05 ファーストペンギン
俺発案のダンジョンちゃん初期生存戦略は単純だ。
ダンジョンちゃんの部屋から地上に繋がる垂直な穴を作り、底に俺の財布を落とし、懐中電灯を転がしてライトアップしておく。ロープも垂らしておく。
で、穴を覗き込んで「なんや財布落ちとるやんけ! 拾ったろ!」と穴を降りてきた侵入者を落として餌食にする。
これだけ。
馬鹿馬鹿しくも思えるが、馬鹿は引っかかるからオールオッケーだ。財布が落ちてたら拾いたくなるのが人間の本能。貧乏ならなおさら。
もっと言えばこれ以上複雑で強力な戦法を取る資源も余裕も何も無い。選択の余地、無し!
アパートの玄関までトンネルを這い上がり、運動不足からの過酷な登攀で過呼吸気味になりながらしばらく休憩する。ウルトラしんどい。梯子か何かが欲しいところだ。それ以前に運動して体力つけろって話だが運動する時間あったら一分でも長く寝たい生活してたからなあ……つら……
でもこれからは人生が良い方向に進むと信じたいしなんならダンジョンちゃんと力を合わせて力づくで良い方向に捻じ曲げてやっからなぁ! みとけよ!!!
呼吸が整ったら早速深夜営業のホームセンターに向かい、ロープを購入。急いでダンジョンちゃんの直上ポイントに向かった。
ダンジョンちゃんの部屋から斜め上にトンネルが伸びていて、これが俺のアパートの玄関までぶち抜かれている。
そのトンネルとは別に真上に伸ばしたのが二つ目のトンネルで、開通先は好都合な狭い路地裏だった。横断歩道のど真ん中とかではなくて良かった。
幸いここは日本最大の人口を抱える大都市東京。大通りから離れた小道でも人の往来はそれなりにある。顧客が全く来なくて閑古鳥が鳴く事もあるまい。
穴に財布を落とし、穴の開通時にダンジョンちゃんが作ってくれた出っ張りにロープを結んで垂らし、完成。作業は三十秒で終わってしまった。
「何やってんだ」
「おっほぇ!?」
怪しげな工事を見咎められる前にさっさと立ち上がって撤退しようとすると、後ろから声をかけられ変な声が出てしまった。
声をかけてきたのは片手に酒瓶を持ちタバコを咥え目が血走り一週間風呂に入ってないような臭いのするぼさぼさ髪に無精ひげの役満男だった。
体が固まった。頭も固まった。
「……アッいえ何でも、何でもない、ほんと何でも無いんで大丈夫ですほんと何でもないんで」
死ぬほど酷い誤魔化しが口から勝手に飛び出して死にたくなった。
いやでもこんなん挙動不審にならん方がおかしいだろ。
どうしようヤバいの来ちゃったぞ。素でヤバそう。小細工を見咎められたとかそういうシチュエーション以前にこの男単体でヤバい。
「何隠してんだ? どけよ」
「いや別に隠してるわけじゃ? ないですけど。財布、財布を穴に落としちゃってですね懐中電灯も落としてですねロープ買ってきて垂らしてみたんですけど降りるの怖いなみたいな」
「ふーん……」
男は俺を押しのけて穴を覗き込んでいる。
ど、どうする? いっそ突き落とすか?
正直殺っちゃっても良い気はする。死体はダンジョンちゃんが吸収するから、目撃さえされなければ証拠は残らない。
俺は今までずっと社会に従い社会に尽くしてきたが、社会は俺を守ってくれなかった。そのせいか自分でもこれちょっとやべぇなと思うぐらい人を大切にしようという気持ちが湧いてこない。物理的にも精神的にも腐臭がする野郎相手なら湧くどころか枯れる。
しかしもちろん美人で可愛くてスタイルと性格が良くて俺の事だけが大好きなおっぱい大きい女の子がいたら大切にしたいなと思う。俺の心を癒して包み込んでくれる嫁さん急募。
男は顎をさすり穴を覗き込みながら言った。
「十割な」
「え?」
「財布はまあ返してやるわ。中身は全部俺のな」
「あ~……」
はいはい完全に理解した。
ブラック企業で培われた俺の嗅覚が言っている。
コイツはクズ野郎だ! それも別に嗅覚無くても分かるレベルのあからさまなクズ野郎だーッ!
「それなら拾わなくてい」
「はい決定~! 後で文句言うなよ?」
クズ野郎はヘラヘラ笑いながら何が面白いのか俺の肩をド突き、ロープにぶら下がって穴を降りはじめた。
うーん! なんて親切な奴なんだ。死んでも良心が痛まないようにケアしてくれるなんて優しさの塊では?
クズ野郎がロープを二、三メートルほど降りたあたりで、穴のくぼみに隠れていたゴブリンがロープの端を掴んで思いっきり引っ張った。引き解け結びで結ばれていた結び目がほどけ、ロープは支えを失う。
「はっ!? あああああああああああ!」
クズ野郎は空中でじたばたもがきながら落ちていき、地面に激突して動かなくなった。
そしてすぐに服だけ残して消滅する。死亡をトリガーに生命力を全て吸いつくされた事で肉体を保っていられなくなったのだ。
はい。死にましたね。
できれば殺さず半殺しにしてキャッチ&リリースしたいのだが、どの程度の高さで半殺しにできるか分からないため、最初の一人は適当な高さから落とす事にしてある。ちょっと高過ぎたようだ。
うむ。
ギミックの起動を確認できたし、ダンジョンちゃんも生命力を稼げた。
順調な滑り出しだ。この調子で頑張っちゃうぞ!
評価ボタンくん「俺も頑張る。だから絶対俺を押すなよ、絶対押すなよ、やめろっ、押すな、押すな、押す、押し、押して、押してくれぇえええええええええああああああああああ押しちゃった!!!」
それが評価ボタンの最後の言葉だった。役目を果たした評価ボタンの顔は穏やかだった。
命を賭し、全てをやり遂げた漢の顔であった……
~ハッピーエンド~