06 ヒロイン捕獲装置起動ッ!
流石に初日は上手く行きすぎたと思ったが、意外にもダンジョンちゃん落とし穴には一日1~2人ペースで引っかかってくれた。最初の一人以降は落ちても骨折するだけで即死はせず、激痛に泣き叫んで助けを求め、それを聞きつけた通りすがりの人または俺に救助されるのが定番の流れだ。
侵入者に刻印を刻めばダンジョンにいる間ずっと生命力を吸い取って継続収入にできるのだが、今はまだ刻印による収入メリットよりクソ目立つ刻印が体に刻まれ騒ぎになるなどのデメリットの方がデカいのでやっていない。
刻印を刻まなくてもすぐに警察か何かが動き出すと思っていたのに一週間経っても全然そんな気配が無い。ニュースにもなっていないし、SNSで検索しても出てこない。
今多人数で攻められると対処できないから、これぐらいのペースで侵入者が来るのはほとんど理想的な動きだ。
この一週間の間に、顧客情報を集めるために情報収集もしてみた。
落とし穴がギリギリ見える場所にある老夫婦経営のこじんまりとした喫茶店でコーヒーを飲みながら張り込みをしたのだ。
それによると、まず、ほとんどの人は穴を見つけても普通に避けていくだけで大したリアクションはしない。なんか穴ある避けとこ、ってな具合のほとんど無意識処理でスルーする。
少数は穴に気付いてびっくりする。中をのぞき込んで深さに驚いたり、こりゃ一体なんの穴だ? などと呟いて首を傾げたりする。中を覗き込めば落ちている財布が見える訳だが、ほとんどはビビって拾いに行かない。ロープがあっても深すぎる。中にはロープを軽く引っ張って「ほどけそう」と呟いて降りるのを止めた猛者もいた。
そして穴に気付いてかつ軽率に降りてしまう極少数が一日1~2人になるわけだ。
穴に落ちて引っ張り上げられ、救急車で病院に運ばれた人は大人しく入院生活をしているようだ。特に自分が落ちた穴について情報を拡散したりはしない。
世の中「穴に落ちて足折れてぐちゃぐちゃ! 手術して入院中~☆ 穴の場所はなんちゃらかんちゃらだよー☆」なーんて書き込みをする人ばかりではないという事だ。ネタや注意喚起にはなるが相当恥ずかしい。身バレの危険もある。SNSをやらない人だっている。
もしかしたらネットに穴について書き込みをしているのかも知れないが、俺が思いつく限りのワードで検索しても出てこないということは、その程度の広まり方しかしていないという事だろう。
これが通り魔に刺されたとか、穴の中でゴブリンに襲われたとかだったらすぐに警察に連絡がいって噂が広がっていっただろう。
しかし、ゴブリンは隠れてロープを落とす係しかやっていない。つまり姿を見られていない。
侵入者達目線だと『下水工事か何かで放置されている穴に財布が落ちていたから、なんか垂れていたロープを伝って降りて行き、運悪くロープがほどけて落下してしまった不幸な事故』という認識になるのだ。
穴に落ちたのはただの事故! 警察がダンジョンを問題視して突入してくるような事件性はない! 圧倒的平和! 解決ッ!
天が俺達に味方してくれているようだ。ありがたい。
とはいっても流石に一週間を過ぎると、一日に1、2回は制服を着たどこかの職員や作業員がやってきて、現場を調べるようになった。が、地上で見張っている俺がタイミングを見計らってダンジョンちゃんに合図して穴を閉じてもらうようにしているので、未だに国や会社をバックにつけたヤベー集団には目をつけられていない。
ダンジョンちゃんは息をするために最低一つはダンジョンの出入り口を開けておかなければならないが、俺の家の玄関の穴を開けておけば事足りる。路地裏の穴はヤバくなったら閉じて、安全な時だけ開けておけばいい。
穴を開けるのも閉じるのも生命力を消費するので、あまり乱発するわけにもいかないが。
ダンジョンちゃんとの連絡にはスマホを使っている。ダンジョンちゃんはまだ一階層しかなく、地下とはいっても何百メートルも下にいるわけではないので、なんとか電波が通る。
ダンジョンちゃん用のスマホ代でただでさえ少ない貯金の残高減少が加速するため、早いとこ金銭問題を解決したいところだ。五千兆円ぐらい持ってる美人で可愛くて性格の良い女の子に一目惚れされて求婚してもらえれば解決なのに、そんなに簡単な事ができないこの世の中はまったく酷いもんだよはーまったく。
なおダンジョンちゃんはダンジョン内のスマホを自在に操作できるため、手が無くてもスマホの扱いには困っていない。
ダンジョンちゃんは「一定以上の規模及び複雑性を有する回路に対し正確な翻訳・伝達を行う能力」を種族特性として生まれつきもっている。だから複雑な脳神経回路を持つ人間とテレパシーで会話ができるし、複雑な電子回路を持つスマホで会話(?)もできる。
ラジオと懐中電灯、100均の電卓は無理で、ノートパソコンと最新ゲーム機はいけたから、ざっくりそのあたりに操作できるかどうかの境界線があるようだ。
ダンジョンちゃんはスマホを使うようになってから頻繁にメールや電話をしてきた。新しいおもちゃを買ってもらってハシャぐ子供のようで微笑ましい。
ダンジョンちゃんの世界に電気機器はなく、『雷のチカラを封じて動くマジックアイテム』の存在に最初はめちゃめちゃ驚いて恐れおののいていた。今はそこまでビビってはいないが、決して潤沢とはいえない生命力をがっつり消費してピンク色のキラキラした頑丈なスマホカバーを作り大切に使っている。かわいい。
二週間経つ頃にはまとまった量の生命力が確保できたので、最低限の拡張をした。通路を伸ばし、二部屋増設し、ゴブリンも十匹ほど増やす。これで一般人三、四人程度なら囲んで殴って追い返せる程度の備えはできたわけだ。
ただし警察官とか自衛官、武術や剣術の達人が乗り込んできたらたぶん突破されるから、まだまだ油断はできない。
今日も出費を気にしつつクッキーとコーヒー一杯で路地裏が見える喫茶店に居座る。700円で丸一日居座ってなんの文句も言われないのは助かる。なんなら店番のじいちゃん客の前で居眠りはじめるからな。客に関心ゼロ。完全な道楽営業だ。
四脚椅子を後ろに傾け二脚だけにして揺らしながらスマホゲーに集中していると、着信があった。発信元は「ダンジョンちゃん」。
こいつ一時間に一回はかけてきやがる。
スマホを耳に当てて通話を開始すると、ダンジョンちゃんはいきなり興奮した高声で鼓膜を破壊しにかかってきた。
『ギドー! ギドーっ! ちょっとこっち来て! 今すぐ来て!』
「うっるせ! なんだどうしたん?」
『すっごいギドー好みの可愛い女の子捕まえた!』
「な、なんだって!?」
『早く早く! 今追い詰めてるから! ここでギドーが颯爽と助ければもうベタ惚れでしょ!』
「よっしゃ!」
ガッツポーズした。最低にゲスで最高の知らせだ。
困ってる女の子は助けてくれた男に惚れるって漫画にも書いてある。これはもうガチだろ。勝利確定では?
かーっ! すまんなダンジョンちゃん、ダンドー婚活戦線結成してまだ二週間だけど俺一抜けするわ。
俺がいなかったら普通に死にかねないところを俺のおかげで助かるんだからこれは実質ピンチに駆けつける白馬の王子様。俺はウッキウキで700円をテーブルに置いて店を飛び出し、ダンジョンに急行した。
勝ったな!(確信)
「本当にそう思うか?」
「なにっ」
急に目の前に現れた評価ボタンに遮られ、勝利の確信が揺らぐ。
そう、そうだ。俺は何かを見落としているような……?
「気付いたようだな。あとがきの下のあたりとかなんかそのへんを探すんだ。あるだろう、アレが」
「!!! そうか、分かったぞ! 俺に足りなかったものは――――」
天啓を得た俺は全力で評価ボタンを押した。これでもう大丈夫だ。
評価ボタンを押せば恐れるものなど何もない。今度こそ勝ったな!!!
~ハッピーエンド~