44 ~ハッピーエンド~
誘導地点の生垣の陰にテレビ通話をオンにしたスマホを仕掛け現場の様子を見れるようにしてから、俺はダンジョンに入って出雲の誘導を待った。全身黒ずくめに覆面の人喰いスタイルだ。
今回の作戦についてはダンジョンちゃんにも了承してもらっている。OKする時のダンジョンちゃんはめっちゃ声が震えていた。申し訳ない。でも岩清水はレベル次第だが銃殺や爆殺が効かないほどの高耐久になっている恐れがある。万全を期したい。今度壁磨き手伝うから許して。
誘導地点はいつも岩清水が冒険者狩りに使っている人気の無い場所のすぐ近くだ。
周囲に人がいなければ岩清水が出雲を仕留めにかかる可能性は高い。が、その前に俺が岩清水を仕留める。何も問題はない。
いつ冒険者狩り狩りを決行できるかは出雲の気分次第だ。一週間後かも知れないし一ヵ月後かも知れない。
のんびり待つつもりだったのだが、スマホを仕掛けた三時間後にもう出雲が鼻の下を伸ばした岩清水を引き連れてやってきた。
はっやい!
でかした!
やっちゃうぜ!
俺はダンジョンちゃんからの支援を受け、レベルを一気に12まで跳ね上げた。これだけ上げれば――――
ダンジョンの直線通路を全力で走る。
全力疾走で助走をつけ!
渾身の力で!
真上に向けて拳を振り上げて跳び上がるゥ!
「おらぁあああああああああああああああああああああ!!!!!」
この位置の直上はダンジョンちゃんに頼んで天井を薄くしてもらってある。たった四メートルしかない。俺は四メートルの地盤を力づくでぶち抜いて地上に飛び出し、真上の岩清水を殴り上げた。
「!!!????」
「なんだぁ!?」
突然足元が爆散し宙に殴り上げられた岩清水は声も出ない。それを見上げる出雲も仰天していた。
ダンジョンちゃんにしてみれば自分の胃壁が内側から破られるようなものだから凄まじい激痛が走るし、そもそもダンジョンは強引な構造破壊に対し強力な耐性を持つ。地殻貫通弾頭すら跳ね返せるはずの耐性は一時オフになっている。
だから岩清水にとっては寝耳に水の完全奇襲として成立する。体内のダンジョンとの対話でダンジョンに関する情報を得ていたとしてもこんな常軌を逸した力づくの作戦は想定不可能だ。
できれば一撃で仕留めたかったのだが、四メートルの地盤を貫通する時に相当威力が削がれてしまったらしい。岩清水はまだ生きている。俺は混乱状態の岩清水の足首を掴み、ビルの壁を蹴ってダンジョンの中に戻った。俺が戻ると同時にダンジョンちゃんが素早く破壊された天井を塞ぐ。
落下の勢いを乗せ、通路の床に岩清水を全力で叩きつける。鉄塊だろうとひしゃげる威力のはずが岩清水は口から血を吐くだけで耐えた。
こいつ死なねぇ! レベル10……いや11はありやがる。
人間の体内に展開しているダンジョンならモンスター召喚や財宝設置、階層拡張の支出がない。レベルアップして生命力総量を増した冒険者を殺して丸ごと吸収した生命力のほとんどを岩清水のレベルアップに充てる事が可能だ。
とはいえ今までにどの程度生命力を蓄えたのか底が知れない。突然レベル20ぐらいに跳ね上がる事も有り得る。何かされる内にトドメを刺さなければ。
俺がマウントポジションをとって全力でボッコボコに殴りまくっていると、岩清水は拘束を解こうと暴れながら悲鳴を上げた。
「おいダンジョン! 何してやがる! さっさと助けろぉ!」
『いやァ、こいつも『迷宮の同盟者』みたいだし。お前はもういいよ。死んどけ』
「貴様ぁあああああああああああああ! ……ぁ」
「あ」
冷酷な男性の声が岩清水から聞こえたかと思うと、岩清水の胸の辺りから赤い球体――――ダンジョンコアが浮かび上がり零れ落ちた。
途端に桁外れの頑強さで俺の攻撃に耐えていた岩清水の体から力が失われ、続く一発ではじけ飛んだ。その死骸も光の粒になり宙に溶けて消える。
「うわあ……」
哀れなり、岩清水。俺と同じ『迷宮の同盟者』でも、俺と同じような絆を結んでいるわけではなかったようだ。
あっさり見捨てられて死におった。
因果応報なんて胡散臭い言葉だと思っていたが、散々人を利用して使い捨ててきた岩清水が使い捨てられるところをみると世の中案外因果のつり合いが取れているのかなと思えてくる。
『そこの人間、悪いが早いとこ俺を拾ってくれ。今よりもっと強くなれるし、もっと良い思いできるぜ?』
憐れみと共に復讐の達成感を噛み締めていると、ダンジョンコアが点滅しながら悪魔の誘いを仕掛けてきた。
「…………」
『なあおい、頼むぜ人間。分かるだろ、このままだと死んじまうんだよ。おいここのダンジョンもこれ聞いてんだろ、なんとか言ってくれよ』
ダンジョンコアの明滅が急激に弱々しくなっていく。
ダンジョンちゃんは沈黙している。黙殺する構えらしい。
俺も黙ってクズとはいえ仲間を切り捨てた奴の死に様を眺めていようと思ったが、完全に死ぬ前に物凄い勢いで静かな足音が近づいてきた。
闇夜を駆ける俊敏な狼のようにやってきた出雲は、ふわりと停止して汗を手で拭いながら周りを見た。
「なに? もう終わった? 助っ人要らない感じ? ああ服落ちてんね、死んだんだ。それがダンジョンコア?」
『おおっ、もうそこの人間でいい、俺を拾ってくれ!』
「……喋った」
『喋るだけじゃあないぞ、人の身に余る力をくれてやる。だから早く拾え!』
「は? なんなんだオメーは。狼は命令なんて聞かない」
『ヌッ!?』
「出雲!?」
出雲は躊躇なくダンジョンコアを踏みつぶした。ダンジョンコアは汚い断末魔を上げて沈黙する。出雲が足を退けると、そこには粉々に割れた赤い破片があり、その破片も光の粒になりダンジョンちゃんに吸収されていった。
出雲さん……?
何やってんの?
踏みつぶしちゃったよ。
いや出雲に譲り渡す約束? なんだから売ろうが使おうが壊そうが好きにすればいいんだけど。
どんなに低く見積もっても数千万円はくだらない貴重な財宝をあっさり破壊した出雲はしかし欠片も惜しそうではなかった。
コイツは本当に自分のやりたい事やって生きてんな。そのせいで破滅しかけていたわけだが、冒険者になって本当に生き生きとしている。見ていて恐ろしさはあるが、なんというか、その生き様には清々しさのようなものさえ感じる。障害だらけの生き方だが嫌いじゃない。
出雲はダンジョンコアを踏みつぶした足の裏を汚そうに地面にこすりつけ、いつもの猫背で俺を見上げ聞いてきた。
「結局コレなんだったの」
「なんだったってなんだよ」
「いや、ギドーが婚活以外の事するの珍しいからさ」
そうか? そんなに俺婚活ばっかりしてるイメージある? ダンジョンちゃんと共同経営の相談ばっかりしてると自分では思ってたんだが。
……でも思い返せば確かに他の冒険者との会話の八割ぐらいは婚活関係の気がする。
「まあ個人的因縁みたいなもんだ。頼れるの出雲しかいなくてさ、本当助かった。これで心おきなく婚活に戻れる」
「やっぱり婚活かよ。まあ、本当に相手に困ったら私に言え。ギドーになら最終手段を用意してやれる」
「え、何? 5億円ぐらい貯金があって可愛くて性格良くておっぱい大きくて俺の事が大好きで他の男にフラフラしない女性紹介してくれんの?」
「……まだ二千万」
出雲は何故か小声で呟き、俺に背を向け心なしか早足で立ち去った。




