43 突撃隣の出雲さん
出雲と俺は連絡先を交換していないが、隣の部屋に住んでいるため連絡は簡単にとれる。薄い壁のせいで隣の部屋で生活音がすれば在宅だと分かる。
俺がタイミングを見計らって出雲の部屋を訪ねると、ゴミ袋やコンビニ弁当の残骸、ビール缶だらけの部屋に恥ずかしげもなく上げてくれた。
部屋に上げてくれたのは嬉しい誤算だったがゴミ部屋なのは嫌な誤算……いや誤算でもないな。普段の恰好からしてもう身だしなみや身の回りの物に気を付けるタイプではないのは目に見えていた。
「適当に座って。で、何」
メリハリの利いたモデル並の体型がよく分かる、タンクトップに短パンの油断しきった服装だ。冷蔵庫からビール缶を出しプルタブを開けながら出雲はぶっきらぼうに聞いてきた。
まってこいつ下着つけてなくない……? 誘ってんの……? いや手を出した瞬間にその手を喰い千切られるんだろうけど……
「座る場所ねーよ。用件は、あー、最近起きてる冒険者狩りの犯人についてなんだが」
「何? 冒険者の同士討ちの話? そんなのほっとけばいいんじゃないの、殺し合おうが奪い合おうが全部自由でしょ。ギドーも簡単に殺されるほど弱くないんだし気にしなくていいんじゃない」
出雲は興味なさそうにビールを煽る。知ってた。お前はそういうヤツだよ。
「それがな、そいつには個人的に恨みもあるしクソ野郎だから冒険者狩りを狩ってやろうと思ったんだが」
「狩ればいいじゃんか」
「まあ聞け。そいつは地上でも刻印の力を使えるんだ。地上で狩るのは分が悪い。かといってダンジョンに誘い込んで対等に持ち込むのも無理だ。そいつの性格からしてアドバンテージが無くなるダンジョンには入って来ない」
「それで?」
「協力し」
「やだ。狼は群れない」
最後まで言い終わる前に出雲はキッパリ断った。
そうだな、今のは言い方が悪かった。
出雲は俺の事が嫌いではないはずなのだ。俺はそう信じてる。出会ってすぐの頃の出雲は話をするのも嫌がっていたし、家に上げてはくれなかっただろう。今出雲とこうしていられるのは間違いなく仲良くなったからだ。
出雲が納得できる形にすれば事実上の協力体制は敷けるはず。
言葉を選んでもう一度だ。
「OK、こうしよう。何も頼まない。情報提供だけする。こうしてもらったら嬉しいっていう俺の気持ちも喋る。出雲がどうするかは出雲の好きにすればいい」
「……続けて?」
「この写真の男が多摩川ダンジョン入口のあたりをうろついてる。こいつが冒険者狩りだ。人目につかない場所で冒険者を殺して持ち物を奪ってる。地上でも刻印の力を使えるが、人目につく場所では使わない」
「キモい顔してんな」
写真を受け取った出雲はド直球の罵倒をさらりと吐いた。まあね、俺もそう思う。顔で人の全てを判断するわけではないが、この顔であの性格だったらそりゃ死ぬほど嫌われる。
「で、こっちが印刷してきた地図だ。この地図のこの赤丸の場所にこいつを誘導してきてくれればこいつは死ぬ。出雲が誘えばこいつは絶対ついてくる。女好きだしな」
俺はもう目を付けられているから、誘導しようとしてもついてこないだろう。それに作戦の都合上誘導役と俺は別にする必要がある。
「なんで私がそんな事しなくちゃいけないの?」
「出雲が『そんな事』をすればたぶんダンジョンコアが手に入る。俺は要らんから譲るよ」
「………………………………………………………………ふーん。じゃ、コイツがダンジョンコア持ってるんだ。ダンジョンコア持ってれば地上でも刻印の力が使えるわけね。で、ギドーはそれを知ってる。でもダンジョンコアを持ってはいない。持ってればギドーも地上で刻印の力使えるから私に手伝い頼まなくても一人でなんとでもなる。という事はダンジョンコア持ってないのにダンジョンコアの効果を知ってる事になる。自衛隊が潰した第二ダンジョンのコアの研究結果を知った? そんなワケがない。ギドーは国家機密レベルの情報にアクセスできる人間じゃない。ギドーは前から妙にダンジョンについて詳しかった、自力で調べて解明したと考えるには詳し過ぎる。ここから導き出される結論は――――」
長めの沈黙の後、出雲はスラスラと推理を語った。
微妙に外れているが大筋は合ってる。こいつマジで鋭いな。積極的に人と交流して情報収集する性格だったら今頃名探偵になっていたんじゃないだろうか。
「――――ギドーは昔ダンジョンと話した事あるんだ。でもそのダンジョンはこの男に踏破されて、ダンジョンコアもこの男に奪われた。今回のはその復讐ってとこか」
「よく分かったな! そうだよ、そういう事なんだよなあ」
「……違うなら違うって言えよどうせ声で分かるんだから。くそ、恥っず!」
「いや惜しかった惜しかった」
実際最後の結論以外ほぼ正解だ。ちょっとドキドキした。
「まあ話は分かった。私の好きにする」
「そうしてくれ。あとできればこの事は内密にしてくれよ」
「する。というかそもそも話す相手いないもん」
秘密にしてくれるのは助かるが悲しい事言うなよ……
「神代さんとかと話さないのか? なんか借り返すとか言ってただろ」
「あいつ女狐だから喋りたくない」
意外にも出雲は心底嫌そうに吐き捨てた。
言うほど女狐か? 若くして社長になり、その辣腕でダンジョン委託案件をもぎ取り大きな失策もなく切り盛りしているのだからほんわかした優しいだけの人ではないのは俺も察している。しかし女狐というほどとは思えない。
「女狐ってほど狡猾な感じではないだろ。良い人じゃん」
「どこが? だってアイツ私が借り返そうとするとのらくらかわしてくるもん。借りっぱなしにさせておきたいんだよ。借りがある限り私が強く出れないの分かってんの。繋ぎ作って後で利用するために切らないようにしておこうって魂胆がもう透けて見える」
「そりゃ穿ち過ぎだ」
「甘い! ギドーはよくあいつの事褒めるけど、話聞いてれば名前聞かれたの告白の後じゃん。最初に会った時は聞かれなかった、つまり興味持たれなかったのさ。初対面でとりあえず外面取り繕って流しておいて、その後ギドーが一線級冒険者だって知ったから繋ぎ作るために馬鹿みたいな告白してきても冷たくしないで友達関係に持ち込んだわけよ。もうやる事なす事全部打算。ペッ!!! ギドーも関わらない方がいい」
「なんだ嫉妬か? 俺が他の女と仲良くしてるのは嫌か」
友達の事を悪く言われて良い気分はしない。茶化して話を流そうとすると信じられないほど冷たい目で蔑まれた。
「その冗談が面白いと思ってるならギドーの脳みそゴミだから捨てろ」
「あ、はい……」
そんな言わなくてもいいじゃん。罵倒キツ過ぎて泣きそう。
話す事は話した。退散しよう。危険な囮役をこなせるのはあらゆる意味で出雲しかいない。岩清水をハメ殺しにできるかどうかは出雲次第だ。
俺がそろそろ帰ると告げると、出雲はビール二缶目を開けながら玄関まで送ってくれた。
靴を履いて外に出たタイミングで、軽く酔って頬をほんのり染めた出雲が何気なく言った。
「ああそうだ」
「ん?」
「嫉妬はちょっとしてる」
俺が何か言葉を返す前に、出雲は俺の鼻先で家が震えるほど勢いよくドアを閉めた。




