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38 新たな地平線

 ガチャ狂いと化したダンジョンちゃん氏に詳しい話を聞くと、逆ギレし始めた。


『しょうがないじゃん! しょうがないじゃん! イケメンダンジョンいっぱいなんだもん! ガチャ回すと来てくれるんだもん! 好きって言ってくれるんだもん! そんなの回すしかないでしょ!? イベント限定ダンジョンなんてそこでお迎えしなきゃもうお迎えできないんだよ!!??』

「ダンジョンちゃん、戻って来い……!」


 そっちはダークサイドだぞ!

 まだ、まだ戻れる。

 本当にソシャゲの闇に堕ちてしまっていたら悪びれもしないはずだ。

 逆ギレするという事は心の中でまだ悪い事をしているという罪悪感があるという事だ。

 ダンジョンちゃんの心にはまだ善なる自制心が残っている。俺が彼女をライトサイドに引き戻さなければ!


「ダンジョンちゃん、それはデータなんだよ。運営の匙加減とかサービス終了とかサーバーダウンで消える、素敵だけど儚い幻なんだよ」

『なんでそういう事言うの! 消えないよっ! 消えても私が覚えてるから消えない!』

「ダンジョンくんはどうするんだ? 最近ソシャゲばっかりやっててやり取り適当になってないか?」

『ウ゛ッ……!』


 効いた?

 ここが攻めどころか。


『そ、それは……未来のリアルイケメンより今のフィクションイケメンに目がいっちゃう……』

「目を逸らすなーッ! 世の中ゲームの中にしか恋人いなくて、現実には恋人どころか将来の恋人すらいない奴ばっかなんだぞ! 甘えるんじゃない!」

『…………!!!』

「俺だってギャルゲーやって傷ついた心癒したいさ! でもそこに逃げたら負けなんだよォ! 最高の幸せってのはゲームの中の理想の相手とイチャコラする事じゃない! 現実で理想と結婚する事なんじゃないか!? ゲームで妥協するな! 現実から逃げるなーッ!」

『ギドー……! ……貯金使い込んだの許してくれるなら現実がんばる』

「そこ? 許す許す、許すよ」

『そう? 良かっ』

「通帳見た時は吐き気と頭痛と眩暈でぶっ倒れそうだったけど許すよ」

『……あの、もう絶対しないので』


 そうしてダンジョンちゃんは案外あっさり正気に戻った。まだ沼に片足突っ込んだだけだったようだ。全身ズブズブに浸かりきっていたらこうはいくまい。

 とはいえ一度覚えたゲームの味は忘れられないらしく、禁断症状で辛そうだったので月々二万円までの課金で続けてよし、という事にした。本人曰く、ガチャを回す時絶対お目当てのダンジョンを引き当ててやるという緊張感と高揚感で逆に前より楽しくなったかも、と供述している。

 健全! 自分で課金制限つけておいてなんだが、俺だったらつい約束破って課金額超過してしまいそうだ。


 ダンジョンちゃんが毎日稼ぐ生命力(ライフ)は雪だるま式に膨れ上がっていて、生命力(ライフ)を変換して黄金にしてそれを更に換金して現金に換えているわけだが、ダンジョンくんからも黄金が産出し、今後第四・第五のダンジョンが出現しても黄金が出てくるだろう、というのは有識者の見解だ。

 市場への黄金供給量増加が予測され、売値が高いうちに売っておこうという動きが出たためますます売り手が増え、想定より早い金取引価格の下落が始まった。下落とはいっても値段が上がったり下がったりしながらトータルで少しずつ下がっている程度のものだが、これから先価格が下がる事はあっても上がる事はない。


 という訳で、以前から考えていた新しい財宝を導入する事にした。

 食材系の財宝だ。


 ダンジョンで入手できる財宝というと単純な金や銀といった貴金属の他に、冒険で役立つアイテムや武具の類が挙げられる。

 が、そんな馬鹿げたアイテムを財宝として配置するのは有り得ない。武器や防具、回復薬を財宝として冒険者に渡したら、冒険者が強くなってしまう。百害あって一利なし。敵の戦力を向上させる財宝を配置してはダメなのだ。


 そこでダンジョンちゃんの知識と俺の知識を合わせて考えだしたのが食材系財宝。

 ダンジョンちゃんの世界で使われている食材や調味料を財宝として粗末な布袋に入れてダンジョンに配置する。

 ダンジョンちゃんの世界で普通に使われている何の変哲もない食材でも、地球では物珍しい未知の味覚、革新的旨味を持っている事がある。このあたりはダンジョンちゃんに片っ端から地元の食材を作ってもらい、俺がテイスティングをして確かめ地球の人間の舌が良いと感じる物を選りすぐった。


 ダンジョンから、ダンジョンでしか採れない美味と珍味が産出する! これは大きい。

 金と違って完全ダンジョン限定産物だから強い固定客が見込める。

 消えモノだからどれほど大量に産出してもどんどん消費されていき、値下がりする事がない。


 人類史でも香辛料は人間にとって大きな原動力になってきた。

 例えば古代ローマ時代には塩が貴重であったため、(サラリー)が兵士の給料として支払われていた。サラリーマンの語源だ。

 大航海時代の大きな原動力の一つが香辛料の販路開拓であった事も有名である。


 美食には誇張でもなんでもなく世界を動かす力があるのだ。


 俺とダンジョンちゃんの目論見は的中した。

 最初、布袋に入った怪しい食材は食材とも思われなかった。研究者が研究材料として成分分析を始めたぐらいだった。

 しかし、成分分析結果が出ないうちに冒険者の誰かが毒かも知れない未知の不明物質を軽率に口に入れてみたらしい。

 そこから一気に噂が広まった。


 曰く、全く食べた事のない味。

 曰く、水に溶かすだけで無限に呑める。

 曰く、一口食べて泣かない奴はいない。


 噂が噂を呼び、そして噂のほとんどが真実だという強力な新しい味覚の暴力もあり、冒険者界隈では食材ブームが巻き起こった。

 黄金は換金して金にできる。しかし、金があってもダンジョン産の食材は買えない。需要が大きすぎて供給が追い付いていないのだ。ダンジョンちゃんはけっこうな量の食材を産出しているはずなのだが、それでも需要が大きすぎる。

 冒険者の中には食材を売らずに自分で食べてしまう者もいる。噂を聞きつけた料理人が人を雇って食材確保のためにダンジョンに送り込んできたり、自分の足でダンジョンに突っ込んで来る人までいる。


 ダンジョンから産出する財宝のバリエーションが増えた事で、ダンジョン入口周辺も活気を増した。

 ガーディアンズ擁する多摩川入口や、北海道ダンジョン入口は元々周囲に敷地が広かった。空いた敷地にダンジョン利用者をターゲットにした建物がどんどん建っていく。

 特に北海道ダンジョンでは道が整備され往来が増えると、その道に沿っても建物が建って行く。人が増えれば建物が建ち、建物が建てば人が増える。

 特にダンジョンは無限に資源が湧いて出る(実際には無限ではないのだが)異質な特性を持つ。これで経済が活性化しないわけがない。


 OIS社や江戸警も遅ればせながらダンジョンの事実上の一般開放を検討しているという噂も流れている。もちろん、二社もガーディアンズほどではないが儲けているのだが、完全に出遅れた感がある。ダンジョンという存在のポテンシャルを見誤ったのだ。

 警察や自衛隊が敗北し、過度に危険視されていたダンジョンも、冒険者の間では「無理せず引く」が暗黙の了解として浸透しはじめてからは死者が減っている。

 ダンジョンにとって冒険者は餌だ。キャッチしてもリリースすればまた潜ってくれ、リピーターになってくれれば継続収入になる。殺さず済むなら殺さない。

 だから冒険者が逃げれば、ダンジョンのモンスターは追撃しないのだ。


 それでも死者は間違いなく出ているから「死者が出ている」という事実だけを切り抜いて冒険者を廃止しろという声も根強い。根強いが、根強いだけで、それで何が変わるわけでもない。ダンジョンにロマンを、研究価値を、経済的価値を見出し肯定する流れの方が強かった。


 ダンジョン運営には色々な困難がある。

 金の値下がりのようなじわじわ効いてくるものから、ダンジョンちゃん課金事件のような不意打ちなど。

 しかしどれもなんとかかんとか捌ききれている。

 捌けなければ死ぬから、捌けているのは当たり前なのだが、凡そ順調……もっと言えば順風満帆といっていい。心置きなく婚活に精を出せる。


 しかし一つだけ、心残りがあった。

 ダンジョンちゃんの婚活にも、俺の婚活にも役に立たない、しかしずっと心の隅に引っかかっていた棘。

 つまり、俺を陥れた上司への報復だ。

俺が火炎放射器と斧を持って上司の自宅を強襲すると、奴は体中から色んな汁を垂れ流して命乞いをはじめた。

「許して下さい! なんでもしますから!」

「ん? 今なんでもするって言ったか? じゃあ評価ボタン押せば許してやる」

「はい、押します! ……押しました!」

「ブックマークしろ」

「はい、します! ……しました! こ、これで許してくれるんですよね!?」

「ああ……」

 俺は火炎放射器の安全装置を外し、照準を合わせ、トリガーに指をかけた。

「俺は許す。だがコイツが許すかな!!!」

「ぐあーーーーーーっ!」

 悪を許さない火炎放射くんの怒りの咆哮により、この世からまた一つ邪悪が消えた。

 しかし彼は死ぬ直前、評価ボタンを押しブックマークするという善行を積んだ。これは非常に徳の高い行いであり、神様も花丸をあげちゃう事だろう。きっと天国に行けたに違いない……


~ハッピーエンド~

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