも安定期に入るまで目を醒まさないであろうとな……」

「安定期って?」

 オレは分からないことだらけでいつもの様に混乱した。

「母体と子供とがお互い保とうとする時期をさす。今はまだ子供の方が先走って大きくなろうとしているんだよ」

「その安定期ってのは何時ごろ訪れるのか分かるか?」

 オレは、今すぐにでも夕貴をこの場から奪い去りたい気分だが、この様子では上手く行くはずもない。きっと、夕貴を傷つけてしまうに決まっている……そう判断したからこそ、今は静かにしておいた方が無難であると思った。今はESPは必要ない。舞に連絡する必要性も……

「それは……」

 水上は分からない様子で近くに控えている医師に目配せした。

「そうですね。早くても一週間は見ていただければ良いかと思われますね。何しろ異例なもので、我々にも全く分からないのです。ただ、今までの母体の中で成長している子供の様子から計算すると、一週間ぐらいとしか言い様がないですね」

 その医師は興味津々な……オレからすると嫌な視線で夕貴を見下ろしている。何だか胸くそ悪い気分だ。

「晃?これで分かったでしょう?君が何か企んでいるとしても、夕貴さんをどうする事も出来ないと言う事が。三ヶ月の間静かにしておくことが良いでしょう?それとも、事を引き起こしても、タ貴さんの身柄を引き取りたいですか?」

 全てお見通しとでも言うかのような水上の言葉に一瞬ドキッとしたが、オレはなるべく平静を保つように心掛けた。

「何の事だ?こんな設備の中、オレ独りが何かしでかす事が出来たら、それこそ凄い事ですね。そこまでオレは莫迦じゃない」

 夕貴の手から身を離しオレは立ち上がった。

「そう簡単ではない事くらい分かっているさ。時は金なりっていうし。タ貴の意識が戻ったら教えてくれ。お前たちにとって、異星人と地球人の混血の子供がそれほど気になるんだったら、大人しくオレに従ってもらおうか?そうした方が身の為だよ?夕貴が目を醒ましてオレがいなかったらどう言うことになるか試してみても良いぜ?」

 オレは、タ貴を信じている。そう、確信したからこそこれだけの事を堂々といえるんだと頭で考えると顔から火が出る思いだったが。

「分かった。晃の要求は飲もう。しかし、勝手なまねができると思っているのであったらそれは思い上がりだから心に止めておくが良い……さて、そろそろ部屋に戻ってもらおう。そして有意義にあの部屋で生活してもらおうか?きっと、舞の気持ちも分かるようになってくるであろう……」

 クルリとオレの前から背を向けた水上はスタスタとガラス張りの部屋へと歩き始めた。オレは、一度夕貴の顔を見下ろして頬に手の平をあてがった。

「きっと、お前を助けに来るからな!」

 そう念を込めてオレは水上の後に続いた。

 その後は、再び麗華と呼ばれた女と、もう一人の女に連れられてオレは自分の部屋へと戻ったのである。


 結局、どうすることも出来なかったオレは、ベッドに横になり天井を見上げた。そして、舞に連絡を取るためESP使おうと静かに右脳に神経を送った。

 暫くすると、靄の掛かったような感覚に陥る。

『どうしたの?今日は行動を起こさなかったのね』

 舞はちょっと残念そうな口調で話し掛けて来る。

「夕貴が、今動かせる状態じゃないんだ。少なくても一週間は目を醒ますことはないそうだよ……残念だけどね」

『そう……なら、今の内にESPを自在に使えるように訓練しておいたら良いかもね。まだまだ思うようには使いこなせていないようだし?集中力アップさせるまでの時間短縮を考えておいた方が、いざと言う時に彼に立つから』

「それは考えている……これって凄く時聞掛かってるよな?オレも感じてる事だ」

 トホホなオレに、

『お兄ちゃんの能力は、未知だからね。舞には分からない。もしかしたら舞には使えないようなESPを使いこなすことができるかも知れないよ?スキルアップに良い時期じゃないかな?夕貴……ちゃんの意識が戻るまで、舞も手伝ってあげるよ。あっ!一つだけ言っておきたい事があるんだった』

 舞は今思い出したかのように、

『絶対に自室で物質移動の練習をやっちゃダメだよ!お兄ちゃんがESP保持者だという事が監視カメラでばれちゃうから……』

『監視カメラ!』

 オレは驚きの為に一瞬意識をぐらつかせた。

『各部屋に取り付けられてるの。舞の部屋の物を移動させるんだったら良いんだけど……それにはまず、透視能力を強化しなくちゃね。そうしてから、物質移動の訓練をするようにする。私だったらもうばれてるから、勝手気ままにESPを使ってると思われるから良いんだけど……お兄ちゃんはそうはいかないでしょう?」

 舞の言っている事はもっともなことであった。

「分かった。透視能力を身につけて、舞の部屋の物で物質移動の訓錬をやってみるよ」

 オレは素直にそう答える。

『じゃあ、まず、透視能力を身につけなくちゃ…』

 舞は少し考えるかのように語尾を押さえる。

『ええと、舞の部屋のことを思い描いて。覚えてるかな?』

「ああ、覚えてるよ。オレの部屋と良く似た間取りで、中央にテーブルが有って……」

 オレは、一度しか訪れた事のない舞の部屋を思い描く。そうすると、だんだんイメージが浮かんで来て、リアルなものになって来た。

『どう?私が今いる所が分かる?』

 舞の気配を擦ろうと才レは集中する。何だかぼんやりとした人らしい物が脳裏を駆け抜けて行った。

「テーブルの椅子に座ってる?」

 今度はハッキリとした輪郭が浮かんだ。

『へえ……お兄ちゃんやるじゃない!正解。結構スムーズにESP能力を発輝してるじゃない?私の時に比べると凄く早いよ!』

 その感嘆の言葉に、

「そうなんだ?」

 オレは呑気に素直に驚いたような言葉を返す。

『じゃあ、移動するね。今は何処にいるでしょう?』

 席を立ち洗面所へと歩いて行く舞の姿がぼんやりと浮かんで来る。

「洗面所!」

 オレは即座に答える。

『正解!十分だね。後は、細かい事まで的をしぼれるかに挑戦だよ!』

 そう言うと、手に何かを持つ仕草をしている舞。

『さて、舞は一体何を持っているのでしょうか?当ててみて?』

 洗面所に有るもの……歯ブラシか?それともタオルか?

 オレは、細かい像のそのものを答えるのに手間取る。

「いや……そこまでは分からないや……」

 うすぼんやりとしている輪郭で、オレには全く分からない。

『妨害電波かな。それとも、お兄ちゃんの今の能力がそこまでしかないからなのかな?』

 舞は残念そうに呟く。

「そこに有りそうな物といえば、タオルか石鹸か?歯ブラシって所だろうけど……」

 オレは勘に頼った物いいで……

『お兄ちゃん。そんな事ではESPの役割は果たしてないのよ。ちゃん透視しなくちゃ意味がないの!』

 舞は当然の事をそのまま返して来た。

「でもよう……分からないんだから仕方ないじゃないかよう……」

『まだまだね。私はお兄ちゃんが今何をやっているかちゃんと分かるわよ。ベッドに寝っ転がってしかも仰向け。そして神経を集中させてるの!』

 あっさりと答えられて、オレは驚く。

「お前は神経を集中させなくても分かるのか?」

『うん。もう憤れちゃったから。いつでもトリップ出来ちゃう……特に今は、お兄ちゃんの意識が舞に向けられているから簡単だね』

 オレは、こんな風に力を使うことができるようになるのであろうか?たった一週間という短い時間で……何だか先の長いゲームをしているかのようだ。

「なあ。物質移動はどうすればできるんだ?」

『気が早いね……まあ、自ずと分かって来る事なんだけど、リアルに、ある物質を思い描いて自分がそのものを掴み持ち上げた感覚を取り込めば簡単にできるようになるよ』

「ふむ……」

『それにはまず、舞の部屋に有る物をリアルに透視する事が出来ない限り無理だね……ハッキリと覚えている物は何?』

 舞の部屋に入って一番に心に止めたもの……それは、オレの為に出された紅茶のマグカップ。一度も触ったことはないが、確かに一番印象深い。幾何学横様のシンプルなつくりのカップを思い出した。

「カップだ。それを手に取る感じで持ち上げてみるよ」

 オレは神経を集中させてカップを手にとる感触を心に思い描く。すべすべしたそのカップの取っ手に手をかけ、オレは紅茶が入っていたであろうそれを特ち上げようとする。イメージは掴めた。

『お兄ちゃん!カップが浮かんでるよ!成功だよ。上手い上手い!』

 キッチンと言うにはお組末なその場所に収納されているカップが自動的に浮かび上がっている。

「他には……お菓子箱!」

 木製で作られたちょっとアンティック風のその箱を思い浮かべる。そしてその蓋を取り外そうと思い描く。

「どうだ?蓋開いたか?」

『成功!中のお菓子がなんだか分かる?』

 オレはその中に入っているクッキーの詰め合わせ。ちょっとサブレなクッキーを確かに透視できた。

「サブレクッキー!チョコ味と、バニラかな?これは……縞々模様のも有るな……」

 あの時、そこまで目に入っていなかったオレの目に確かにそう映った。なんて事だ……実際、こんな事ができるなんて夢にも思っていなかった事をオレは体験している。

「今まで使わなかった能力を使っているからかな?何だか疲れて来たよ……」

 そう、だんだんと頭痛がし始めて来た。

『無理しちゃダメだよ!ESPは、かなりの心労をきたすから!今日はこの辺にしておく方が無難ね。まだ一週間有るんでしょう?だったら、明日もその次の日も舞が協力してあげるから、一時中断しよう。その内慣れてくるから』

 その言葉に、

「ありがてえ……また明日連絡するよ。今日はありがとう。舞……」

 オレはそう言うと、自分の身体に力を注いだ。一時的な事とは言え、やはりすぐには動けない。どうも幽体離脱というものをしているような感覚に陥ってしまう。

 舞はそんな感じを微塵も見せたりしなかったのに……そう考えると、オレの能力はかなりまだまだ開花されていないのだと思い知らされる。

 オレは、遠くても、夕貴を連れだせるような力を身につけたい。それは、ESPを使いこなさなけれぽ適わない事であろうか?

 次の機会を待って上手く連れ出す方法を考えた方が賢朋ではなかろうか?そんな弱気な考えにまで陥った。が、そんなことでは駄目だ。

 まだ、昼過ぎのこの時間帯。オレは、疲れ切った身体をベッドから起き上がらせ、まず、至る所に隠されているであろう隠しカメラの事を考えて行動をする。確かに疲れ切っている身体ではあるが、まず透視能力の強化をこの部屋の中でだけでも良いからできるようになりたい。そう考えると、部屋の隅々まで見て回る。

 そんな頃、食事を持って来た女が部屋のテーブルまでその食器を運んで来た。一瞬、タイミング的には合っていたので良かったなと思う。

 オレは、必要な栄養源の補給を終えると、再び部屋の中を十分に探索しはじめる。その後またベッドに横になり、透視能力のレベルをあげる練習をし始めたのである。

そう、神経が疲れ果てるまで……


 この一週間、外の空気に触れる事無くこの隔離された部屋でオレは、何展も何度もESP強化の訓練を積み重ねた。時には、舞の助言も有り、スムーズに行かない能力の引き出し方を教わりもした。何時の間にか自然体のままのオレもESPを使いこなす事が出来るようになった。

 なんと短い間の特訓であっただろう?今思うととてつもない事のように感じるさせる。

 舞は、急成長するオレに感嘆の言葉を返してくれる。それほどまでに上達したからである。きっとこの部屋を出ると、自分でも分からない能力が発揮出来るかも知れない。そう考えると、なんとも言えない気分に陥る。

「なあ、舞?……一つ訊きたいことが有るんだけど……」

 オレは、テーブルの椅子に腰をかけて、テレビのモニターを眺めながら舞に問いかける。

「以前から気になっていたんだけど……何でお前ここに閉じ込められることになったんだ?ただ、ESPを使えるからってだけじゃないんだろう?」

 そう、この部屋に閉じ込められたなら、そうやすやすと、『ソリル』のオレの元に宅急便なんかが送れるはずなんかない。

 しかも、あんな、手のこんだプログラムなど不可能に近い。

『お兄ちゃんに荷物を送ったのは、私がここに入るほんの一瞬をついた時に行ったの。私は、お父さんの後を引き継ぎ、テロに加担していた人物として、以前から目を付けられていた……」

 まるでオレの心を見すかしたかのような言葉にちょっと気を乱す。

『テロをやってた時に身について来たESP能力は、一気に『ネオ・ロマンサ』の意表をつき、一時、舞達が優勢に立ったの。私達の仲間に、活気を取り戻し、一気に本拠地に乗り込んだ迄は良かったけど、ESP封じの機械が効をそうしたのね。舞達は一気に『ネオ・ロマンサ』の前に崩れ落ちて行ってしまった」

 舞は何か思いを馳せている感じである。

「色々あったんだな……オレが平和に暮らしている時に……」

『時々お兄ちゃんのことは見守っていたんだよ。気付く事はなかったみたいだけど。でも、お兄ちゃんは来てくれた。舞は信じていたよ!きっとお兄ちゃんは、この『地球』に辿り着く事ができるんだってこと!』

 まるで、オレの前に舞が座って話をしているかのようなビジョンが流れ込んで来る。

「辛かったか?」

 オレは、今にも泣き出しそうな表情の舞になんて言ったら良いかちょっと悩んだ。

『……仲間がいてくれたから……もし、いなかったら挫けていたかも知れないな』

「……そうか……で、その仲間はどうなったんだ?」

『今は、各地に散らばっているわ。時を待っていてくれている……舞のことを案じていてくれているの。それが、心の中に響いてきて、いても立ってもいられない気分』

 舞は、卓上で両の手の平を組んでいる。

『悪かったな……気に触ったら許して欲しい……この『地球』の事を何も分からないオレがロを挟む事じゃないのかも知れないけど、知っておきたかったんだ。舞の事……オレ、血のつながりってのがなんなのか今になっても分からないけど、舞のことは好きだよ」

 照れくさくて、ちょっと視線を泳がせる。

『舞も、お兄ちゃんの事、好きだよ。こんなに離れていても、いつでもお兄ちゃんの事は思ってる。今となってはたった一人の肉親だし、想いを馳せる所を同じにした、同士ですもの』

 舞は真剣にオレを見返した。その視線を真っ直ぐ受け止める。

「一週間経ったな……そろそろ戦闘を始める用意をしないと……きっと、タ貴が目覚める頃だろう。おっとお迎えも来たことだし、時を見逃さないようにオレの目で見る物を、感じ取ってくれよ。じゃあ、また後で……」

 オレ達は、終には、一心同体のESPをも得る事が出来るようになった。そう、オレの眼で見る光景を、舞も見る事ができる。これは、双子であったがゆえにできるなことなのかも知れないと、舞は語っていた。

 シュンッ。軽やかなドアの開く音でオレはそのドアの方を見た。

「お前の相棒が目を醒ました。約束通り相棒に逢わせてやるとの事だ。準備をしろ」

 その言葉に、何も知らないような雰囲気で、

「本当か。分かった支度をする!」

 オレはここに来た時の服装に着替え。この部屋を後にした。麗華と、もう一人の女が前来た道を案内する。もちろん、今まで通りオレの手首には重い枷が付けられていた。


 シュンっと研究所の扉が開き、水上の姿を見付けた時、オレは一瞬だが隠れた闘志を滾らせた。

「眠り姫が目を醒ましましたよ。王子様?」

 水上は平然とそう言い放った。

「鎮静剤を投入している。目を醒ましたとき、あまりにも興奮して、手が付けられなかった……どうやら晃の言った通りになったようだわ」

 そう言うと、ガラス張りの奥に視線を流す。

「会わせてくれるんだろうな?」

 一にらみしたオレの様子を、水上はこともなしげに返す。

「約束は守ると言っただろう?麗華、手錠を解いてやれ」

 以前と同じシチュエーション。オレは心の中で笑った。この事が後でどんな結果になるか思い知らせてやる!

 オレは、ガラス張りの向こうの部屋へと移動した。そして、タ貴の横に腰を下ろした。夕貴は、静かに眠っている。そっと手の平を夕貴の手に持って行く。

「う……ん」

 と、言葉を漏らした夕貴は、重たい目蓋を持ち上げるかのようにして、目を開いた。

「気分はどうだ?」

 夕貴はオレの声を聴いて安堵するかのように言葉を発する。

「晃?……良かった。いてくれたんだ……目覚めた時、いなかったから、ボク……」

 涙目になりながらも小声で囁く。

「ああ、心配しなくて良いよ。オレはここにいるから……やっぱ、気分が悪いのか?」

 オレは夕貴の手を掴りしめた。

「ううん……今は気分が良いよ。晃に会えたから……でもここは何処なの?なんでボク、こんな所で寝ているの?」

 何も判らないタ貴は、オレに問いかけた。

「……」

 オレは返す言葉が見つからず、ただ夕貴を見詰めていた。

「お答えしましょうか?夕貴さん。貴女は、この『ネオ・ロマンサ』で、大切に捕獲させて頂いているんですよ。大事な次世代の子供を妊娠してい身体であり、異邦人の生体実験の為にね」

 オレの後ろに控えている水上がズバリ事の真相を告げる。

「妊娠?」

 タ貴は何を言っているのか分からないとでも言いたげに問いかえす。

「初めまして。取りあえず自己紹介をしましょうか?私は『ネオ・ロマンサ』会長水上と申します。貴女が、『ミトラボス』出身の異邦人である事は、もう御存じのことかも知れませんが?貴女と、ここにいる晃との間の子を、貴方は身ごもっているのです。これは、人類始まって以来の大快挙です。どう言う経緯で身ごもったのか、貴女の惑星の生態がどう言う物なのか、全く私達の考えにも及ばない物をお持ちだ!是非、出産の日までここで安静にしていてもらいたいものですよ!」

 水上のこの言葉に終にキレたオレは、

「夕貴は誰の手にも触れさせない!お前達の研究材料になんかにされれてたまるものか!そんなこと、このオレがさせない!」

 オレは、この時とばかりに、周りを覆いつくしているガラスに念を込める。

 すると、一気にガラスが割れて行った。

「何だ?きゃーっ!」

 そこに控えていた者達の悲鳴が轟く。

 そして、オレは夕貴の身体を念動力で持ち上げる。それからオレの腕に抱きかかえた。

「晃?」

 オレの顔を見上げながら夕貴は驚きの表情を隠し切れない表情だった。

「お前、ESPを身につけていたのか!」

 水上は今までの監視下でオレのESP能力はないものだと思っていたらしい。

「この一週間で、身につけた即席のESPだけどな!近寄ってみろ。これ以上の被害を被りたくなければ、オレのする事に一切関与してくれるなよな!」

 二人分の重さを抱えたオレの身体は少し重たいが、このまま夕貴をこの場から連れ出すことは可能だ。

 そんな状況下、水上はニヤリとオレの顔を見据えて笑った。そして、オレに向けて銃口を向ける。

「私が欲しいのは、タ貴さんだ。お前がどうなろうと知ったこっちゃないのよ。晃!」

 そういうと、オレの顔横ギリギリの所目掛けて銃をぶっぱなした。その風圧でオレの頬に一筋の血が流れ落ちるのが分かった。

「そう来たか……では……」

 オレは、舞に信号を送る。オレの目を通してみて来たであろう舞。その一瞬の出来事で、オレの身体は宙に浮く。

「余りオレを甘く見て欲しくはないな!」

 オレは、瞬闘移動でこの部屋を出ようと神経を集中させようとした時、視界が揺れた。

 一瞬何が起きているのか分からなかったが、水上達の驚きようは深刻そうであった。

「地震だ!かなり大きいぞ!」

 ガクガクと揺れている視界。慌てている一同。近くの機具が次々に倒れて行く。一体何が起きているんだ?地震と言うものを知らないオレには全くこの状況を飲み込めない。

『お兄ちゃん!今よ。水上達は慌てているわ。早くこの場を抜け出して!』

 オレの頭に響いて来る舞の声。

「これは一体?」

『地穀変動のプレートが歪んで起きる現象よ!『ソリル』ではない現象かも知れないけどこの東京では、ある現象なの!かなり大きいわ!……きゃあっ」

 突如途切れる舞の思考。

「舞!」

 それを皮切りに、オレはこの部屋からの脱出を心試みる。身体が宙に浮いているせいか、この地震の影響は少ない。瞬聞移動をするまでもなく、入りロからオレはやすやすと逃げ切る事に成功した。

 未だ続いているこの地震。だんだんと揺れは厳しくなる。

 パラパラと、天井の壁が崩れ始める。

「晃!危ない!」

 オレに抱きかかえられている夕貴が、天井から崩れ落ちて来る瓦礫に気付き、オレに指示する。渡り廊下は吹き抜けになっているため、一階の床まで見下ろすことができる。一歩踏み間違えたら、この高さからだと御陀仏だ。そんなことに気を取られていたためか、足下がおろそかになった。もう一段階の大きな揺れが起きた時、床が崩れ落ちたのである。オレは、必死で宙に浮かぼうとしたが、間に合わず、足下を踏み外す。

 一気にオレと夕貴の身体はまっ逆さまに落ちて行く。

 オレは必死に念を込めて宙に浮かぶESPを唱えていたが、集中力散漫で、思うように行かない。このままでは二人共、落下死は覚悟しなければならない。落ちて行くスピードはどんどんと増す。

 一方で、オレはせめて夕貴だけでも助けようと、体を捻った。オレが下敷きになれば、夕貴だけでも助かるかも知れない。そう思ったからである。

 55階からの高さから落ちて行くオレの頭に浮かんで来たのは、今までの『ソリル』での生活であった。

 恵、望。南先輩。岩泉副キャプテン。それから、クラスの友達……みんな元気だろうか?

 それから……舞。

 次々と走馬灯のように流れ込んで来る意識の中、オレの身体は必死にタ貴をかばっている。 オレ、夕貴の子供の顔も見ることもなく死んでしまうのか……?何だか父親として子供の顔を見たかったな……男の子かな?女の子かな?まだまだやり残している事沢山あるのにこのざまかよ?

 そんな事を考えている。

 重力の最高潮がオレの服を棚引かせて、落ちて行く。

 後どのくらいなのであろうか?と一瞬考えた時。落下速度が緩やかになった。オレは、恐る恐る下を見た。すると、床ギリギリの所で宙に浮いていることに気がついた。オレはゆっくりと体制を整えて、床に足をつける。その目の前に、宙に浮いている舞の姿があった。

「遅れてごめんなさい!」

 舞は静かに床に足をつけた。

「舞!お前あの部屋を出る事が出来たのか?」

 驚きの余りオレは舞の顔を凝視した。

「あの地震で、ESP解除システムがいかれてしまったのね。それから、扉が壊れたの」

「それじゃ、あの悲鳴は?」

「突然落ちてきた戸棚に驚いたのよ。恥ずかしいことだけどね……」

 舞は一瞬と惑っていたが、正直に答える。

「舞…ありがとう」

 オレは、自分の未熟さに呆れつつも舞に礼を言う。

「お兄ちゃんの気が簿れたから、何か有ったんだと悟ったんだけど。本当に良かったわ。間に合って!」

 舞はオレの方に近づいてきて抱き締める。オレより頭一つ違う体格の舞は甘い香りがした。

「タ貴ちゃん、気絶してるみたいね」

 オレが抱きかかえているタ貴の顔を眺めながら舞は安堵のため息を一つつく。

「ああ、オレがダメでも、せめて、タ貴だけは助かって欲しかったからな。何も知らない方が、こいつにとって良かったのかも知れないよ。正直、こうやって夕貴の顔をもう一度拝めるなんて思ってもいなかった」

「さて、お兄ちゃん。そろそろ、脱出するよ!舞について来て!」

 舞は、オレを先導するかのように1階のロビーを案内した。

 その後をオレはできるだけ夕貴に刺激を与えないように早足で走っていった。

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