40 冒険者狩りの男
ダンジョンを冒険する冒険者には引退が多い。
特にインターン制を利用しているガーディアンズではその傾向が顕著で、お試しで一回ダンジョンに潜ってみて、他の冒険者の雰囲気が怖いから、とか、思ったより儲からなかったから、とか、刻印のレベル上げがかったるいから、とか、しょーもない理由で辞めていく。どんどこ気軽に冒険者になってどんどこ気軽にやめていき、そのうち数パーセントが定着していく。
冒険者として活動を定着させても、やっぱり引退はする。順調に行っていたけど続けていたら段々飽きてきてやめた、とか、ゲームにハマってそっちに時間を使うようになった、とか、ゴブリンや他冒険者にボコされて怖くなった、とか。あとは怪我を負って療養のために現場を離れている内に心まで離れてなんとなくめんどくさくなって行かなくなった、とか。
まあ理由は色々ある。
世は大冒険者時代。一度でもダンジョンに潜った事がある刻印持ちを冒険者と呼ぶのなら、冒険者人口は三万人を余裕で超えている。
そして数すらちゃんと把握できていないのに、個人の動向を全て追えるはずもなく。
冒険者を辞めて行った人達の中の一部に岩清水の冒険者狩りに遭った被害者がいた事に、俺もダンジョンちゃんも(もちろんダンジョンくんも)全く気付いていなかった。
冒険者狩りとは文字通り冒険者を狩る行為の事だ。
興信所の調査によると、岩清水は偽名でホテルに泊まっていて、夜な夜な出かけていって冒険者に声掛け事案を起こしているらしい。良い人面して言葉巧みに誘ったり、脅したり宥めたりして人気の無い場所に連れて行き……そして一人で戻ってくる。その後、決まって迷宮産の金や香辛料を売りに行くため、冒険者から財宝を奪っているのは確定で良いだろう。
しかし誘われた冒険者はどこに一体消えたのか?
興信所に頼んだのは岩清水の所在特定だったが、何やら怪しげなので素行調査も追加で頼んだ。
ダンジョン内は事実上の無法地帯だが、岩清水が冒険者狩りをしているのは地上だ。脅迫、暴行、誘拐、どれをやっていても明確に犯罪になるし取り締まられる。
冒険者をどこかに連れて行き一人で帰ってきたからといって、冒険者を「消して」いるとは限らない。餌食にされた冒険者は普通に時間差で別ルートから自宅に戻っていっただけかも知れない。
岩清水は極めて自分本位で、能力ある優秀で献身的な部下を私利私欲のために陥れ使い潰し捨てる事になんの躊躇いもない。冒険者を消す――――殺す事もするだろう。それが自分の儲けになると思うのなら。
しかし一方で誤魔化しもする。単純な横領、犯罪はしない。雑ではあるが罪を他人に押し付け責任逃れをしようとする。狡猾とまでは言えないがコスい真似をするのだ。
興信所の調査も初日は上手くかわした。岩清水は冒険者を物陰に連れ込んだが、そこは外からの死角になっていて、中の様子は分からなかったという。何事かが起き岩清水が立ち去った後現場を確認しに行くと既に冒険者の姿は無かった。人が隠れられるような空間はなく、調査員の目をかいくぐって立ち去ってしまったか、忽然と消えてしまったかだ。
が、岩清水は決して神算鬼謀の完全犯罪者ではない。二日目には証拠が掴めた。
岩清水は文字通り冒険者を「消して」いた。
決定的証拠映像を掴んだわけではない。ただ、現場は袋小路で、出入りできる通路が一つしかなく、岩清水が去っていった後、袋小路の植え込みの陰に冒険者が着ていた物と全く同じ服が投げ込まれていた。財布もあったが、中身を全て抜かれていた。
俺はこれを受けて興信所に調査を中止してもらった。
これはヤバい案件だ。いかなる手段か、岩清水は冒険者を消している。興信所の調査員の存在に気付いたら彼らまで消されかねない。彼らも仕事でやっているんだからそこそこの危険は承知だろうが流石に命を賭せとまでは言えない。給料に見合わない依頼人の無茶な追加要求……安請け合いする上司……現場に集中する負担、圧力……ウッ頭が……
岩清水が冒険者を消しているとして、なぜ今までバレなかったのか。
これはたぶん、冒険者が根本的にアウトローだからだ。ダンジョンに潜るのは危険で、死者も出る。ダンジョンで死ぬと死体が残らない。だから冒険者が行方不明になって死体も見つからないと、ダンジョン内で死んだと思われるのだ。
冒険者は姿が消えても怪しまれない。少なくとも他の職種従事者ほどには。岩清水はそこに上手くつけ込んだのだろう。
そこまで考えた俺はダンジョンと岩清水の類似に気付いた。
ダンジョン内で死ぬと死体が消え、冒険者が身に着けていたもの、つまり服と所持品だけがその場に残される。
岩清水に消された冒険者も本人が消失していて、冒険者が身に着けていたものだけが現場に残されている。
この関連が偶然の一致とは思えない。岩清水には何かがある。ただのクズ野郎に収まらない、何か不吉な隠し事がある。そしてそれは恐らくダンジョンに関係がある。
何かが起きている。
ダンジョンに関係がある以上、隠し事の内容によっては俺やダンジョンちゃん、ダンジョンくんへの致命打になり得る。警察に通報して公になると不味いかも知れない。
俺は自分で岩清水を尾行する事にした。場合によっては尾行で終わらず馬乗りになってしこたま殴る事になるかも知れないが、さて。
岩清水は三秒で俺の尾行に気付いた。
「何やってんだお前」
「ひえっ……あの、いや、別に……」
ブラック企業勤め時代に染みついた上下関係がまだ抜けきっていなかった。高圧的に声をかけられただけで頭が真っ白になり、目も合わせられない。だめだぁ、やっぱり岩清水には勝てないんだぁ……心が敗北を認めてしまっている……
「お前は何もしらない、何も見てない、いいな?」
「あ、はい……」
「分かったら評価ボタンとブックマークボタンを押して家に帰って震えてろ」
「は、はいぃ……」
俺は言われた通り評価ボタンとブックマークボタンを押し、岩清水をタコ殴りにして尻に割り箸を突っ込んで川に突き落としてから家に帰って震えた。こわかった。
~ハッピーエンド~




