39 右の頬を殴られたら殴り返せ
俺を陥れた岩清水課長への復讐はずっと頭の片隅にあった。
クビにされた直後は心身共に疲れ切っていて復讐の気力も無かった。
ダンジョンちゃんと駆け抜けた最初期の頃は忙し過ぎて復讐どころじゃなかった。
そして最近になると小さな事にこだわるのも馬鹿馬鹿しいかも知れないと思うようになった。
そのくすぶり消えかけていた復讐心を再燃させたのはダンジョンちゃんだった。
ある日、電話でダンジョンゲームピックアップガチャについて語り尽くした後、ふと思い出したように言った。
『そういえばさ、ギドーはいつ上司にやり返すの?』
「上司……?」
『ブラック企業勤めの時の』
「ああ、岩清水課長」
遠い昔の記憶のようだったが、言われれば名前も顔も忌々しいほど鮮明に思い出す事ができた。
「なんか最近充実してるし復讐なんてもういいかなって気がするんだよな。復讐しても結婚には結び付かないだろ」
『えー? 結婚とか関係ないよ、復讐した方が良くない?』
「なんで」
『復讐は健康にいいし、善行だもん』
「ええ……」
せやろか。
詳しい話を聞くと、ダンジョンちゃんは滔々と語った。
『私はさ、もう住む世界が違うから復讐無理筋なの。世界を超えて殴りに行くのは流石に無茶だよね、殴れるなら殴りに行きたいけど。でもギドーは復讐できるじゃない? 住む世界一緒だし』
「まあな。でも復讐は何も実らせないって言うだろ」
『実るよ! ギドーのモヤモヤがスッキリするじゃん。それってすごく大切な事じゃない? これから先ずーっとモヤモヤ抱えて生きてくの嫌でしょ』
「一理ある。けどさ、復讐って連鎖するだろ。俺が岩清水課長に復讐したとすると、岩清水課長はたぶん逆ギレするんだよ。ごめんなさい私が悪かったです、とはならないんだ性根が腐ってるから。逆恨みしてまーた俺に嫌がらせしてくる。復讐の復讐だ。そしたら俺もやりかえさない訳にはいかないだろ。復讐の復讐の復讐。復讐の連鎖が無限に続いてヘトヘトになるだけだ」
『ヘトヘトにならないよ』
「なんで」
『殺せば連鎖しないでしょ』
「ああ、まあ……」
俺も大概頭のネジがぶっ飛んでいると自負しているが、そもそも種族からして違うダンジョンちゃんは根本的にネジが無い。
『それにさ、復讐はいけない事だって言うのはいつだって復讐される側なんだよ。殴って殴り返されたら嫌でしょ? だから復讐はいけませんって言いふらすわけよ。そうすれば自分は殴るけど殴り返されずに済むからね。復讐されると困るから復讐はダメって言うの。おかしいでしょ、困らせようよ、復讐しようよ。我慢なんてしなくていいんだよ、体に悪いもん』
「う、うーん……」
『ギドーを陥れて苦しめた奴が楽しく笑って過ごしてるなんておかしくない? 悪い事した奴には罰が無いとダメなんだよ。なんなら殺さなくてもいいんだよ。誰かを殴って気持ちよくなっちゃってるカスに、殴られたら殴り返されるんだっていう事実を思い知らせてやるだけでもいい。殴り返されるって分かれば簡単に殴ったりしなくなるでしょ。馬鹿はね、痛い思いしないと分からないの。馬鹿だから。馬鹿に人を痛めつける代償を教えてあげるために痛めつけるんだから、復讐は実質親切な行為だと思うよ』
「そうかな……そうかも……」
『まあ色々言ったけどそれでも結局復讐するかどうか決めるのギドーだからね。ちょっとでも復讐したいって思ってるなら絶対した方がいいんじゃない? っていうのが私の意見。どう?』
「……復讐、するか!」
復讐する事にした。
悪魔の囁きに耳を貸してしまった感もあったが、ダンジョンちゃんと手を組んだ時点でもう俺は人類を裏切った悪魔のようなものだ。悪魔が悪魔の囁きに耳を貸すのは何もおかしな事ではない。
復讐を決めてから、俺はまず岩清水課長に正当な報復をしようとした。
岩清水課長がやった事を考えれば訴えて余裕で勝てる。会社を訴えてもいい。給与未払いに違法な労働体系……会社は死ぬ。これまで誰もやってこなかったのは訴える気力を削がれていたのと、訴えるのは不義理で良くない事だというねばついた嫌な空気感が醸成されていたからだ。
裁判に時間が取られるの避けたいという心理が働き、会社が潰れたら再就職まで無収入になってしまう――――貯金が無いから短期間の無収入を乗り切るのすら辛いし、再就職の難易度も高い事も裁判に持ち込むハードルを高くしていた。
しかし俺は既に莫大な貯金があり、それなりに時間もある。裁判に躊躇する理由はない。
……無いのだが、久々に古巣を訪ねてみると事務所が消えていた。同じビルに入っていた別の会社を訪ねて話を聞くと、一ヵ月ほど前に倒産したらしい。
社員が次々と逃亡し、自殺者も出て、右肩下がりの業績と膨れ上がる赤字に耐えかね倒産。
ざまあねぇぜと言うべきか憐れむべきか。酷い話だ。
更に風の噂では、岩清水課長は倒産直前に会社の金を持って逃げたとか。エグい。これもまた酷い話だ。
岩清水課長はもはや課長ではなく、ただの岩清水だ。
同じビルとはいえ他社に割と詳細な話が伝わっている時点で情報管理のガバさが際立つ。あらゆる意味で倒産するべくして倒産したのだろう。
怒鳴り散らす事しかできない無能のクセに上手い事沈没船から逃げきった岩清水はどう考えても何も反省していない。世のため人のため俺のため、追いかけて叩きのめさなければ。
行方をくらました岩清水の足取りを追うため、俺は金にあかせて複数の興信所に依頼を出した。現金前払い経費全負担、相場の1.5倍での依頼は喜ばれ、三日で岩清水の現在地が判明した。
岩清水はまだ東京にいた。
奴は今、冒険者狩りをやっていた。
「ケケーッ!」
「グワーッ!」
夜の街東京で今日も岩清水は冒険者を狩る! 容赦なし!
岩清水の濁った瞳が次の冒険者の背中をロックオン! ああ、誰も止める者はいないのか!?
「ケケーッ!」
「オラァ!」
「ケケーッ!?」
これはどういう事だ!? 冒険者を襲った岩清水がカウンターパンチ一発で空を舞う! この有能つよつよ冒険者の正体は一体……?
謎の冒険者はマントをばさりと脱ぎ捨てる。なんとその正体はギドー! 空から落ちてきた岩清水が地面に接地する前に、右手の評価ボタンで再び殴り上げる!
「ケケーッ!?」
空から落ちてきた岩清水が地面に接地する前に、左手のブックマークボタンで再び殴り上げる!
「ケケーッ!?」
空から落ちてきた岩清水が地面に接地する前に、右手の評価ボタンで再び殴り上げる!
「ケケーッ!?」
右! 左! 右! 左! 止まらない連撃!
「ケケー……ケ……」
「成敗!」
評価ボタンとブックマークボタンが無ければ成立しない華麗なコンボで岩清水を血の海に沈めたギドーは、復讐を成し遂げた清々しい心持ちで夜の街に消えて行った。
~ハッピーエンド~




