35 北海道ダンジョン開店準備
ダンジョンくんがいる放棄耕作地は普通にネットの不動産サイトで売りに出されていた。最寄り駅どころか最寄り民家ですら遠い立地でしかも風光明媚でもなんでもなく荒れ放題の土地なので、一坪千円という目ん玉飛び出るような激安さだった。
100m×200mの土地を一括で売っていて、それが一坪(≒3.3m2)あたり千円だから、販売価格は600万円となっている。
俺の貯金は今15万円。600万円には全然届かない。ので、ダンジョンちゃんに200g分の金を作ってもらい、それを売って現金を作る事にした。
現在の迷宮金相場は1g=3万円。200g売れば目標額に届く。
黄金は密度が高い物質なので、200gといっても体積は指一本分ぐらいにしかならない。たったこれだけの金属塊が600万円になるのだから経済ってのはわからんもんだ。
200gの金をガーディアンズの交換所に持って行くと一体どこでこんな量を、と驚かれたが、今まで売らずにとっておいた分だと言うと怪しむ事なく納得してくれた。
今まで俺は生きていくために必要な黄金+若干量しか換金してこなかった。仮にもダンジョン攻略最前線で活動しているはずの冒険者なのに全く黄金を売っている様子が無いのも怪しまれる。ダンジョンちゃんの生命力を消費してでもカムフラージュしなければならなかった。しかし無駄にダンジョンちゃんに負担をかけるわけにもいかなかったので最低限の金しか交換しなかったわけだ。
それを手に入れた黄金を交換せず手元に持っておいたのだ、という事にしてしまえば、急に600万円分の黄金を持ち込んでもおかしくない。
それに今が売り時という気もする。今は迷宮金の価格が高騰しているが、いずれ値下がりしていくだろうからだ。事実既に値上がりは止まっている。そのうち下がりはじめるのは間違いない。
市場に大量の金が出回れば値下がりする。それは歴史が証明する必然だ。
かつて大航海時代によりアメリカ大陸が発見された頃、アメリカ大陸で採掘された大量の銀が出回り、それまで高価だった銀の価値が下がり経済構造が激変した。それと同じ事が再び起きるだろう。
金はいずれ安価な金属になっていく。そうなればダンジョンで見つかる財宝としての金の価値も下がるため、今後は金に代わる財宝も考えていく必要がある。
それはそれとして、無事600万円を確保した俺は早速地主の方と交渉に入った。
売却に異存はないとの事で、冒険者として一稼ぎした金で土地を買って家を建てたいのだと嘘ではないが本当でもない事情を説明すると、興味津々で冒険の話を聞きたがった。
冒険者は時流に乗った新しい職業だ。動画サイトでもダンジョンを探索する冒険者系実況者が現れ大きな人気を博し、注目を集めている。しかし職業人口が東京に一極集中しているため、東京外で冒険者を見かける事はまずない。
地主さんが物珍しさで話を聞きたがるぐらいで良かった。冒険者の事を全員頭のおかしい一発屋だと決めつけて蛇蝎の如く嫌う人も多い。
とにかく金を払い、地主さん同伴で現地に行って歩いて見て確かめ(冷や汗が出たが広い土地の隅々まで検分して回ったわけではないのでダンジョンくんの入り口には気付かれなかった)、問題なしとの事で取引成立。
こうして俺は北海道ダンジョンの土地を手に入れた。
個人の所有地にダンジョンの入り口が現れたらどうするか、という問題については多々良屋敷裁判の結果が出ていて、土地の所有者は入り口の所有権を持つ事はできるが管理を政府の委託企業と共同で行わなければならない、という感じになっている。
当然、俺は友達の神代さんが社長をやっているガーディアンズに共同管理を依頼するつもりだ。ちなみに多々良屋敷入口はOIS社と共同管理をする事にしたらしい。
東京に戻った俺は早速ダンジョン発見を大々的に発表したのだが、ちょっと困った。
信憑性の確保がちょっと難しいのだ。「自称:新しいダンジョンを見つけた人」は雨後の竹の子のように毎日ポコポコ生えている。俺が見つけたと言っても嘘の一つと判断されるだけだろう。
そこで神代さんに相談する事にした。彼女の保証があれば間違いない。俺の知り合いで一番社会的信用と発言力がある。
多摩川ダンジョン入口では現在プレハブハウスから進化した大型総合冒険者施設の建設が始まっている。治療施設、飲食店、アイテムショップ、銀行、研屋などが入った建物になる予定で、今は機材と資材が運び込まれているところだ。
現場でヘルメットを被った作業員から説明を受けていた神代さんに新しいダンジョンを見つけたから相談したい、と耳打ちすると、一分で話を切り上げてコンテナハウスの一つ、応接室に案内してくれた。
部屋の中には俺と神代さんと、あとは入口で見張りをしているムキムキのガーディアンズ社員しかいない。
「大丈夫ですよ。ウチの社員は口が堅いんです」
俺が上半身逆三角形になってるスゲーなと思ってジロジロ見ていると、ソファの対面に座った神代さんがちょこちょこした動きで紅茶とお茶請けを用意しながら誇らしげに言った。
「別にそこそんなに気にしてなかったんだけど、神代さんが言うならそうなんだろうな。これティーバックじゃない紅茶? 葉っぱのやつか。神代さんいつもこういう高いヤツ飲んでんの? 金持ちだなー」
「……あなた社長に馴れ馴れしいんじゃないですか? もっと礼儀ってもんをねぇ、」
憮然とした様子で口を挟んできた社員を手で制し、神代さんはやんわり言った。
「いいんですよ、友達なんですから」
「社長がそう仰るなら」
社員は渋々引き下がった。神代さん優しい。結婚したい。本当になんで告白断られたんだろう……
「それで、新しいダンジョンを見つけたと言っていましたよね」
「あ、そう、それについて相談したくて」
「聞きましょう」
俺は好奇心旺盛な少女のように身を乗り出し目を輝かせる神代さんにカバーストーリーを話した。
俺が東京ダンジョン六層の森で迷っている時、たまたま見つけて倒したウィザードゴリラ(かくれんぼがお上手な森のモンスター達も流石にもう存在は認知されている)が地図を落とした。
そこには何やら複数の記号と略式図が記してあり、興味を持った俺は持ち帰って調べる事にした。研究・解読した結果、距離と方角を示していると推測。地図が示していると思われる場所、北海道の僻地に飛び、探索した結果、第三のダンジョン――――北海道ダンジョンが見つかった。
……という訳だ。
「なるほど! 面白い話ですね。その地図というものはどんなものでしょう? 写真とかあったりします? すごく気になります」
「そう来ると思って実物持ってきた」
「……へぇ。見ても良いですか?」
俺が地図を渡すと、神代さんはわざわざ高そうな白い花柄のハンカチで直接触れないように地図を受け取り、面白そうに検分を始めた。
どれだけ調べてもそこからボロが出る事はないので安心してみていられる。
この地図は本当にダンジョンちゃんが創り出した。しかもダンジョンちゃんの故郷で実際に使われている文字を使っているので、科学的・言語学的に調べられてもおかしな点は出てこない。
「ギドーさんはこの記号読めるんですか?」
「読めるというか、なんとなくこういう感じの意味なんじゃないかって推測はしてる」
「分かりました。そこも含めて話を詰めましょう。ダンジョンの第一発見者として宣伝したいんでしたよね? 力になりますよ!」
神代さんは豊かな胸に手を当て、自信満々に言った。
さっすがしゃちょー! 頼りになるゥ!
「アッそうだ、もう一つ話があるんだけど」
「なんでしょう?」
俺は可愛らしく首を傾げる神代さんに、給料三ヵ月分の評価ボタンを差し出した。
「諦めきれないんだ! 好きなんだよ神代さんの事が! 結婚してくれ!」
「ええっ、私のためにこんなに貴重なものを!? ああ、ダメ、好きになっちゃう……!」
神代さんは抵抗していたが、給料三ヵ月分のブックマークボタンを追撃で出すと陥落し、二つのボタンを押した。
こうして俺達は結婚した。
~ハッピーエンド~




