37 一千万は実質無料
北海道ダンジョン開店から一ヵ月、俺の売名騒動もひと段落した頃。
俺はダンジョンちゃんと相談してちょこちょこ黄金を売り、現金を確保していた。またいつ急に土地を買う事になり、金が飛んでいくか分からない。必要になってから慌てて換金しても間に合わないかも知れないし、今後値下がりが予想される金は早めに売っておいた方がいい。
俺は怪しまれないよう毎日少しずつ黄金を換金していき、とりあえず一千万を確保した。
とりあえずで一千万を確保できるってどういう事なんだろうな。金銭感覚ぶっ壊れそう。
臓器売ってもこうはならんぞ、と通帳を見ながら慄いていると逆光源氏計画を進めていたダンジョンちゃんから専用スマホで泣きが入った。
『どうしようギドー、私ショタの育て方分からない……!』
「いや俺も分からんが」
ダンジョンちゃんは最近ダンジョンくんに御執心だ。アレコレ世話を焼いて優しくして甘やかし、ダンジョンくんの好感度を爆上げしている。
「ダンジョンちゃん好みの男になるように育てればいいって話じゃなかったか? 好きに育てりゃいいんじゃね」
『そうなんだけど、そうなんだけど! なんだか不安になってきてさ。生命力の使い方まで口出しするのは干渉し過ぎかな? ウザいって思われないかな? お小遣いってどれぐらい渡すのがいいの? 自分で稼いでるんだしいらないかなって一瞬思ったんだけどダンジョンくん自分で稼いだ生命力全部トラップとか階層の増設に使っちゃうから自由に趣味に使える生命力を私があげた方がいいかなって思ったり、』
「あー……」
子育ての悩み、というヤツだ。大切にしたい、でも構い過ぎてウザがられたらどうしよう。
お小遣いは多すぎると身を持ち崩しかねない、でもたくさんあげたい。
このあたりの悩みは人間もダンジョンも変わらないらしい。
残念ながら俺もショタを育てた事なんて無い。子育てのやり方なんて知らん。
神代さんも子育て経験ないし、出雲は子育てとかけ離れたヤツだ。相談できる相手がいない。
しかしそれでも子育てについて学べるのが情報化社会の良いところだ。
「どんだけ参考になるか分からんけど、ネットの子育て体験談とか読んでみるといいんじゃないか? あと教育系、子育て系のアプリとか。息抜きになんか育成系のスマホゲーやってみたりさ。種族違うし鵜呑みにはできないだろうけど、良い刺激になると思う」
『ネットかあ……聞いた事あるけどやった事ないんだよね。怖くて。情報盗まれたりするんでしょ?』
「そうやって怖がって身構えてれば大丈夫だ。ネットなんて簡単だーとか言ってる奴から死んでいく。ネットは使いこなせば武器になる、便利なんだから使ってこうぜ」
『うーん……わかった、やってみる。やり方教えて?』
俺は不安そうなダンジョンちゃんに数時間かけてネットの使い方をレクチャーした。
ダンジョンちゃんもスマホを持っているから、これからは俺に調査依頼しなくても自分でググって色々調べられるだろう。ただ、俺名義のスマホだから変なサイト踏むのだけはやめて欲しい。
それから一週間ほど経った。
北海道ダンジョンは早くも六層が実装され、東京ダンジョンではついに六層を突破された。十数グループから成る冒険者グループの連合が一斉に六層に入り、人海戦術と逓伝で無理やり七層への入り口を見つけ出したのだ。マッピングなんて無かった。
東京ダンジョン七層は相変わらず森フィールドだが、トレントモドキは六層から続投で、ウィザードゴリラの代わりにフォレストミストとマジックモンキーを投入している。
フォレストミストはその名の通り霧状のモンスターだ。冒険者にまとわりつき、視界を遮る。フォレストミストは攻撃力を持たない代わりに、全ての物理攻撃を無効化する。電気だろうが炎だろうが磁力だろうが風だろうが関係ない。
代わりに魔法にクソ弱い。最も威力の低い、それこそ力よ、貫けが一発当たれば死ぬ。
マジックモンキーはウィザードゴリラから腕力を抜いて魔力を上げたようなモンスターだ。小柄ですばしっこい猿で、逃げ回りながら雷撃やカマイタチの魔法で遠距離攻撃をする。
問題は魔法の詠唱のために甲高い鳴き声を上げる必要があり、位置がモロバレになるというところだが、フォレストミストとコンビを組む事で解決する。視界が真っ暗になった状態で鳴き声がしても場所は割れない。なんとなくあっちの方から聞こえた、という程度ならば分かるだろうが、音だけで正確な位置を割り出し、盲目状態のまま精密に攻撃を与えられる漫画のようなビックリ人間は……出雲はそれをやってのけていたが……まず、いない。
フォレストミストを魔法で倒し、その後、マジックモンキーが逃げる前に倒す。かつ、フォレストミストとトレントモドキが迷わせてこようとするのを突破する。
これだけの事ができる冒険者パーティはまだ存在しない。魔法使い系の職業も前線に出始めているが、未だに魔法を五発撃てばヘトヘトになってしまう、という程度の実力だ。
一層から六層に到達するまでの間に三、四発は撃ってしまうため、七層でフォレストミストの連続襲撃を受けると対処能力を超える。
まあ冒険者が六層でそうしたように再び大連合を組めば押し切られるだろうし、そうでなくとも魔法使い系職業の冒険者がレベルを上げ実力を伸ばし、あるいはもっと使い勝手の良い魔法詠唱を発見したりすれば突破されるだろう。
しかし突破する頃には稼いだ生命力で八層の実装が完了しているわけで。
ダンジョンちゃんが管理する生命力はどんどんインフレしている。ダンジョンちゃん曰く、ダンジョンちゃんとダンジョンくんの稼ぎを合わせると、既に小規模な会社並の収入になっているとか。日本中、世界中からやってくる冒険者――――客を独占できているから、宣伝を打って他のダンジョンから顧客を奪うコストがかからないのが大きい、とダンジョンちゃんは語る。
独占市場強いです。
そのおこぼれとして俺の通帳も潤う。もはや預金残高は一千万超え。
怖いものなど何もない。
……しかし。
ある日の事だ。
婚活用にオーダーメイドスーツでも作っちゃうか~! と思い立ち、通帳を持って銀行に現金を引き出しに行くと、なぜか預金残高が10円になっていた。
目を疑った。一千万はどこへ? 幻?
何かの間違いかと思ってもう一度記帳してみるが結果は変わらない。
ななななななんで!?
詐欺!?
警察呼んだ方がいい!?
過呼吸気味になりながら通帳に記載された取引履歴を指でなぞって辿る。
一ヵ月前は確かに一千万の預金があった。
そこからある日一万の引き落としがあり、翌日は二万、更に翌日は五万、その次の日には十万……と引き落とし額が増えていっている。
全て聞いた事もない名前の同じ会社による引き落としだ。
なんだこの会社? この会社が全ての元凶か。お前が悪か。
スマホで会社名を調べてみると、すぐにヒットした。
それはゲーム会社だった。
その会社はソシャゲを運営していた。
そのソシャゲはダンジョン経営ゲームだった。
そのダンジョン経営ゲームには課金ガチャがあった。
俺は全てを察した。
あああああああああああああ!
ダンジョンちゃあああああああん!
ソシャゲの闇にどっぷり浸かってるゥ!
「そう嘆くな、若人よ」
「評価ボタンさん! こんなの、俺、もうどうしたらいいか……!」
俺が泣きつくと、評価ボタンさんは優しく俺の背中をさすりながら言った。
「本当はもう分かっているのではないかな? 君の心は、既にどうすればいいのか知っているのではないか?」
「……評価ボタンを」
「評価ボタンを?」
「評価ボタンを押せばいい……?」
「聞こえない! もっと大きな声で!」
「評価ボタンを押せばいい!」
「駄目駄目! 気持ちが伝わってこない! もっと親身に!」
「評価ボタンを押せッ!」
「まだできる! もっとだ!」
「評価ボタンを押せ! 押します! 押して下さァい!!!」
「はい押したよ! 評価ボタン押した! 今全世界七十億人が評価ボタン押したよ!」
~熱血ハッピーエンド~




