07 白馬の王子、白馬と王抜き
ダンジョンちゃんの種族はダンジョンだ。当然、美的感覚もダンジョンだ。人間の美醜の区別は難しい。俺のアパートの写真を見て『小汚いおじさんだね』なんつって酷評し始めるぐらい感覚が根本的に違う。
ダンジョンに迷い込んできた人間の中で美少女や美女がいたら殺さないでおいてもらうように約束したのだが、肝心のダンジョンちゃんが見た目の良い人間の女が分からないという問題があった。ので、事前に参考画像を大量に送り付けて学習してもらっている。
今のダンジョンちゃんはただのダンジョンちゃんではない。見た目の良い人間女性を見極める事のできる目利きダンジョンちゃんなのだ。
そのダンジョンちゃんからの女性発見報告はそこそこ信用できる。少なくとも小汚いおじさんを美少女と見間違えていたというオチはない。はず。
俺がドキドキしながら現場に急行すると、ダンジョンの狭い袋小路に一人の女性が追い詰められていた。冷や汗を垂らし包丁をゴブリンに向けている。
通路の曲がり角からこっそり覗き、思わず感嘆の声が漏れた。
ダンジョンちゃんは間違ってなかった。めっちゃ美人やんけ!
彼女は成人しているかどうかぐらいの年齢に見えた。白地に黒のラインが入った機能的な上下ジャージを着ていて、服の上からでもメリハリの効いた女優並のスタイルが分かる。率直に言ってエロいと思います。俺が着たらダセぇなとしか思われないジャージを強引にスポーティーに着こなせているのが最高にズルくてもう最高。
顔もいい。アイドル並に良い。追い詰められて牙をむき出した狼のような表情でゴブリンを威嚇していてもなお凛々しくて可愛い。というかこの人アイドルでは? いや上下ジャージで包丁持ってダンジョンにいるアイドルなんていないか。
長い黒髪はお団子にしてまとめてあり、首にはタオルをかけている。
見た目は百点満点。嗅いだらいい匂いしそう。あとは性格が良くて俺を好きになってくれたら是非嫁にしたい。
「ん゛ん゛っ、あーあー……危なーい!」
咳払いしてカッコイイ声を作ってから迫真の演技で助けに入る。
彼女を追い詰めチラチラ背後の様子を窺っていたゴブリンくんは、俺の背後からのパンチにタイミングよく当たりに行って一撃で死んだ。ダンジョンちゃんの采配だ。
虚空に溶けて消えていくゴブリンを無視して、俺は爽やかな笑顔を作り歯を光らせ彼女に手を差し伸べた。
「危なかったね、大丈夫だったかい?」
「誰だお前」
彼女は警戒心を剥き出しにして、ゴブリンに向けていたナイフを今度は俺に向けてきた。
あっれぇ……おかしいな。
あなたが助けて下さったの? 好き!!! ってなる場面では?
失せろぶっ殺すぞって副音声が聞こえるのは気のせい?
「俺の名前は堀内義道。最近無職になった二十五歳の、」
「あのゴブリンみたいな奴ってあんたの仲間?」
「え? いや別に」
なんでそんな怖い声出すんです?
我、善意で窮地に駆け付けた白馬の王子ぞ。ありがとうぐらい言ってくれても良くない? もっと優しくして?
「じゃああいつなんであんたのパンチに当たりに行ったの?」
「…………」
これは優しくしてもらえなさそう。
よく見てらっしゃるぅ……
「なんで私を追い詰めるまでは狂暴だったのに、追い詰められてから急に大人しくなって後ろをチラチラ気にし始めたの?」
「…………」
「おい答えな? 目ぇ逸らしてんじゃないよ。助けに入る前に曲がり角でチラチラチラチラ様子見してたでしょ。なんで? 発声練習っぽいの聞こえた気がするのは気のせい? ん? おい。おい、おい」
「え、えーと……」
笑みが引き攣る。
こっっっっっっっっわ!!!
顔がいいからそのへんの人に威圧されるより三倍怖い。全部バレッバレやんけ。
もう完全に怪しまれている。人を騙せない俺とダンジョンちゃんの清らかな心が滲み出てしまったらしい。俺の計算ミスだ。迂闊ッ!
どう言い繕おうか迷っているとポケットからポキポキ音がした。スマホを出してチラ見すると、ダンジョンちゃんから「ごめん」と一言だけメッセージが届いている。
ええんやで。ミスは誰にでもある。
うーん、しかしやっぱり人を罠にハメて騙して結婚ゴールインなんてよくないですね。
俺が欲しいのは5億円ぐらい貯金があって可愛くて性格良くておっぱい大きくて俺の事が大好きで他の男にフラフラしない結婚相手だ。親密になる相手に隠し事なんてやっぱりダメだ。
それにしてもピンチの姫を助けに来たと思ったら美しい猛獣だったみたいなこの状況はなんなんだろう。俺はナイフで切りつけられても逃げられる距離を取りつつ、彼女に答えた。
「ちょっと事情があるので答えられないっすね。そっちはなんでこのダンジョンに?」
「ダンジョン……? 何? ここってダンジョンなの?」
「ゴブリン出てきて地下ならまあダンジョンでは? で、なんでここに?」
「うるっさいな、あんたは私のなんなんだよ。私がどこで何をしようが勝手でしょ」
まあね、正論だね。険悪な姿勢を崩そうともせず、彼女はまだナイフを俺に向け続けている。
この人名前も教えてくれないし、めっちゃ俺の事疑ってるし、まともに会話する気もなさそうだ。
脈無しぃ……ですかねぇ……いやここからなんかこう上手い事やってリカバリーして親密な関係になればワンチャン?
「まあいいや。ここでいつまでも話し込んでるわけにもいかんでしょ、とりあえず外まで送るんで出ますか」
「は? 一人で勝手に帰ったらいいでしょ」
「訂正、外まで送らせて下さい。見た感じ足くじいてるみたいだし」
「私は一人でいい。狼は群れない」
そう言って手負いの獣のように睨みつけてくる。もうこれ何人か殺ってる肉食獣の目じゃん。怖い。
でも過剰労働の押し付けで部下を何人か過労死させてる奴のヘドロのような目と比べればまだ怖くない。
こわいな~、でもやっぱ顔がいいな~、笑ってくれないかな~、絶対可愛いのにな~、と思いながら見つめ返していると、彼女はため息を吐いてナイフを下げた。イライラと頭を掻いて言う。
「分かったこうしよ。何企んでるか知らないけど黙っといたげる。それで助けられた借りはチャラ。貸し借りなし、プラマイゼロ、他人! じゃ、そういう事でさよなら………だーから何でついてくんの!」
「帰る方向同じだから」
「そんなわけっ……! 話しかけるなよ絶対」
途中で出入口が一つしかない事に気付いたらしい。口ごもり、軽く足を引きずって出口の穴に歩き出した。
もう少しで出口というところで、彼女は何かを踏んだ。
訝しげに足元を確かめた彼女は驚愕も露わに恐れおののく。
「しまったッ! 評価ボタンだ! もうお終いだ、死ぬんだぁ……!」
「落ち着けッ! 評価ボタンを押すと最大10pt、更にお気に入り登録すると2ptがこの小説に入るんだ! 死なないしこの茶番を真顔で書きながら自分の正気を疑ってる作者も喜ぶッ!」
「あ、そうなん? じゃあ評価ボタン安易に押してこ」
出雲を皮切りに評価ボタンを押す読者は5000兆倍に増え、世界は無限の優しさに包まれた。
~ハッピーエンド~