#5 西園 舞
▼西国舞
再びオレ達は、松永に連れられて真っ白な廊下を歩き始めていた。オレは、地球の事を知りたいと、頭の中で緑り返し、呪文のように読み上げていた。しかし、行動に出るのには勇気が必要であったのである。その黙ったままのオレに夕貴は気を利かしてか、
「晃。何か質問が有るんじゃないの?」
と、訊いて来たのである。
「何ですか?質問が有るのでしたら、わたくしの答えられる範囲で宜しければ何なりとお訊き下さって結構ですよ?」
松永は、にこやかにそう答えてくれた。
しかし、その笑顔もオレの質問を聴くと、少し深刻な表情へと変化して行ったのをオレは見逃すことは出来なかった。
「『地球』が滅んでいない?そんなことはありません。確かに核戦争で滅んだとの史実が有ります。先ほどの部屋で、そのことはお分かりになったでしょう?」
「しかしこのように、CDのインデックスに記されています!」
ご丁寧に持って来たそのCDのインデックスを渡したオレは、『西暦2590年』と記された文字を、三人で確認した。
言葉を詰まらせているようだった松永は、何を考えてか、
「これはきっと、誤植ですね。『西暦2590年』が存在するはずはありません。コンピューターの誤作動で引き起こされた核戦争の為、我々はこの惑星『ソリル』に移住した。これが真実です。よって、存在するはずのないCDが、今この場所に有るはずはないのです。良いですか?変なデマが生じてはいけません。このCDを何処で取得したのですか?売っている物では無さそうですね……」
その紙を眺めながら、問いかける松永。
「『香之淵図書館』です」
オレは、正直にそう答えた。
「図書館にこんな物があったのか……他にも何か間違えた物があるかも知れませんね……取り敢えず、これは返しておきますよ。この事は間違いであるので、これ以上騒がないように…」
それはまるで、オレ達にロ止めをしているかのようだった。
オレは納得がいかなかった。
その理由は、西園舞という人物の、『作り物の世界』という言葉が引っ掛かっているからでもあった。このままオレは、その真実にこの先辿り着く事が本当にできるのであろうか?それを考えて、黙ったまま松永の後を歩いていたのである。
「晃……まだ考えてるの?」
オレが下を向いたまま物思いに耽っている様子を見て、耳もとでタ貴が囁き掛ける。
「ああ。どう考えても納得が出来ないよ」
オレの中で渦を巻く疑問が鳴り止まない。
「うん。ボクも納得がいかない……きっと極秘事項の一つに違いないよ」
夕貴も、今となってはオレに賛同してくれている。そんな時、オレ達は縁色のドアの前に立ちはだかったのである。
「ここから先は、自由行動は慎んでもらう地区に入ります。わたくしの後に続いて、中にお入り下さい。わたくしが先導し、説明を加えます」
機械音が反響し、静かにドアが開かれる。
オレ達は、松永の後を適度な距離をとってついて行った。中は、精密な機械や、顕微鏡、試験管、ベルトコンベアーがあり、まるで、科学研究所のような設備が整っている。そんな中、白衣を身に着けた人々が熱心に作業している姿が目に入った。
オレ達は研究所のガラス張りの通路をその様子を眺めながら、静かに歩を進めて行った。
「ここは、貴方達が生まれたともいえる場所です。あちらに見える試験管や、冷却装置は、貴方たちの御両親の精子が保存され且つ研究材料として、この場所で安置されているのですよ。交配の方法については未だ発表段階にできませんのでこのまま説明は省かせて頂きます」
それだけ言うと、再び歩を進める。
「あのベルトコンベアーは?何処に繋がっているの?」
オレは、先ほどから気になっている事を尋ねる。
「あれは保管室へと繋がっているのですよ。保管するのは、子供をもうけたいという両親の意向もかねて、その日が来るまで大切に安置されるのです。知っていますよね?二十歳を過ぎたら結婚をした人達を中心にこうした精子登録がなされる事は?」
「はい。その事は学校で習ってます」
松永の問いかけに答えるオレは、授業で習ったことを振リ返った。
そう、『ソリル』では二十歳になるまでは結婚は出来ない。
ましてや、子供をもうける事も出来ない。
今は未来の事より今の事で精一杯のオレにとったら余り関係のないことではあるが、興味はある。そして今その保管室は、オレ達が進んで行く通路に従って繋がっている。
「保管場所は見せてはくれないのですか?」
夕貴はこのまま繋がっているであろう部屋のことを尋ねた。
「氷点下になる部屋にですか?」
「是非見せて頂きたい物ですね」
オレの興味は、一心に注がれた。
「防寒着を着用していただければ、中に入る事は可能です。入られますか?」
松永は、ちょっと気乗りしない様子であったが、オレ達の意志を汲んでくれたらしい。防寒着を身に纏ったオレ達は、自動ドアの前で少し足止めを食らったものの、上手く中に入る事が出来たのである。
中は氷が試験管にこびり着くかのようになって安置されていた。どの試験管にも全て番号が記されており、どれが誰の物であるかの印が刻まれていた。オレ達はこの部屋をくまなく見回ったが何も不審な所はなかった。
「どうです?不思議な感覚に陥るでしょう?このわたくしも、初めはただただ驚かされましたよ。こんな管理下に、わたくしと言う存在が生まれたかと思うと……」
松永は、額に腕を持ってゆき擦っている。
実際この目で確かめない限りこの異常な現象は納得できないであろう。
「そろそろこの場所を出ましょうか?防寒着を身に着けているとはいえ、身が凍る思いがしますからね」
松永は、オレ達に声を掛けてこの場を去ろうと、ドアに向かって歩き始めた。
その時、
『お兄ちゃん……』
確かにささやかにオレに語りかける声が聴こえた。
振り返るオレ。するとまたもや声が聴こえて来た。
『この部屋を出て、機関室に向かって。そこで落ち合おうよ……舞、待ってるから』
その声は、聞き覚えのある声。確か、ジオラマがあった部屋に現れた少年の……しかしオレにしか聴こえなかった声だったらしく、立ち止まったままのオレに、
「晃!出るよ。もうここには用事はないだろう?」
夕貴の声で意識が戻る。
機関室?
オ レは何の事だか分からないまま、この部屋を出た。それから、松永に連れられてオレ達は、この『ソリル』に移住したと言われる場所を案内された。
そこは、宇宙船がある、だだっ広い空間であった。
中央に備え付けられている宇宙船は、一体何人の人々をこの地『ソリル』へと移民させたのであろうか?
まるで、昔読んだ、ノアの方舟の話。人類滅亡の危機にノアとその一族、そして、罪のない動物達の冒険談。今でもオレの頭の中に大事にしまわれている。
「この船が私達の祖先が乗ってやって来た宇宙船です。当時、百名程の人々がこの船に乗り込んで来たそうですよ」
松永はその宇宙船のブリッジにオレ達を案内してくれた。中はオレには理解できないような機械類で埋め尽くされている。座席は二つあり、パイロットと、指揮官の為の椅子である事が判明したのである。
それからオレ達は、この船の乗客席へと導かれた。個室がいくつもあり、ロビーともいえる部屋には、テレビが配置されていた。テレビと言っても、この宇宙船の中での動向をみんなに報告する為の物であるそうだ。まるで、小規模な映画館のような感じさえ与えて来る。
オレと夕貴はその部屋を出ると、食料を保存していたのであろう部屋へと導かれて行ったのである。
「ここは、核戦争が始まる前に保存していた食量が保管されていた部屋です。今では冷凍保存される事もなく只の部屋と化していますが。適度な量の食量が用意されていたことでしょう。もちろん宇宙食ではありますが」
「まるで、全てを見越していたかの用だな」
「備えあれば……ですよ。いつ何時、非常事態が起こりうるかも知れませんからね」
「ところで、この宇宙船に乗った人達以外は一体どうなったんですか?」
夕貴は疑問を投げかける。
「他にも、宇宙船はありました、きっとわたくし達のように、何光年も旅をして、安住の地を探し当てた事でしょう」
しみじみとした空気がオレ達の中に広がる。
「オレ達は、運が良かったってことか……」
つぶやきがオレのロから零れた。
「もちろん、犠牲者となった方々もいますよ。逃げ延びることが適わなかった人達。そう考えるとわたくし達は運が良かったのです。神に感鮒しないといけませんね」
松永は、両の手の平を組んでみせる。
オレは神なんて信じたくなかったけど、運命の尊さをこの時初めて感じた気がした。
「ところで、この宇宙船はもう使われる事はないの?」
改めて、オレは問い掛ける。
「機関室が、故障している以上、この船は動く事はありませんし、もっと最新式の船が設備されています。御覧になりたいですか?」
階段を降りながら語ってくれた松永の後を追い掛けながら、
「良いんですか?」
オレ達は興味を覚え、是非見てみたいとそう言った。
「もう使用している船もありますよ。これからは、宇宙に出て行く時代なのです。もちろん『地球』から移住した者達と交信する為という目的もありますから……第一、女性と言う種族も、いずれかに住んでいる可能性も無きにしもあらずですからね?未知なる世界は、繁栄への第一歩だとは思いませんか?」
納得のいく考え方だった。
この不自然きわまりない世界は、オレ達にとって、本当に良い事なのであろうか?あのヴィーナス像。その面影に憧れるオレは、きっと……聞違いでは無いと思われて来る。
「今、三時ですね。後一時間もあれば、御案内出来る事でしょう。その船は、三十分後に出立する予定ですから……」
オレは、何だか無性に身震いを感じた。そう、謡が上手く出来過ぎているような気がして。
「こちらですよ」
松永は、オレ達を率いてこの宇宙船を後にした。
その時オレの耳に再び聴こえてきた声。
-望んでるいる答えは、今その扉を開ける-
ふと、今降りてきた字宙船を振り返る。しかし誰一人としてそこにはいなかった。
『西園』……それはあのCD作曲者の名字。『舞』はその血縁者なのでは無いかと言う疑問。それがやっと飲み込めて来た頃、オレ達は旅立とうとしている宇宙船のハッチから階段を上っていた。慌ただしくかけ下りたり上ったりしている艦員達。その中をかいくぐってオレ達は中に入り込んだ。
「まだ時間に余裕がありますね。危険な所以外ならば、自由に行動しても構いませんよ。時間になったら、放送が入るはずですから、必ずここに戻って来て下さいね」
オレ達はその言葉に、あらゆる好奇心に満ちた気持ちを高ぶらせて、中に入り込んだ。始めに、エレベーターで三階まで乗り上げ、ブリッジに侵入。
艦長が、オレ達の婆を見て『何だこいつら』という視線を流す。その雰囲気に押されそうで一瞬身構えた。
「見学に来ました!これからどの惑星に行くんですか?」
夕貴は興瞭深々に問いかけていた。
「……まず、この惑星『ソリル』の衛星『ディアノ』と、『トリル』に立ち寄り、その後、恒星の軌道上の惑星を探索する予定です」
この場合の惑星とは何処をさすのか?
「惑星って?『マルバトロス』や、『カイト』『ミトラポス』などです」
天体の事に疎いオレにも、何とか分かる惑星の名前だった。
「そこって、人間が住むことができる感星なの?」
夕貴は目を爛々として問いかけた。
「未だ下り立った事は無いが、余り期待は出来ないな。さてと、そろそろ良いかな?」
せわしなく席を立つ艦長。中央にあるレーダーを確認するために席を立ったようである。まわりでは、通信の確認をとるための艦員が、何やらマイクに向かって話している。その時を見計らって、オレ違はブリッジを後にした。
ブリッジを後にしたオレと夕貴は、下に降りるためのエレベーターに乗り込んだ。
先に乗っている艦員がすれ違い様下りた。やはり訝し気にこちらを見ている。ちょっと気になったオレは、後、どのくらいこの船内を見学出来るのかを訊いてみた。すると、
「あと、十五分もすれば飛び立つよ。なるべく出口に近い所にいた方が賢明だね」
少し苛立ったようなロ調がオレの心に響いた。確かに現場の人にとったら、オレ達はお荷物に違い無い。そうオレが痛感したわけである。
その話を聴いたタ貴は、
「まるで邪魔者扱いだね!仕方ないけどさ……」
と、肩をいからせ、膨れっ面でオレを見ていた。
「機関室って、何処にあるんだろうな?」
おもむろにオレはロに出していた。
「機関室?」
何故そんな所に?とでも言いたげな夕貴の顔は、オレの顔をまじまじと見つめた。
「そこで、あの少年が待ってるんだ……」
何故だか自分でも何を言っているのか分からない。そう、熱に魘された病人のように身体が言う事を効かない。果ては、勝手に地下三階に行くボタンを押していた。
「ちょっと。晃!どうするつもりなの!」
夕貴はオレの身体を播さぶっているが、そんなことお構い無しにオレは、自分の中に潜む何かに押されて行動していた。
ガーッと、エレベーターの扉が地下三階で開かれると、一本道の通路が目の前に広がった。 所々、青白い蛍光灯が縦長く灯っているので、なんとか歩いて行けそうだった。誰一人としてこの通路を通る者はいない。何だか不自然な気さえして来た。
「ねえ、ちょっと帰ろうよ。晃!ここは入っちゃいけないんじゃないかな?」
オレの腕にすがりつくようにして夕貴は喚いた。しかし、その言葉にも動ぜず、ただただその通路を歩いて行った。その先には、白い扉が立ちはだかっている。オレはその前で立ち止まった。その扉の上の部分には機関室と書かれたプレートがあった。
「……中に入るにはどうすれば……?」
自動ドアと言う駅には行かないらしく、どうしてもそのドアは開かれない。
そんな際、通路の明かりが一斉に消えた。そして、
『機関室へようこそ』
まず手の平がスーツと出てくると、そのドアをすり抜けるようにしてあの西圏舞がオレ達の前に現れたのである。
「ひっ!」
夕貴は、オレの後ろにおびえるようにしてその舞から身を隠した。
「約束どおり、やって来たぜ!それじゃ、聞かせてくれるよな?」
オレは、考えが纏まる事もなく呆然としたまま、意朧の固まりだげでただ核心をついた。
「誰?この子!」
夕貴はオレに問いかけてくるが、そんなことよりも舞に集中していたオレは、硬直した身体を動かす事さえ適わなかった。
『こちらに来て……』
舞は、オレの手を取りドアへと引き込もうとする。
「ちょっと、晃!」
引きずり込まれようとしているオレの身体を必死に止めようとしているタ貴。
「オレの身体は、このドアを通リ抜ける事は出ない。止めろ!」
その瞬間、ドアがシュンッと開かれた。
勢い余って、機関室に倒れ込むオレとタ貴。そこには青白いオーラに包まれて、舞は宙に浮いていた。その様子を倒れた拍子に打ち付けた頭や腕を擦りながら見上げているオレと夕貴。
『もうこれで、後戻りは出来ないよ……秘密を知りたければ、その代償が必要になって来るのだから……』
空中でひらりとひと回りしてみせる舞。実に楽しそうである。
「西園舞!お前のいう真実とはは何なんだ!約束通りここに来たのだから教えてくれても良いだろう!」
「ちょっと待ってよ!ボクにもちゃんと教えてよ。この子一体なんなんだよ。晃!」
オレの腕を揺すりながら問いかける夕貴。
『的場晃くん。お友達が舞の事聞きたがってるよ?教えてあげなきゃ!」
舞は野球帽を脱ぎ払うと、長い髪の毛をが宙を舞った。相い変わらず、青白いオーラが舞の周りを漂っている。
「……こいつが……舞があのテープを送りつけてきた張本人なんだよ……」
「えっ?」
揺すっていた腕の力が止まる。
「そして、この世界が『作り物』であるから、その答を知りたければこの機関室に来いって伝言をオレに託したんだ……」
「……『作り物の世界』……?」
夕貴には、何がなんだか分からないとでも言うかのような表情でオレの前に飛び出た。
「何だよそれ!なめてんのか!冗談、ぽいっ!だよ。何の権利があってそんな事言ってるのか知らないけど、ボク達はちゃんとこうしてここで生きてるんだ!」
言ってる側から見る見る顔が赤く染まっているのが分かる。
何故だか息巻いている夕貴をオレは、初めて見るので、驚きの表情が隠せない。
『なんだか、この子、嫉妬してるみたいだよ。的場晃?』
「ムッカー!嫉妬して何が悪い!ボクは、晃のことが好きなんだ!後から出て来た君になんだかんだ言って欲しく何か無いね!こうやって、晃やボクをからかうのもやめて欲しいよ!」
そんな中、サイレンのような音が聴こえて来た。
『そろそろ、出発の時間だよ。でも誰も君たちの事はもう記憶に無い。それがこの旅の代償。これから先は君たちのその目でちゃんと真実を見届けて来て欲しい。そして、出会った者達に、真実の愛を!』
舞は再びオレの前から身を隠した。静かな時間が過ぎ去って行く。
「ねえ……晃。あいつの言っていた事は本当なの?」
この暗い機関室の中で、オレと夕貴は壁にもたれて座り込んでいた。
「さあ、それは分からない。だけど、実際この船は動き始めている」
機関室の歯車はひっきりなしに回転を始めていた。
「ボク達が居たという記憶を抹消することなんて出来るものなのかな?」
ますます弱気になっていく夕貴の身体は震えていた。
思わずオレはその肩を抱いた。
「珍しいね。晃がボクに優しくしてくれるなんて……思わず甘えたくなるよ」
肩口に夕貴は頷を埋めて語る。
「オレだって恐いから……この先どうなるかなんて分からない……」
あれから一向に、舞はオレ達の前には姿を見せなかった。夕貴の鼓動が聞こえる。そして、幽かなシャンプーの香り。
何だか不思議な感覚に陥りそうになる。きっと、夕貴にもオレの鼓動が聴こえているだろう。そう思うと照れくさくなった。
「なあ、この部屋を出る事ができるかやってみないか?もしかしたら、艦員や艦長が何とかしてくれるかも知れないし……」
オレは夕貴に提案した。
「まずこの部屋に入る事ができたのは、あいつ……舞の手によってかも知れないけど、出るのは案外簡単かも知れないし…」
オレは照れくさいのも手伝って、行動を開始した。
「ちょっと待ってよ!ボクも行くよ!」
オレの腕に捕まり立ち上がる夕貴。オレ達は、機関室入りロのドア前に立った。
するとシュンッと開かれたドアの先にはあの通って来た通路があった。
エレベーターへと繋がる通路。しかし、一度消えた蛍光灯は灯っている。ただしその光は薄暗く感じられた。
「ねえ、晃……手繋いで良い?」
後ろを歩いている夕貴が心配げに問いかけて来た。
「仕方ないな……ほら!」
オレは、夕貴に向かって手を指し伸べた。
その手に飛びつく夕貴。
カツーン、カツーンと、オレ達二人だけの足音が響くフロアー。エレベーターは、このフロアーに止まったままのようで、上に行くためのボタンを押すと、直ぐさまウイーンと開かれた。
三階のブリッジへと足を進める。
何だか静かな……物音一つしない通路。
オレ連は恐る恐る歩き続けた。きっとブリッジには艦長や艦員達が目的地へと急ぐために作業をしているはずである。
「大気圏突入。作動モード変更!」
掠れた機械音がオレ違の耳に届いた時、無重力状態に陥った。瞬間、宙に浮くオレと夕貴。しかし、あっという間にその無重力状態は解除された。
「ピツクリした!」
お尻から落ちたオレ達は痛いのを我慢して立ち上がり、ブリッジへと歩いて行った。
ブリッジのドア前に来るとかれたドアの先を覗き込みオレ達は脱力したのである。
そこには誰一人いなくて、ただ機械だけが作動していたからである。オレ達は、どう言う事か分からずに立ち尽くしていたが、瞬時、機転を利かし中央に配置されているレーダーへと走り込んだ。
青白く浮き上がっているレーダー。
中は暗くて目が慣れるまでに姑くの時間が掛かった。
「ねえ、この行路で行くと、何処につくんだろう?」
「確か、衛星の『ディアノ』に向かうって言ってたよな……」
オレは反芻するかのように、顎に手を持って行って考え込む。
「じゃあさ、この縁色に点減しているのが、『ディアノ』ってこと?」
赤い点はオレ達が乗っているこの宇宙船であるとしたら、そうであろう。
上手く、『ディアノ』への軌道に乗っているらしい。
オレ達はその後、前方のスクリーンを映し出そうと、あらゆる機類に手を伸ばした。もちろん、分かる範囲の操作しか出来ないから余計な事をしないようにと、頭を働かせながら。
「晃!このボタン、前方スクリーンに関係がありそうだよ〜」
夕貴は、前列にある赤いボタンを指差している。
「落ち着けよ……取りあえず、落ち着いて押してみよう!」
オレ達は、ゴクリと唾を飲み込み緊張した。これ以上になく真剣だったのである。
カチリと、音がした後、前方のスクリーンがパッと点灯した。暗い宇宙空間に、青自い光が目に飛び込んで来た。
「これが『ディアノ』」
でこぼこのクレーターが隆起し、半欠けの球をしたその星は確かに、オレ違が夜になると見る事ができる月であった。
「こうして見ると、でっかいんだね!」
夕貴は目を輝かせて、感動している。確かこいつは、天体マニアでもあった事を忘れようもなかった。
「宇宙服、何処にあるんだろうね?こんな機会絶対ないよ!降りて探索だ!」
夕貴がその気になれば、もうこうなったら納得させる事なんて出来ない。
「そんな降り立つ事なんてできるかどうかなんて分からないぞ……そんなに期待して、できませんでしたじゃ、期待外れで落ち込むのが関の山だ!」
オレはできうる眼りの助言をしたつもりだったが、全く夕貴の耳には入って無かった。
そんな事より、この状況下だ。こんな不自然な事があって構わないのか?誰一人として、この宇宙船に乗っていないなんておかしい。それとも無人船?何のためにこのような宇宙船をあてがったのか?
基本的な事が抜け落ちているのだ。
「おい。夕貴!艦内を探索しよう。あまりに不自然だ……まさかオレ達しか乗ってないなんて事にでもなったら、一大事だぞ!」
未だに『ディアノ』に見惚れている夕貴の腕を引っ張り、オレはブリッジから連れ出したのである。
まず、二階に行ってみた。そこは、医療施設のようで、透明ガラスの向こうには、ベッドが配置されている。そして、その側には、アンドロイド型のロポットが、デスクに座っていた。
何をすると言う事も無いのにただ座っていたのである。
オレ達は中に入って行った。
『あなた方はどなたですか?』
オレ達の気配を感じ取ったそのアンドロイドの瞳の光が縁色に光る。まるで、オレ達を見比べて観察しているかのようだ。
「ここには誰もいないのか?」
『はい。この宇宙船は、無人旅行用です。それなのにあなた方が乗り込んでいる事自体が問題ですね』
「無人?でも、それならば何故、お前はここにいるんだ?病人が出る駅でもあるまいし!」
『私の役目は、この先に辿り着いた時用のアンドロイド。惑星には、多くの病んだ人間がいるかも知れませんから……それに、この医務室はわたくしの管轄に入っています!』
そういうと、アンドロイドは腰から銃を引き抜いた。
「何を?」
『計算外の侵入者には、制裁を!覚悟下さい!』
ズギューンとオレの顔横すれすれを、レーザー銃の光線が通り抜けて行った。
「やばい!夕貴、逃げるぞ!」
オレ達は一目散に、二階のエレベーターまで掛け出した。そして、一階のフロアーへと足を踏み込んだのである。
どうやら、あのアンドロイドは追いかけて来る様子は無かった。自分の領域を汚す者を追い払ったという事があのアンドロイドにとっての最優先事項だったのであろう。
一階は、食堂のようなカウンターが設置されていた。まるで憩いの場だ。そしてセルフサービスのような流れで食事を注文する手はずになっているようだった。
そんな折り、クーっとオレの腹は情けないことに音をたてる。
「何か食べようか?」
夕貴がオレの肩を叩きながら前に進むように促す。
広い室内。きっと、惑星から乗り込んで来る人達用に設けられた領域なのだ。
無人の機械の前でオレ連は、持ち寄ったお金を取り出してその機械に放り込む。
「カランカラン』と唱り響く先に、
『御希望の食券をお求め下さい』
というメッセージが流れる。
オレは、無性に肉が食べたくなったので、ハンバーグ定食のパネルを押した。
隣の機械の前にいる夕貴は暫く考えているようではあったが、生春巻き定食を選んでいた。相変わらずの菜食主義者だ。
パネルを押し終わったオレ達は、食券が出て来るのを待っていなければならないのかと立ち尽くしていたが、どうやら、この機械はそう言う仕組みでは無いらしい。
『テーブルにおつきください。料理が出来次第、お席にお運び散します』
オレ達は、その言葉の通り、テーブルへと歩を始めた。
途中、コップ一杯の水を調達して、オレと夕貴はお互い向い合せに座る。その内かい合った中央にはベルトコンベアーが動いていた。
「まさか、この上に飯が流れてくるってんじゃないんだろうな……」
正直、困惑する。こんな飯が美味しかったらオレ達の食生活は何だか嘘寒いものに感じられたからだ。
「無人の宇宙船だから仕方ないんじゃない?誰もいなくてのんびり賃し切り状態で、食事にもありつけるんだし」
何をのんきな事を……と思いはしたが、敢えて口には出さなかった。
「おっと、注文の品が流れて来たよ!」
「早いな……」
湯気をたてながら現れたのは、確かにオレの頼んだハンバーグ定食と、夕貴の頼んだ生春巻き定食であった。
オレ達は急いでその器を取り上げる。そうしないと、取り損ねてしまうからだ。テーブルに座わっている皿を取り上げてオレは無我夢中にハンバーグの肉を割った。そして、供え付けられたキャベツにソースをかける。良い香りが鼻につく。食べてみると、案外イケたものであった。しかし、肉を保存しておく事なんてできるのであろうか?どれだけの日数の旅が待ち構えているかなんて分かったものでもないのに。
食べ終わったオレは、オヤジ臭い格好で、椅子にもたれ掛かっては、両足を大きく開いていた。
夕貴は、野菜を包んだ、生春巻きをじっと観察するかのような真剣な目つきで見ていた。
「どうしたんだ?食べないのか?」
オレはそのタ貴の不可思議な行動に目を疑った。
「こんな食材、『ソリル』にはないよ……」
じっと見つめているその先には、何かの香辛料の葉っぱが、見え隠れしていた。
「えっ?どれどれ……と、オレが見たって分かるもんでもないか……どうしてそんなことが分かったんだ?」
「味。さっき食べた春巻さの中に何だか分からない、変な味がしたから……」
「大丈夫か?夕貴。気分悪いとか、そんなことないよな?」
心配するオレは、自分自身のことも顧みなかった。オレは平気だから……いや、オレが味音痴で、入っていたものがなんであったのか分からなかっただけなのかも知れない……
「食べとくのやめといた方が良いのかな?」
箸を置く夕貴。
「うん……オレは平気だったから心配はないと思うけど……他の料理を頼んだら良いのでは?お腹空くそ?」
何かを考え込んでいるかのような仕種をしている夕貴だったが、
「ううん。いいよ。栄養食持って来てるからそれを食べておくよ」
そう言うと、御飯に海苔を巻いて食べ終えるタ貴。
何とか終わった食事会も、ここで一段落を終えた。
食べ終わった食器は、再びベルトコンベアーへと乗せる。オレ達が席を立ちこの部屋を後にした頃、ベルトコンベアーは動きを止めた。どうやら、人の出入りで作動するシステムになっているようだ。確かにその方が、省エネになる。
オレ達の宇宙船探索は引き続き行われた。次は、地下一階に行ってみる事にした。扉が開き、オレ違はフロアーに降り立った。そこは、三方に別れた通路が目の前に広がった。
オレ達は取りあえず、右の道を選び進んで行く。進んで行くと、両側に個室が連なっている。 緑色の蛍光灯の明かりで、扉をよく観察すると細やかな番号がふられていた。
オレ達は、その扉を開く。中は薄暗く。扉近くにあるであろうスイッチを赤いランプに従い、手擦りで擦し当てて電気を灯した。
パッと灯った部屋の明かりは、オレ達の視界を開けさせた。
「寝室の様だな……」
簡易的なべッド。そして、その奥にはユニットバスが設けられていた。
シャワーの蛇ロを捻るとジャーッという水音が響く。
「どうやら使用可能のようだよ」
シャワーの蛇口を捻った夕貴は安心したように、バスの端に腰を掛けた。
「何とか寝床も確保できた様だし……ってそれよりさ、一体今伺時なんだろう?」
オレは腕にはめた時計を見る。今まだ六時前であった。寝るには早すざる時間帯だ。
「この部屋、晃が使いなよ。ボクは、この部屋の向い側を使うからさ!」
勝手に部屋割りを決めている夕貴は、ちゃっかり者でもある。
「そうしようか……この階は、寝所のある部屋だと分かったことだし、地下二階を探索しに行こうか!」
オレ達は部屋の電気を消して、地下二階へとエレベーターを動かした。地下二階は、広いスペースのある、まるで小規模の格納庫のようであった。四角い鉄の箱がたくさん積み込まれている。厳重に密閉されているらしく開ける事はぺンチや、釘抜きでも持ってこない限り不可能のようだ。
オレ達はそんな格納庫の中を奥に到るまで探案を始めた。その中で、一つのアタッシュケースを見つけ出す事に成功した。それを見つけ出すとオレ達は中央の通路に引きずり出しそのアタッシュケースの中身を確認しようとそれを開けた。
中にはMOがぎっしりと詰め込まれていた。
そのラベルには、ワープロで打たれた『ソリルの民の動向』と記された文字が一から三十まで書き記されていた。
「何でこんなものが……」
そう言ったオレには、理解する能力も持ち合わせていなかった。
「ボク達の事を観察している人物がいるって事なのかな……でも何のために?」
タ貴がそう言ってくれるまで、オレの頭の中は真っ白であった。そして浮かんで来るのは、
「作られた世界……」
と言った、舞の言葉。
オレには信じられなかった。一体舞は何を知っているというのだ?
西園静と同じ『西園』という苗字を語る少年。全ては彼の望むシナリオの通りに事が進んでいるかのようで気分が悪い。
「ねえ、このMO、中身気にならない?ブリッジに行けば、PCくらい積んでると思うよ?何だか気になるんだよね……見てみようよ!」
夕貴がそう提案すると、オレ達は、直ぐさまエレベーターに乗って三階にあるブリッジへと向かったのである。