#10 決着
▼決着
ロビーは、先程の地震の為に瓦礫の山となっている。そんな中、オレと、舞は入りロへと進んで行った。無防備な体制化、オレと舞はすんなりとロビーを抜け、外に出る事が適った。
外は真っ昼間で、サンサンと照りつける太陽の下、オレ達は滑走路のあるあの宇宙船へと足を運んだ。
「あの地震で、宇宙船に異常が出てなけれは良いんだけどね……」
舞は、先を進みながら心配そうに言った。
途中、滑走路に抜ける所に、検問所が有った。しかし、地震の事もあり、簡単に抜け出すことに成功する。
「ところでさ、なんでESPを使わないんだ?ここまで歩く必要なんてないだろうに……」
そうだ、オレは引っ掛かる何かがあるなとは思っていたが、こんな単純な事であった。
「今は使えない……温存しておかないと、あいつが来る……」
「あいつ?」
一体誰の事をさしてそう呼んでいるのか見当がつかない。しかし、舞がここまで用心しているとなると、厄介な人物なのであろう。
「そう……あいつ!」
そう言って、前を指差す舞。
その指先には、あの、研究所にいたはずの水上が宇宙船の前で待ち構えていたのである。
「先回りしているなんて、よく気の効いた真似をするわね!」
「あなたこそ、よくあの部屋から抜け出すことが出来たわね。舞!」
まるで一触即発のムードであった。
「どういうことだ?オレ達よりも早くあの場所から抜け出すことができるなんて!」
オレは何がなんだか判らなかった。
「聖……水上も、ESP保持者なのよ。お兄ちゃん!」
「水上が?」
オレは呆然とした。
「よくも、私達を裏切ってくれたわね。聖!貴女のせいで、どれだけの犠牲者が出たか分かっているの!?」
舞は顔に似合わず、あからさまに怒りをぶつけている。
「裏切った?それは違うわ!始めから、舞。貴女の事が嫌いだったのよ!テロリストの真の指導者の西園舞をね!」
舞が、テロリストの真の指導者?
「そう……嫌いであったならば、何故、私達テロリストに加担していたのよ!」
「舞?あなたから、ESP能力を盗むためよ!私は、私の信念に従って『ネオ・ロマンサ』を引き立てたかった。全ては私の中に流れる血がそうさせているのだわ。『ネオ・ロマンサ』を今まで高めて来たその子孫としての誇りと、願いが!そのためだけに、テロリストに加担していたのよ!でなければ誰が好き好んで年下のあなたに従ったりする?」
水上はせせら笑った。
「聖!貴女が何を考えて、何を信念にしているかは、理解する事はできる。だから、貴女が『ネオ・ロマンサ』総指揮者だったその末裔でも黙って私は受け入れた。一緒にこの世界を変えられるならって思った。でもね、やってはいけないことくらい分かってもらわないと……テロを起こしている者達の気持ちも知っていて……裏切ったのよ!貴女は!」
瞬間移動で、舞は水上の懐に入る。オレにはその速い動きを何とか目で追う事が出来た。そして、顔面に平手をかます。しかし、それを予期していた水上は左腕でその行為を妨いだ。
飛び退く舞。
「舞。貴女の行動は私の頭脳にインプットされているわ。そう簡単に、やられたりしないわよ?もう一度、あの部屋に帰って頂くわ。あの自由の効かない牢獄に!」
水上は念動力で、銃口を、舞のこめかみに押し付ける。
「そう簡単に私が、貴女の手に落ちると思ったら、大間違いよ!」
舞は、その銃口の先を念動力でねじ曲げた。
「自然を取り返したいと願う聖の気持ちは分からない訳じゃない!もちろん舞だってそんなこと重々承知の上よ!でもね、その為に疑似宇宙なんかで、人ロを操るなんてことは自然の摂理に逆らっているとは思わないの?矛盾しているのよ!聖達がやっている事は!」
舞は、ねじ曲げた銃ロをESPで水上の手許に戻す。そして、闘髪入れずその引き金を引く。
『バン!』
爆発的な音が辺りに響き渡る。片膝をつく水上。右腕から血が滴り落ちている。
「!」
それでも右腕を支えながら立ち上がる水上。
「御託は要らないわ!こんな世界で、今みたいな地震を受けるとどうなるか……それこそ、この世界の滅亡を招くのだわ!分かってないのはそっちでしょう!高いビル。住む所に困って、こんなビル街を作りはじめる。そんな事をしたら、それこそ、自らの危機を受け入れてしまう事になるのよ……だから私達の御先祖様は疑似宇宙を作り人口減少の糸口で、この世界をより良くしていかなければならなかった。間違ってなんかいないわ!」
水上は後に引かない。
「私達人間は、神じゃないのよ!疑似宇宙を作ってはいけなかった。しかも、繁栄しない世界なんて!それを、舞達人間が指示することは出来ないのよ!……ここに、次世代のアダムとイヴがいるわ。それさえも阻止つもり?」
舞は、オレと夕貴の方に視線を移す。
オレと、夕貴が次世代のアダムとイヴ?
「『ソリル』や『メトロ』は、私達の管轄内。もちろん、この二人をこのまま還す訳には行かないわ!しかも、『ミトラボス』は、疑似宇宙内に新しく出来た惑星。こんな新種、学者達の最高の研究材料よ!ほっておく事なんて出来やしないわ!」
「分かってないのね……『ミトラボス』が、『作られた世界』でないのであれば、それは既に神の領域よ。舞達『地球人』が関与するのはさけるべきだわ!疑似宇宙を作った時点でその世界はそこにいる人達の物なのよ!『地球人』が関与すべき事ではないわ!」
舞は真剣に水上を見返す。
「何故、こんなにも意見が合わないのかしらね?私達は……しかし、こうなった以上私達は、神同然なのよ!創造を繰り返しできる範囲のあらゆる方向性を確かめる。いわば、新世紀の訪れを導いて行かなければならない……物語の主人公や脇役の配置も決めなければならない。言わば、創造主。そうしないと、民はついてこないの。貴女もテロ組織の指導者ならばそのくらい分かるでしょう?舞!」
激論は続く。オレの想像を絶するその会話は、何時まで経っても水掛け論だ。と、オレは思った。
「指導者は神ではないわ!絶対的な力なんて持ち合わせてはいないのよ。そのくらい分かるでしょう!」
二人の間に見えない火花が散っている。
オレの考えにも及ばない、舞の姿がここに有るのだと初めて知った。
「口論はもう止めにしない?手っ取り早く私達の間の決着をつけましょう!」
水上はこのロ諭に終止符をつけたいのであろうか?攻撃体勢に入る。
「仕方ないわね。聖が、その気なら舞はもう何も言わない。決着をつけましょう!ただし、一階勝負。どちらかが膝をついたらその時点で負けよ!殺し合いはごめんだわ!分かったら、行くわよ!」
舞が言い放ったその言葉に水上は、
「ああ!」
宙に舞う舞。その舞に合わせて宙に浮かぶ水上。
突然吠く突風で二人の衣服がパサパサと揺れる。
オレにも伝わってくるこの二人の闘志。もう誰にも止められない状況だ。オレはゴクリと唾を飲み込んだ。周りは滑走路。二人を阻むものは何一つ無い。五メートルほど離れて宙に浮かんで向かい合っている二人。そして先に攻撃を仕掛けたの水上であった。まるで空気中に刀でも有るかのような、閃光が舞の頬を擦める。舞の頬から一筋の血飛沫が飛び散った。
「よく避けたわね!でも次はそうはいかないわよ!」
上半身を捻り再び真空を切るようにして放たれる刃。
しかし、舞はそれを待っていたかのように瞬間移動をして、水上の背後に移り水上の方を振り向く。そして、一発の光の玉を水上目掛けて放つ。その光の玉を背後に感じた水上は瞬間的に交わした。
「あら、なんて姑息な真似を?正面から戦えないのかしら?」
水上は振り返り笑いながら舞をののしった。
「機動力って言う言葉知っている?真正面からだけが勝負の決め手にはならないのよ!」
そう言うと、瞬間移動で水上の頭上に移動する。そして、一気に掌を振り下ろす。それを間一髪交わした水上。その反動で、勢い余って地上に着地する舞。直ぐさま空中を見上げる。そこにいるはずの水上の姿を追い掛けるかのように。
「あの頃よりESP能力の使い方に慣れて来たみたいね?聖!」
再び宙に浮く舞。
「日々鍛えるようにしているからね!」
負けずに言い返す水上は、余裕の表情を浮かべている。
「でも、舞の足下に及ぶかしら?本家本元のESPを越すことが、聖!貴女にできるかしら?」
舞は両腕を開き頭上高く振り上げる。そして、瞳を閉じ何やら集中をしている、きっと、誰にも判らない気を、その両腕に込められているのが感じられた。
「そんな無防備な状態で、どうするつもりか知らないけど、私の攻撃を避けきれるかしら?」
水上は一気に舞へと詰め寄り、そして気孔弾を打つ姿勢に入る。その砲弾が舞の眼前に来た時、まるで時間が止まったかのように砲弾が止まった。収縮するかのように、小さくなるその光は、まるで、壁にでもぶつかったかのように跳ね返って真っすぐ水上の眼前に舞い戻る。
「キャーッッッ」
その砲弾は見事水上を捕らえてしまう。吹き飛ばされ、地上に腰から落ちる水上。
「痛っ!」
その様子を見てか見ないでか、舞は水上の方に向かって気を発した。立ち上がろうとする水上の行動はまるでストップモーションにでもなったかのように動かない。
「残念ね。聖。貴女の負けよ」
瞬間移動で舞は水上の元に降り立つ。そして、水上の膝を地面につくように水上の体を操る。終に決着はついた。水上は膝をつく形で舞の前に跪いたのである。
「お待たせしたね。お兄ちゃん!」
舞は何事もなかったかのようにオレの前に足を向けて来た。
「さあ、宇宙船に行くわよ!私に捕まって!」
そう言うと。瞬間移動の体勢に入ろうとした。
「待ちなさい!」
後ろ向きのまま……座ったままの水上が何かを言いたげに叫んだ。
「何?勝負はついたはずよ。お兄ちゃんと、夕貴ちゃんは、『ソリル』に還るの。もう、とやかく言われる覚えは無いわ」
舞は水上に背を向けたまま静かにそう言う。
「『ソリル』に、女が紛れ込むという事は今までの秩序を乱す事になるとは思わないの?きっと取り返しのつかない事になるわよ!」
オレはその水上の言葉にドキリとした。
「この二人なら、きっと乗り越えてくれるとそう信じているもの……舞はね……」
オレは舞の顔を覗き込んだ。真剣な表情の舞にオレはどう言おうか一瞬悩んだ。そして、
「オレは……小さい頃から夢を見て来た。何故、男しかいない世界が従来の『地球』と違うんだろう?きっとどこかに女と言う種族がいるはずだ。そう思って来た。それが異邦人でも、なんでも構わない。オレは守りたい者を手にすることができるなら……どんな困難でも立ち向かってみせると。そう考えていた」
オレは両腕に抱えているタ貴の顔を覗いた。
「こいつが、異邦人でも女でも。今では何の疑問も持ち含わせていない。ただ守りたい」
オレの子を身ごもっているからだけではない。そう、ビーナス像の事なんてもう頭にはなかった。
「私達『地球人』が、『ソリル』の『ネオ・ロマンサ』に、圧力をかける事だってできるのよ……?」
「それは、舞が阻止してみせる!安心してお兄ちゃん。聖!あの擬似宇宙は、舞の手で封鎖する事だって可能なんだよ?知ってた?」
「!」
水上は驚いたかのように、舞を振り返る。
「お前は、それほどまでに擬似宇宙を許せないのか!」
沈熱が走る。
「……舞はね、多くの肉親を失って来た者達の心の痛みが分かるのよ。私がそうだからかも知れない……今までのことはもう取り返しのつかない事だと思ってる。だからここに居てはいけない。お兄ちゃん達には、『ソリル』に還ってもらわなければならない。『作られた世界』はもうこれで、『新たなる世界』になるの。そう、これから先は違う!もう終わりにしなくちゃ……」
「……舞……」
オレはどう答えたら良いのか分からずにただ舞を見詰めた。
「『ソリル』に、新しい風が吹くの。もう地球人を送り込むことはないの!『ソリル』の歴史は、この二人から始まる……先にも言ったように、アダムとイヴは『ソリル』に戻って真の世界を築き上げていける!こんな喜ばしい事はないんじゃない?」
「……」
「是非とも、夕貴ちゃんには女の子を生んで欲しいなあ……でも、両性具有に生まれてくるかも知れないね?それも有りかなあと思うんだ。舞は……だって、幸せじゃない?自分で性を選ぶ事ができるんだよ?きっと、利発な、元気一杯の子供が生まれてくると思うな。お兄ちゃんや、タ貴ちゃんに似た……」
何だか、空元気な舞の様子にオレは、
「……舞?お前も一緒に来ないか?」
ふと言葉がロから溜れた。
「……」
「そうすれば、イヴが二人になるだろう?」
オレは名案だと舞に言い放った。しかし、
「イヴはね、二人居ちゃダメなんだよ。お兄ちゃん……」
「?」
「新しい未来を築くには、『地球人』である舞が、居てはダメなの!」
「オレだって元は地球人だろ?」
その言葉に対する返事はない。
「……それに、舞はこの『地球』の仲間達と戦って行かなければならない。どんなに時が流れようと、お兄ちゃんとこうして会う事が出来て舞は幸せだった……だって、他の子供を奪われて行った人達には決して出来ない事だもの……もう二度とこうして会う事は出来ないけど……同じ時間を離れて共有していると感じる事ができれば舞は幸せだよ。だから、お兄ちゃんは、前を向いて、夕貴ちゃんを幸せにすることだけを考えて。時には舞の事を思い出して欲しい……けど、もしかしたらそれは叶わないかな?」
必死で涙を堪えようとしているのが分かった。
「なんだよ?それってどう言うことだよ?」
そんな話をしている時、水上がやっと立ち上がった。
「舞……それって……」
何の事だかさっぱり分からないオレは呆然と再び始まる二人の会話に耳を傾けた。
「ある条件を飲んでもらわない限り、迷いはないわ!」
「本気で、あの力を使うつもりなのね!?」
何だか慌てている水上の様子にオレは、
「おい、何の話をしてるんだ?」
訳も分からず問い掛けた。しかし二人の間に俺は見えては居ないらしい。
「舞は神じゃない……でも、この力は今使わなければならないんだってそう分かったの……全人類を巻き込んで、この『地球』を滅ぼす力。こんな力無ければ良かったのに……」
地球を減ぼす……?
「やめて!そんなことしてはダメ!まだ、『地球』は病んではいない!お前の仲間まで見殺しにするつもりか!それにそうする事で、擬似宇宙までも滅ぼすつもりなのか!それこそ矛屑している!」
水上は舞の肩を激しく揺さぶる。
「そうしたくはないわ……そうしなくて良いように、聖が、もう擬似宇宙に手を出さないと誓うのであれば、テロも止める。どうする?今答えて!私のカを解放するのは簡単なのよ!」
舞と水上は向き合ったまま微動だすらしないのである。それ程繁迫している状態であった。
「……分かったわ……疑似宇宙からは手を引くわ……舞、貴女の条件を飲むわ……」
水上は、フッと笑って左手を舞に突き出した。舞はそれに同意して今初めて二人は握手を交わす。
「ならば、舞達もテロ組織を解散するわ。そして、私個人としてこの世界を変える様にする。それには、聖の力も必要だわ?勿諭協力してくれるわね?」
緊張の糸が解けるのが感じられて、オレはホッと息をつく事が出来た。
「でも、新しい世界を構築するのであれば、晃達の記憶を消さなければならない。違う?」
水上は突然オレの話を振って来た。
「オレ達の記憶を消す?」
「ごめんね。お兄ちゃんの記憶は消させてもらうわ……この『地球』の存在を知る者の記憶は抹消しないと、新しい世界は訪れない」
舞は真剣にそう言いった。
「どういう事だよ?」
「『ソリル』は、地球から逃れた民。しかし『地球』は滅んだことにしないといけない」
水上も同じ事を言っている。
「冗談だろ?それじゃあ、『ソリル』に居たと言う記憶も、『地球』での記憶も消されるって事なのか?冗談だろ?舞!」
オレは一歩後ろに引いた。
「冗談なんかじゃないよ。お兄ちゃん」
「晃。貴方は新しい時代を告げる異邦人として、『ソリル』に戻ってもらう……『ソリル』の民が貴方達をどう受け止めるかは分からないけどね……それはもう賭けの領域に達するわ……でもね、自然に打ち解けることができるのであるならば、『ソリル』の新しい時代は開かれるのよ。次世代の新しい息吹を『ソリル』の民はどう受け止めるかしらね?」
水上は腕組みをしてオレの方を伺っている。
オレはタ貴を抱えたまままた一歩引くしか出来なかった。
「さあ、これ以上の長居は無用ね……お兄ちゃん?舞はずっと見守っているよ。お兄ちゃんが、舞の事を忘れてしまったとしても」
そう言うと舞は、オレと、抱えている夕貴に向かって掌を掲げ眩い程の気を込めた光をぶつけてきた。その光を浴びて意識が遠のくオレ。立っていることさえままならない。
次第にフェードアウトしてゆく意識の中、オレは脳裏にこのことを焼きつけようと必死になった。が、終には夕貴を支える力さえ残されてはいなくて……地面に突っ伏すのであった。
忘れたりなんかしない。
舞の事も。
地球の事も。
水上や、『ネオ・ロマンサ』の事も……
そう。消え行く意識の中、オレは呪文のように何度も何度も繰り返したのである。