09 なぜいけると思ったのか
アパートの前で話す事でもないし、かといってどちらかの部屋に上がって話し込むほどの仲でもないので、近所のファミレスで出雲の事情を聞く事になった。
「水だけで」
席に座ると同時に出雲はそう言ったが、店員さんが水を置きに来たタイミングで派手に腹を鳴らした。店員は一瞬動きが止まり明らかに気付いていたが、気付かないフリをしてくれた。やさしい。
「……お腹は空いてるけど水だけで。狼は施しを受けない」
そして真顔で訂正が入る。
まあ好きにしなさいよ。お兄さんたくさん食べたいからたくさん頼みますけどね。くれって言われれば分けてあげるし、言われなくても頼み過ぎて食べきれない分を食べてくれって頼むかも分からんしね。
家賃マウントを取っているお陰で聞き取りはスムーズに進んだ。
出雲は物心ついた頃から一人が大好きだったそうだ。友達も作らず、いつも一人で幸せに過ごしていたのだが、親からも先生からも「友達を作れない可哀そうな子」とか「本当は仲良くしたり甘えたりしたいのに素直に言えない子」とかそういうレッテルを貼られまくり、何度一人が好きだと言っても照れ隠しや虚勢としか受け取って貰えなくて学生時代は常時全方位イライラ状態だったという。
ちょっと分かる。俺も小学生の頃ブラックコーヒーが好きで飲んでいたら、大人ぶりたくて無理して飲んでると決めつけられて、違うと言ってもはいはい分かってる分かってる、と全然分かってないムカつく投げやりな返事しかしてこなくてぶち殺してやりたくなった経験がある。
そうだよな、誰でも本心と正反対のレッテル貼られるのは嫌だよな。
学校で友達のいない孤独な子供は目立つため、何かと問題視されやすいし問題も起こりやすいのだが、そういった部分で出雲を理解し庇ってくれた恩師が道で出会った例の先生なのだとか。あの先生もあの先生で、友達は無理に作るものではないが、いないよりはいた方がいいと思っているらしく、そこが少し不満だと出雲は頑なに水だけを飲みながらボヤいた。
高校卒業後は誰とも顔を合わせず会話も協力もせず一人で稼げる仕事をするつもりだったのが、そんな仕事など無かった。コツコツお年玉や入学祝、卒業祝を貯めてきた貯金を切り崩して一年は生活できたが、最近それも限界になった。
いよいよアパートも追い出されそうになったため、せっかくなので大家とのやり取りも断つために下水道に住みつこうと一念発起して探索をはじめ、その流れでダンジョンに迷い込み……という経緯だったようだ。
話を聞いた感想を一言で済ますならこれしかない。
ダメ人間ッッッッ!!!!!!!!
女性なのに下水道に住み着く決意を固め実地調査に出るあたり相当覚悟がキマっちゃっている。世が世なら僻地に住み着いた仙人になっていそうだ。
だがここは現代日本。あらゆる土地に所有権が設定され、どこであろうと、たとえ誰も来ない下水道だろうと勝手に住み着くのは違法だ。僻地を買うとしても住民税、年金、所得税などの手続きは必要になるし、一人では治せない絶対に病院が必要になるタイプの怪我をする事もあるだろう。服の入手や十分な栄養の確保の問題もあるし、ちょっと考えただけでも「人との繋がりを断ち切って一人で暮らす」なんて到底不可能だと分かる。
一人で暮らすなんて無理だから、人付き合いが嫌でも、孤独が好きでも、みんな我慢して折り合いをつけてなんとかかんとか生きている。
しかし出雲は我慢できず、折り合いも付けられなかった。現代日本では一人でなんて生きられないのに、一人で生きようとした。
だからニートで、家賃滞納して、昼間からコソコソ下水道探索してダンジョンに落っこちるハメになった。
とんでもない奴だ。その気になればいつでもアイドルデビューできる類稀な容姿から繰り出される地獄のような社会不適合に圧倒すらされる。
うむ。
素晴らしい。
いいね、ダメ人間!
正直ダンジョンの顧客として大変向いていると思う。
単独でパーティーを組まない。
度胸はあるが特に格闘術を修めていたりしない。
装備も貧弱。簡単に追い返せる。
人付き合いアレルギーだから手に入れた情報を広めたりもしない。
適度に質屋か何かで売って金に換えられるような財宝を拾わせて収入面で首根っこを押さえてしまえば長くご愛好頂けそうだ。
俺は慎重に営業をかけた。
「ダンジョンを探索すると、えー、良いお値段で売れる財宝とか手に入るらしいんですが。どうっすかね」
「どうって何が」
「また行くつもりあるかって話」
「行くっていうかゴブリン駆除して住むつもりだけど」
「いや、ダンジョンの中にいると段々生命力吸われてくから住むのは無理だな。衰弱死する」
「へえー。詳しいじゃんなんでそんな事知ってんの?」
「…………」
許して……
「いや言いたくないならいい。助けてもらった代わりに黙ってるって約束したし」
出雲はお冷の氷を口の中で転がしながらもごもご言った。セーフ。
よく考えたら俺営業した事なかったわ。営業成功するわけないんだよなあ。
出雲はダメ人間だがアホではない。むしろ観察力や洞察力に優れた方だ。だまくらかしてダンジョンに送り込むのは無理っぽい。
どーするかなこれ。
「まあ行って欲しいなら行くよ。それで家賃の借りはチャラで。狼は借りを作らない」
良い事言った風に自分で頷いているが狼理論の雑さは突っ込んじゃいけないやつなんですかね。野生の狼は普通に群れるし助け合うぞ、みたいな揚げ足取りしたらブチ切れそう。
まさか素で狼は群れない生き物だと思い込んでるんじゃないだろうな……
出雲は何気なく言葉を続けた。
「それにあんたの事は嫌いじゃないし」
「えっ」
嫌いじゃ……ない?
え……?
嫌いじゃないって事は……つまり……好き……?
「あのー、出雲、さん?」
「何? 言いにくいなら出雲でもいいけど」
「俺も好きです。結婚して下さい」
「は? 嫌」
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!!!」
フラれたァあああああああああああ!
いやぁあああああああああああああ!!
なぜぇえええええええええええええ!!!
死ぬほど理不尽に会社クビになったんだからさぁあああああ!
これぐらい都合よく転んでくれよぉおおおおおおおおおおお!
幸せのバランスどうなってんだ! 不幸の分だけ幸福くれよ!
可愛い女の子嫁に貰っていちゃいちゃしてぇよぉおおおおお!
「泣き過ぎだろ……あー、飲む?」
両手で顔を覆ってボロボロ泣きながら震えていると、出雲はちょっと気まずそうに飲みかけのお冷を寄越してくれた。
優しい。
でも結婚はしてくれない。
悲しいなぁ……
ダンジョンちゃん。俺、ダメだったよ。
やっぱ婚活って難しいんだな。
「婚活は難しい? そんな事はないぜ。俺に任せてみろ」
「その声は評価ボタン! 評価ボタンじゃないか! 評価ボタン、俺は何が悪かったんだ? どうすればいいんだ?」
評価ボタンはヤレヤレと首を横に振り、幼子に言い聞かせるように語りかけてきた。
「いいか、評価ボタンだ。全ての真理はそこにある。押せ。評価ボタンを押してポイントを入れるんだ。ああそうだ、お気に入り登録をすれば二倍いい。さあやってみろ。全てが分かるはずだ」
「なんだって? そんな馬鹿な。いや押してみるけど………!!!」
評価ボタンを押した俺は全てを知った。なぜ告白が失敗したのか。なぜダンジョンちゃんは無機物なのか。なぜ戦争が無くならないのか。なぜ太陽はあんなに眩しいのか。
全ての答えは確かに評価ボタンにあった――――
~ハッピーエンド~