#7 ホルモン
▼ホルモン
オレはベッドの中、眠れずひたすら考えごとで頭は一杯だった。
この宇宙船にはオレと夕貴の二人しかいない。こんな世界で今まで想像もした事のなかった事が繰り広げられている。そう、『地球』この惑星にオレを導いていると言う人物。
滅んでなかったと言う真実を探して、今オレ達はその『地球』へと向かっている。
しかも、『ソリル』が『作られた世界』だとしたら誰がそうしむけたのか?何かの理由があったはずだ。
引き返せない以上オレは、その理由を探し出さなければならない。これは、きっと、オレ達の住む『ソリル』にとって重大な真実になり得るのだから。そんな事を知らなければならないと思う優越感と、絶望がオレの中を今駆けずり回っている。
一度寝返りを打つ。
寝る前シャワーを浴び、備え付けのバスローブを羽織ったオレは、そのままベッドへと倒れ込んだ。それっきり起き上がる気力なんて持ち合わせていなかった為、うつ伏せのままだったのだ。
憧れの『ネオ・ロマンサ』そこを訪れることがオレの夢であった。もちろん、『地球』への熱望もあった。
しかし、その夢も全てついえた気がして、何だか今日あった事全てが嘘であったら良いなんて勝手な被害妄想を打ち立てている。なんてヤツなんだと、いい加減自分自身が嫌になる。明日起きてみたら、いつものように恵が、オレのベッドの上でおたまを持って構えてるシーンなんかを思い描いて苦笑する。お手上げだった。
何も知らない、無知なオレに対する最悪なジレンマ。
仰向けになった、オレの目に映っているのはただの白い天井。綺麗な升目が形よく並んでいる。オレはそれを見たくなくて再び寝返りを打つ。
「嫌なやつ……」
そうこぼしたオレは、何時の間にか眠りについたらしく電気もそのまま、翌朝を迎えたのである。
コンコンとけたたましくドアをノックする音でオレは目を醒ました。
何だ。こんな朝早く?シャワーを浴びた時はずした時計を近くの机の上に置いていたのを思い出し、オレは見ながら毒づく。
オレは知っての通り寝起きが良い方ではなかった。
「何だよ。夕貴〜まだ寝ててもおかしくない時間だぞ。なんだよこれ。五時だなんて!」
オレは何だか重い身体を肘を使って持ち上げる。そしてドアの前へと足を運んだ。
すんなりと開かれるドア。
オレは、垂れている前髪をかきあげながら目の前にいる夕貴を何となしに見下ろした。すると、力を失った夕貴の身体が、オレ目掛けて倒れ込んで来たのである。
夕貴は肩で息をしながら、
「ごめん。何だか気持ちが悪くて……」
オレは夕貴の額に自分の手の平をあてがった。ひどい熟だ。
「おいっ!しっかりしろよ!今、氷用意して来てやるから。うーんと……オレのベッドで休んでろ!」
夕貴をベッドに寝かせると、オレは駆け出した。確か、一階の食堂にでも行けば、氷くらいは調達出来るだろうと考えに及んだからである。
食堂室に入ったとたん、電気が灯る。
食券機の隣に設置されているセルフサービスの自動飲料水の氷のみをコップ三杯詰め込み、オレはその部屋を出る。
両手一杯のコップから氷がこぽれないように走るのはかなり困難だったけど、オレは必死に寝室へと向かった。
部屋に戻ったオレは、自分のリュックから、ナイロン袋を取り出し、氷と水を入れて、寝込んでいる夕貴の額にそれを押し付けた。
「気持ち良い……」
夕貴は、相変わらず肩で息をついている。見ているこっちも苦しい気持ちに陥りそうだった。
しかし、よくよく考えてみると夕貴は、健康優良児で、オレの記憶にはこんなふうに取り乱した事なんてなかったはずだ。いつもニコニコ笑ってて、元気が取り得ですというキャラだった。
「こんなこと初めてだな……」
一呼吸整えてタ貴が、
「うん。こんなこと初めてだよ……こんなに身体がだるい事なんて……部活で感じる辛さとは別だね……ボクこのまま死んじゃうのかな?」
天井を見上げながら答える夕貴に、
「アホ!死んでたまるかよ……あれかな?夕食で食べた生春巻き。あれが原因じゃないのか?変な味してたって言ってたし?食中毒か何かじゃ……」
オレは、天井を見上げている夕貴の視界に入るかのように見下ろした。
「はは。そうかな?でも……」
何かを言いたげに夕貴は言葉を返す。
「でも、何だ?」
「ううん。何でもないよ。こうしてればその内治る気がする……もっと近くに晃を感じていたいな……」
夕貴は両腕をオレに向けて差し伸べる。
オレはその様子を受け止めてその腕に抱かれるかのように身を託した。
「ヘへ……晃の匂いだ……何だか眠くなって来たよ……ねえ、今だけで良い、ボクにキスしてくれないかな?」
そう言うとまっすぐな澗んだ目でオレを見上げていた。
オレは、一瞬躊躇しながらも、望んだように優しく触れるだけのキスを、夕貴に与えた。
「柔らかいね……」
オレを抱き締めたまま夕貴は眠りにつく。オレは、何だか小さく感じたタ貴の身体に違和感を覚えたままその腕の中で目を瞑った。
こいつこんなに痩せてたっけ?それに……
違和感を覚えながらも夢心地の中オレは、そのまま眠りについた。
電子音が艦内に響き渡る。
「ビーッビーッ」
何事が起きたんだと、目を醒ますオレは時計を確認した。
つい寝てしまいもう八時になっていた。
寝返りを打っていた夕貴の腕から、オレの身体は自由の身になっていたため行動を始める。 先ず、タ貴の熱が下がったか?を確認する。どうやら微熱状態の夕貴の身体はまだ回復をしている様子はない。そこで、一度肪れた二階の医務室へとタ貴の身体をおんぶし、足を運んだ。
あの時は、銃口を向けられ追い出されはしたが、非常事態だ。背に腹は変えられない気分である。恐る恐る、医務室に夕貴を抱えて進入した。相変わらず、デスクに腰を掛けたアンドロイドが静かに座っていた。
ウイーィンと、開かれるドア。
「あなた方は……」
昨日の今日なのに、一変して態度が変わっている。
立ち上がってオレ達の元にやってきた。
「病人だ!治療宜しく!」
オレは、また銃口を向けられるのではないかと心配で、心中はドギマギしてはいたものの、病人がいる事を感知したのか、いたってアンドロイドは丁寧に対応してくれた。
「今日の朝からこの状態なんだ。少しは熟が下がったようだけど、まだ意識が無いようで……」
オレの言葉が耳に入っているのかいないのか、勝手にベッドの上で診察している。
『食中毒による、症状ですね。しかし、こういう例はないといっても過言ではありません……何でしょうか……』
次に夕貴の体をスキャンにかけながらそのアンドロイドは答える。
『この方は、両性具有。その為に、ホルモンが異常に分製を始めています』
「両性具有?」
オレの頭は一体何を言っているのか理解できず、アンドロイドを見る。
『男性ホルモンが一時的に活動を押さえられています……そして女性ホルモンの異常活発が見受けられます』
「女性?」
オレは開いたロが塞がらなかった。
「こいつが、夕貴が女性だって?」
失われた記憶の断片を思い返していた。
小さい頃から水泳の授業を放棄していた夕貴。しかし、部活動の時は何も女性と言う種的な体つきはしてなかった。それなのに?
『ある年令が来ると、男性ホルモンと、女柱ホルモンが入れ変わる人種が居るという異邦人がいる事は御存じでしょうか?』
「え?」
そんなこと知っていてたまるものか!オレの知識の無さは、宇宙のただ一遍に集中している。
「で、どうなんだ?タ貴は治るのか!」
スキャンから運び出されて来た夕貴の顔色は、青白くて痛々しい。
『そうですね。一週間もすれば回復する事でしょう』
そういうと、アンドロイドは夕貴を抱かかえ、ベッドへと移した。
「なあ、お前の名前なんて言うんだ?名なしで呼ぶのオレ嫌いなんだ」
その様子を見届けながら、オレはアンドロイドに問い掛けた。
『わたくしは、ER0696ラファエル特殊保健事務員。貴方の名前は?』
「晃。的場晃……数字なんかで呼ぶの嫌いだからラファエルとだけ呼ばせてもらうよ」
オレは、夕貴の近くに寄り添い、手を握りしめた。そして、
「ラファエル?オレ、ブリッジに用が有るから、こいつ……タ貴のこと頼むな。何かあったら、連絡をくれ。直ちに飛んでくるから!」
オレは、そう言い渡すと、直ぐさまこの部屋を後にした。
それは、全ての鍵を握っているであろう舞。あのMOを全て記憶したいが為であった。
運命の糸は何処から来て何処に撃がって行くのであろうか?そんな哲学的な事なんて今さらどうでも良い事のように思われて来る。そう、現実をこの手に受け入れる事が全てだとそう思ったからだ。
三階のコックピットに辿り着くと、まずレーダーを見た。始めの目的地『ディアノ』を迂回し、そ先に行こうとしているこの宇宙船。
「ちっ!まじかよ!」
舞の言ったことは本当のようである。正面のスクリーンには既に衛星『ディアノ』は映って無かった。そして、左スクリーンにはあの『ディアノ』が映り込んでいる。
「軌道を変えるなんて出来っこないに決まってるだろう……くそっ。舞め!」
オレは無償に腹立たしくなった。やり場のない思いが……自分の力の無さに腹が立っていた。
その後、すぐさま昨日まで見終わっていた2枚目のMOをPCから取り出し、3枚目のMOをアタッシュケースから取り出すと、昨日と同じ手順で中身を拝借した。
そこには、西暦2230年。同じくして移民暦一年に移住したと思われる者達の顔写真が全てインプットされていた。
そのリストを片っぱしから見終えると、おかしな事に気がついた。なぜか男と言う種しか移民データに無いからである。
「おかしいな……確か、女と言う種は、『ソリル』という惑星では生息できなかったという事では無かったのか?それを排除したというだけなのか?」
オレは親指の爪を噛み締めながら、このデータを見終わると、次のMOを挿入する。
そこには、次の世代の子供達のデーターが入っていた。しかし、いずれにしろ女と言う種は存在しない。その上そのデータの下にランク付けがされていた。
子供の名前、生年月日、血液型、両親の名前。
これが一体何の役に立つのか分からないままオレは先を見続けて行く。
もう、MOも十枚目に突入していた。あいも変わらず、同じようなデータがインプットされている。
しかし、あるページでオレはマウスを止めることになった。
それは、『三谷望』の項が目に止まったからである。
苗字こそ違うが、名前も生年月日も、血液型も、それは父の物に相違なかった。ただし、子供の頃の顔写真だから、今の望の顔と一致する事は少し困難だったけど、面影が有る。それは確かに望だった。
「何故こんなところに、望が?」
両手で頭を抱え、デッキに肘を尽きオレは考えている。
「この分だと、どこかに、恵のデータもあるのでは?」
そう思い立ったオレは、先のページへと進んで行った。そして十三枚目のMOでそのデータを引き出す事に成功した。
「望とは一年のズレが有る。確かにこの顔写真は恵だ」
補足の欄も恵と名前が有るし、血液型と誕生日も一致する。
オレは、この不可解なデータを目の当たりにして、気持ちが動転していた。
「MO二十枚……どこかにこのオレのデーターも有るというのか?」
アタッシュケースに残っている山のようなMOを見ながらオレはため息をついた。
その時、非常事態の警報が鳴った。
『的場晃。応答して下さい!お預かりしていた夕貴様が船内のどこかに移動されました!あの身体で動かれるには少し危険です。直ちにに応援をお願い致します』
ラファエルの声が響き渡る。
オレは、ブリッジのPCの椅子を押し倒すがごとく立ち上がり駆け出すと、慌ててエレベーターのボタンを押す。すると、二階に止まっていたエレベーターは速やかにこのフロアーへと止まった。誰も使うことのないエレべーターなのに二階に止まっていた?しかも三階へと動き始めている。
そう考えると、すぐに状況がつかめた。思った通りエレベーターのドアが開くとそこには、壁に寄り掛かって座り込んでいる、夕貴が目の前にいたである。
「おいっ!何やってんだよ夕貴!」
すぐに駆け寄ったオレーは、夕貴の身体を抱き寄せる。
「えへへ……来ちゃった……」
だるそうなタ貴の身体を受け止めたオレは、夕貴の頭を小突いた。
「そこで、倒れてるようなヤツ、オレは知らないからな……下に行って、ラファエルに心配ないってこと伝えてくるからお前は、ブリッジで休んでろ……ホント世話の焼けるやつだな…」
いつも世話を焼いてくれてるヤツが言うセリフでも無いか……と、思いながらも、オレに一度二階へと足を伸ばした。そしてラファエルに伝言して薬をもらい、それを飲むための水を一階からコップに入れてコックピットへと戻った。
「これって、何なの?」
サイドシートに腰を掛けた夕貴がまじまじと見ているデータ。その様子を確認するように後るから声をかける。
「これか?オレにもさっぱり分からないんだ。今まで見ていた限り、『ソリル』の住人の登録データである事は確認できたんだけど……」
水の入ったコップと薬をタ貴に手渡しながらオレは簡単明瞭に答える。
それから、近くにある椅子を引っぱってきて、タ貴の隣に座る。
しかし、ラファエルの言葉を真に受けたているオレは、何だかいつもの夕貴のような気がしなくて落ち着かない。でもそう見せないためにも気を落ち着けようと努力した。
「オレのオヤジ……望と、おふくろ、恵のデータもあったぞ」
取りあえず付け加えておく。
「何のためのデータなんだろう?」
「さてね?もう訳わかんなくてお手上げだよ。まだ、二十枚近くものMOを見なくてはならない。いい加減目が疲れる」
そういうと、今度は、
「ボクが、この後を引き受けるよ」
夕貴は自分の体調の事も忘れたかのようにそう言った。
「莫迦!夕貴はオレがやってるのを見てろ。これ以上体調が悪化したらこのオレが……」
そこで口を噤んだ。
「……オレが?」
タ貴は熱で潤んだ目でオレの瞳を見返して来る。
「いや……なんだ……おもりするのは嫌だからな!」
素直に何故心配するからって言えなかったんだろう?
「分かったよ。ボクと椅子入れ代わって。そっちで見てるよ」
そういうと、立ち上がる夕貴の身体を支えながらオレ達は交代した。その後、オレは再び次に控えているMOを差し込む。
同じ動作を繰り返しているうちに、本当に目が疲れ始めたのを感じた。
オレはこのデータから何を調べたいのか?
根本的な事を考え始めた。
「検索すれば?名前を……」
タ貴は何気なしにそう呟いた。
「えっ?あっそうか……」
自らの父と、母のデーターを見付けた時から心の中で何かが目覚めかけていた。それをいとも簡単にタ貴は見抜く。
「苗字が違うって事は、名前で検索すれば少しは楽になるな?」
早遼、オレは検索欄をクリックし、自分の名前を検索した。
「晃っと」
100有るデータから、一気に20項目まで減る。
「さてと行きますか!」
オレは、選びだされたそのデータをくまなくチェックする。しかし、このMOには自分のデータは無かった。仕方なく、次のMOへと進んだ。次のMO……次のMO……そうして行くうちに、25枚目のMOに自分のデータを引き出す事が出来た。しかしそのデータを見てオレは驚愕した。
「……西園……晃……」
『西園』という名字にオレは考えにも及ばない何かを感じていた。
「舞って子と、晃、名字一緒だね……」
「舞だけじゃない静って言うあの民族音楽の作曲家とも同じ名宇でもあるんだ」
どう言う事なんだ?そして、顔写真に従って配されているその両親の名前を見た。
「西園雫。西国静……静って!」
こんな時こそ、舞が出て来てこの事の真実を語ってくれない事には……パニくっていたオレはそれしか考えられなかった。
そんな時、
「ねえ、ボクのことも検索してくれないかな?多分同じMOに入っていると思うから……」
確かに、MOに記録されている年代を考えると、タ貴のデータが入っている可能性がある。
オレは、混乱している頭を何とか正常に保とうともがきながら、検索欄に、
「夕貴っと」
名前を放り込んだ。
しかし、出て来たデータには夕貴の物は無かった。
「変だな……次のMOを見てみようか?」
オレは26枚目のMOを取り上げてまた検索した。
しかし、一向に夕貴らしい人物のデーターを得る事は出来なかった。
「おかしいな……何で、出てこないんだ?」
オレは、次のMOに手をのばした時、その手をタ貴が止めた。
「良いよ。これで分かった……ボクのデータはここには無いんだよ……」
タ貴はオレの手を握りしめてボソリと口走った。
「な、何言ってるんだよ。無いって……そんな事無いよ!あるに決まってる!」
オレは、あの、ラファエルの言葉を思い出しながら戸惑いを感じずにいられなかったが、夕貴の手を払いのけて次のMOを手に取り上げて同じように検索をかけた。
しかし、データには無い。結局30枚目のMOを手にとり中を見た。
しかし、そこには『ネオ・ロマンサ』のデータでぎっしり詰まっていた。
「何、何?」
中に書かれている内容と言えば、この者達がすべて、『ソリル』内で生存している者達であり、発育も良好。次の世代を求める。
そう言う内容であった。
つまり、オレ達は、地球で生まれたと此処で証明している。
しかし、思わぬ最後の1ページ、一枚の写真がページを飾った。
「夕貴!」
オレは、そのページを見た時、かの者の顔を見ざるおえなかった。
ただ独り、惑星『ミトラボス』で捕獲した、生態。両性体である子供。一色グループの御曹司としてその身柄を補完する。その後の安否は良好といって良い。確かに、我々地球人と同じ生態を持った生き物であり……つらつらと書かれた文字。
「決定的だ……」
夕貴は、椅子に寄り掛かったまま目をつぶった。そして、再び目蓋を開けてオレを見てにこやかに笑ったのである。
この状況下、何故笑えるんだ?とオレは困感した顔を歪ませて椅子から立ち上がると、夕貴に近寄った。
「おいっ。平気か!タ貴?」
肩を揺さぶると、力無い夕貴の身体はゆらゆらとその動きに合わせて揺れた。
「もうこんなの見てないで、部屋に。いや、医務室に戻ろう?そうしよう!」
オレは、夕貴の身体を抱き起こして肩に手をまわした。しかし、タ貴はそれを拒絶するかのように、オレの手を退けた。
「大丈夫。自分で動けるよ……今は一人にさせておいて……ごめん。晃……」
そういうと、片手でもう一つの腕を掴み、危なっかしい体を揺らしながらエレベーターへと足を向けるタ貴。オレはその後ろ姿をただ見送るしか出来なかった。こんな時どう話しかけ、どう行動すれば良いのかなんて、オレの単細胞な頭では考え付かない。
夕貴が、一種の実験体。そう観察されていた異邦人?オレの頭は自分の事も有り、混乱の絶頂だった。
自分のこと。夕貴のこと。もう何が何だかわかったものでは無かった。
「ちくしょう〜!舞!出てきやがれ!」
オレは、両腕を振り上げ振り下ろし、叫んだ。
しかし、舞の姿はいつまで経っても現れなかったのである。シーンと静まり返った艦内。ただ、レーダーとオレ達が今まで見ていたモニターだけの光が煽っているのみであった。
オレが地球人であり、そしてその他の全ての者達が地球から派遣された子供であったと言う事実を掴んだオレの中には、ただ怒りだけが漂っていた。
何のためにこんな世界にオレ達を派遣したのか?生体実験の為か?それとももっともらしい理由が有るとでも言うのか?オレは食事をする前に一度夕貴の様子を伺おうと、二階の医務室へと足を伸ばした。
そこには、夕貴が点滴を受けながら、眠りについているのが目に入った。
ホッとしたオレは、一階の食堂に顔を出す。
昨日のように食券を買って、飲料水をコップ一杯に注ぐとテーブルへとついた。
たった一人で、こんな事をしているのがなんだか不思議な感じで……夕貴の顔がちらつく。
「しょうがないだろう。夕貴があんな様子なんだから!」
オレはテープルをドンと叩く。運ばれて来たとんかつがその勢いでガタンと宙に浮く。黙々と済まされる食事。しかし、何の味も無く感じられた。
食べ終わった食器をベルトコンベアーに乗せ、オレは席をたった。その時であった。
ガガガ………突然の轟音が艦内を支配した。
何事が起きたのかと、オレは三階のブリッジへと駆け出す。
ブリッジ内は、赤いランプが点滅して辺り一面を赤く染め上げていた。
スクリーンを見る。
そこには光に閉ざされた空間。いわゆるブラックホールとかいうものであろう。がオレ達を飲み込もうとしていたのである。
「なんてこった……こんな絶望的な事ってあってたまるかよ!」
地球に導くと言っていた舞は、こうすることで、地球へと向かうことができるってのか?オレは、立て続けのこの駅の分から無い状況に終にキレた。
「いい加減に、舞出てきやがれ!この状況を説明しろ!」
オレは、腹の底から願った。
『お呼びですか?』
スーツと降りて来る舞。
「地球に向かってるんだろう!なのにこの状況下は何だ?オレ達を穀すつもりか!」
怒りのため言葉なんか選べない。
『これで良いんだよ。的場晃……いえ、もう御存じだとは思いますが。西園晃?』
「まさか、ブラックホールの向こうに、地球が有るなんて言うんじゃ無いだろうな!」
『はい。御名答!このブラックホールの先には、貴方達地球人が生存する『地球』があるよ。もちろん、太陽系も、銀河系も』
舞は青白く光るレーダーの上に腰を下ろし、そう言うと、
『だいぶ貴方が求める答えは近くなりましたね。後少しですよ。全てのべールが剥がれ落ちるのは……』
ふと、何を思ったのかブリッジの前方を見詰めて目を細める。突如振り上げる右腕。その指先にオレンジ色の光が宿る。
「おいっ!何をするつもりなんだ!」
辺りは、赤く点減する光の渦で……オレは舞の奇妙な行動にそれすらも忘れかけていた。
『邪魔な物は取り除く!いち早く消え去れ、舞の行動を阻止する因子よ!』
スクリーン越しに放たれた光はガラスを通り越し、暗黒の渦へと注ぎ込まれた。すると、一気にブラックホールはホワイトホールと化し、オレ達を導くかのように流れを変えた。
『これで大丈夫。安心して地球に下り立てるよ。と言っても、その先には色々と困離があるとは思うけどね』
ニコッと表情を変えると舞は再び姿をくらます。
「困難?……これ以上の困難なんて……」
もう何ごとも起きない、ただの平凡な世界を望んでいるのに……オレの身体はその場に崩れ落ちた。
同じ姓である、舞は、これ以上一体何をオレに見せようと言うのか?もう見たくなんか無い?いやそれは真実か?どっかに好奇心なんて非道なものが有るのでは無いか?立ち直れない衝動がオレの中を駆け抜けていく。
「『西園』……」
未だ他人のものでしか無いその名字を真っ向から受け止める自信さえ無いオレは、虚ろにその力無き身体をゆすった。そしてその場であぐらをかく。腕の感触が自分のものでもないかのように、宙を泳いだ。
オレはここにいる。オレは『的場晃』
そう言い聞かせようと努力をしてみるが、一向に思考は言う事をきかない。
「オレは、誰なんだ……」
終にこぼれる言葉はただ一言だった。そう、一体オレが誰であるのか……それが今一番の謎であった。