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41 歩くダンジョン

 岩清水はよくガーディアンズ所有の多摩川ダンジョン入口近郊に出没する。ガーディアンズは自由に冒険者が出入りできる代わりに監視・管理の目が薄い。江戸警やOIS社は所属冒険者を厳密に管理しているから、誰かが消えればすぐ分かる。

 確かに襲うならガーディアンズが狙い目に違いない。小賢しいというか目端が利くというか。なぜそういう知恵を善良な方向に活かせないのか……


 まず初日は遠目に観察をした。岩清水は高そうな仕立ての良いコートを着てカッコイイブーツを履いて洒落た伊達眼鏡をかけ、一見して上流階級の人間に見えた。本性がゴミクズカスでも身なりが良ければ悔しいがちゃんとした人間に見える。小汚いおっさんよりも身綺麗なおっさんの方が冒険者も油断する。

 中でも俺が注目したのは岩清水が厚手の手袋をしている事だった。


 手袋ぐらい何も怪しい事ではないが、岩清水がやっている事を思えば大変怪しい。

 冒険者界隈で手袋をする理由といえば、怪我の防止か刻印を隠すか、だ。

 ダンジョン外で活動している岩清水が怪我の防止目的で手袋をするとは思えない。たぶん、岩清水はどこかのタイミングでダンジョンに入り、刻印を獲得し、それを隠しているのだ。


 刻印は本人の才能、経歴、趣味嗜好などを統合し自動決定される。岩清水のような性根が腐ったヤツなら性根が腐った刻印が刻まれる。まあ実は練習さえすれば偉大な芸術家として歴史に名を刻めるだけの途轍もない才能が眠っている、とかだったら腐った経歴と趣味嗜好を跳ねのけて芸術家系の刻印になる可能性もあるのだが、まずないだろう。そういう刻印だったら隠す意味もない。


 何か見られたらマズい刻印なのではないだろうか。もしかしたら地上でも効果を発揮できる特殊な刻印……?


 その思いつきをダンジョンちゃんに電話で話してみると、それはない、との答えが返ってきた。


『刻印はダンジョンの中じゃないと効果無いよ』

「本当に? 絶対? 例外なく?」

『ええ……うーん、そうだね、厳密には体の一部がダンジョンの中に入ってれば効果あるから、例えば片足のつま先をダンジョンの中に入れとけば地上にある右手で魔法使うとかそういうのはできるけど』


 それは流石に無いな。岩清水は多摩川ダンジョン入口で活動しているが、ダンジョン入口の真横で入り口に片足突っ込みながらコソコソしているわけではない。少なくとも何十メートルかは離れている。


「他には?」

『他に……ああ、ダンジョンコアを持ってれば地上でも魔法使えるよ。使い方知ってればの話だけど』

「そういや自衛隊駐屯地で即落ち2コマした奴のコアがあるのか。でもそれはなあ」


 そのコアは日本政府の極めて厳重な警備・管理の下で研究が行われているはずだ。盗み出すのも借り受けるのも買い取るのも不可能。流石に無い。


『それぐらいかなあ。他にも抜け道みたいなのあるかも知れないけどちょっと思いつかない』

「分かった、ありがとう」


 通話を終えて考える。

 考えたがやはり分からない。岩清水はどうやって冒険者を消しているのか?

 発想を変えて刻印や魔法の類ではなくトリックや手品ではないかと考え色々調べてみたが、冒険者失踪現場を丹念に調べても抜け道は無かったし、手品本やネットで調べた限りでは岩清水が実行できそうな消失マジックのネタも見つからなかった。

 そもそも岩清水はそんな手の込んだ事をする奴ではない。バレないように隠蔽工作はするが、雑だ。冒険者の失踪も財布や服を現場に残さず回収しておけばもっと発覚を遅らせる事ができただろうに、放置するから疑いが深まる。

 たぶん、そんなに複雑な事はしていないはずなのだ。


 考えても分からず、面倒臭くなった俺は直接問いただす事にした。強引に現場を押さえてしまえば何が起きているか分かるだろう。

 岩清水には冒険者を消し去る正体不明の力があるが、人気のない物陰にわざわざ一人ずつ連れ込んでいる事から一方的かつ絶対的な力ではないと推測できる。警戒し、逃走経路だけ確保しておけば逃げるぐらいはできるはず。


 翌日夕方、多摩川ダンジョン入口を一望できる橋の上で双眼鏡を持って監視していると、岩清水が現れた。取り繕った笑顔を浮かべ、ダンジョンから出てきて換金を済ませ家路に就こうとしている冒険者に声をかける。俺は目を離さないようにしつつ急いで現場に急行した。

 岩清水は冒険者と談笑しながら段々入り組んだ小道に入って行く。何度か見失いそうになりながらも追いつくと、ちょうど人気の無い地下駐車場の屋内階段に入っていくところだった。階段の入り口にはドアがあり、そこを閉めてしまえば外部からは目撃されない。少しの間だけ都会で人目を避けたいなら絶好の穴場だ。エレベーターの中などの閉鎖空間とは違い逃げ道もある。


 階段に二人の姿が消えた数秒後、俺はほとんど体当たりしてぶち破るようにして階段のドアを開け、現場に飛び込んだ。


「ぅおわ!? なんだなんだぁ!?」


 驚く岩清水は右腕を前に突き出した姿勢をとっていた。足元にはほんの数秒前に見た冒険者の服が落ちていて、一瞬服のあたりに光が舞っていた気がした。

 奇妙な残光に気を取られている間に、岩清水は大慌てで手袋をはめなおしていた。しまった、確認できなかった。


「ごほん、誰だ君は急に」

「誰って……」


 こいつ俺の事忘れてる? 本当に誰なのか分かっていなさそうにしている。前より身だしなみしっかりしてるし血色も良くなって印象変わった自覚はあるが、流石に分かれよ。

 腹立つなおい。使い捨てた元部下の事なんて記憶に留める価値もないってか。


 名乗って挨拶するべきか、とりあえず挨拶代わりに殴り倒して刻印を確かめるべきか迷っていると、電話がかかってきた。ダンジョンちゃんの着メロだ。なんだこんな時に。


「ちょっと失礼、すぐ済むのでちょっと待っていて貰っていいですか」

「本当に失礼だな」


 うるせーなほっとけ!

 不機嫌そうな岩清水だったが粘っこい目で俺を見つめ右手ニギニギしながらその場にとどまった。

 岩清水の気が変わらない内に少しだけ距離を離し電話を取る。


『あっギドー! つながった!』

「どうしたダンジョンちゃん、今忙しいから手身近に頼む」


 何ができて何をしでかすかも分からない岩清水を前に悠長に電話をするのは怖い。話を促すと、ダンジョンちゃんは大慌てで叫んだ。


『近づいて分かった、近づかなきゃ分かんなかった! 気配がする。そいつの中にダンジョンがいる! その岩清水って人間の体の中、ダンジョンになってる!』


 なにぃいいいい!?


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