33 小さな男の子に貸しを作って良い顔するお姉さん
第三のダンジョン、北海道ダンジョンは放棄耕作地の防風林の間にあった。木の陰になり生い茂る草に隠れてぽっかりと入口が空いていて、ダンジョンちゃんから位置を教えられていた俺ですら見つけるまで三十分ほど迷った。
大穴が空いているならまだわかりやすかったのだが、完全に自然に溶け込んだ屈んでやっと通れるぐらいの小さな穴だったため、見つけてもこれクマの巣穴じゃね? と困惑したぐらいだ。
俺はもっふりした手のひらサイズの綿毛のような通信モンスターがしっかりポケットに入っているのを確認して、身を屈め第三ダンジョンに足を踏み入れた。ダンジョンは双方の同意があれば生命力を共有できるが、妙な部分で不便で、意思疎通は通信モンスターを介さないとできない。交渉が上手くまとまればこの通信モンスターは置いていく予定だ。
狭く短い通路を抜けるとそこは白い部屋だった。ドアも窓も継ぎ目もない正方形の部屋で、部屋の中央にビー玉ぐらいの赤い球が浮いている。ダンジョンちゃんと同じだ。
「どうも。本日はダンジョン運営の今後に関わるお話をさせて頂くために来たんですが、とりあえずお名前伺ってよろしいでしょうか」
『…………』
「失礼、私の事はギドーと呼んで下さい」
『…………』
「あの、聞いてます?」
『…………』
返事がない。なんだ無視か? よくないぞそういうのは。
返事をどうするのか考えてるなら考えてるって言えや。黙り込むな。
イラつきを抑えて返事を待ちつつダンジョンコア鷲掴みにして揺さ振ってガタガタいわせてやろうかなと考えていると、微かに声が聞こえた。脳が直接聞いているような独特の声だ。
『……て……』
「はい?」
『……して……』
よく聞こえない。よく聞こえないが声質は少年っぽい。
「すみません、もう一度いいですか」
『……ころして……』
「ええ……」
いきなりどうした。なんでそんな研究施設に囚われ無残な姿になった実験体みたいな事いうの?
こっちは安くない飛行機代と電車代払って遥々北海道まで来たんやぞ。駅弁代とかご当地キーホルダー代もかかっとるんやぞ。殺してって言われてハイ分かりましたと殺して帰ったらなんで来たのか分からんだろうが。
せめて理由を言え、理由を!
「なぜ殺して欲しいんですか?」
『……つかれた……』
「何が?」
『……いきるのに……』
キレそう。なんでぶつ切りで喋るんだよ。疲れてるのか知らんけど一問一答じゃないんだからさあ。言葉のキャッチボールしようぜ。
それでも辛抱強く問答をすると、概ね状況が掴めた。
彼は追放されてあまりの初期状態の悲惨さに絶望し、完全に長期生存戦略を諦め一秒でも長生きするために引き籠る事にしたらしい。入口を狭くしたのも少しでも侵入者に見つかりにくくするためで、呼吸を確保できるギリギリの幅の通路にしたため相当息苦しい思いをしているとか。
そんな辛く孤独な数日間を生命力を食いつぶしながらゆるやかな死に向けて耐え続け、意識がぼんやりしてきたところに俺が来たわけだ。
割と瀬戸際だったんだな。あと一日遅れていたらアウトだった。もしかしたら彼と同じように僻地に現れ、人知れずひっそり死んでいったダンジョンもいたのかも知れない。
その場しのぎの生存しか考えず死にかけるのは賢くはないが、気持ちはよく分かる。彼の立場を俺に置き換えれば、会社をクビになって絶望しているところに更に追い打ちで名前も聞いた事の無い外国の密林に数日分の食料とナイフ一本だけ持たされ放り出されるようなものだ。
そこでよーしサバイバル頑張っちゃうぞー! なんて前向きになれるタフな奴の方が珍しい。
俺もダンジョンちゃんと出会わなかったら今頃どうなっていた事か。
ちなみに彼の名前は「ダンジョンくん」というらしい。ひっでぇ名前だ。「人間くん」みたいなもんやぞ。それを言うならダンジョンちゃんも同じだが。
とにかくとりあえず通信モンスターを介してダンジョンちゃんも会話に加わってもらい、三者面談で面接……をしようとしたのだが、衰弱状態のダンジョンくんは全然頭(?)が働いていない。面接どころか会話の成立も難しかった。
一度ダンジョンくんの外に出てダンジョンちゃんと密談する。
ダンジョンちゃんは困った声で言った。
『とりあえず生命力共有して2000生命力ぐらいあげていいんじゃないかなこれ。それで交渉決裂してもまあ痛い出費じゃないしさ』
生命力共有は何も所持生命力を無制限にシェアできるわけではなく、共有したい分だけの生命力を共有プールに格納し、そこから自由に出し入れする。個人用財布の他にみんなが使える共用財布が追加されるようなものだ。
共有プールを作成維持するためにも生命力を使うから気軽にホイホイ乱造できるものでもないが、同意があれば解約できるし一個ぐらい試しに口座を作ってみるのもまあ悪くない。
「ちなダンジョンくんはダンジョンちゃんの好み?」
『声だけだと分かんないけど、好みではないかな』
「もっと渋めの声がいいって事か?」
『いや、あの声完璧ショタじゃん』
ショタなのか。確かに少年っぽい声はしてた。
「ショタはお好きでない?」
『嫌いでもないけど。私年季入った壁のダンジョンが好みだから』
「全然分からんがなんとなく分かった」
年上好みって事な。
ダラダラ話してる内に放置されたダンジョンくんがひっそり力尽きかねないので、相談だか雑談だか分からない通話はそこそこで切り上げてダンジョンくんの中に戻る。
意識朦朧としたダンジョンくんになんとか同意を取り付け、生命力共有を成立させて手付の2000生命力を送ると、ダンジョンくんの声に一気に元気が戻った。
『わーっ、助かったぁ! ありがとう、お姉さん!』
『お姉さん!?』
なんかダンジョンちゃん嬉しそうな声してるぞ。
『よく聞いたらボク可愛い声してるねぇ! はぁはぁ、お、お姉さんと結婚する?』
『するー!』
音速でゴールインしたダンジョンくんとダンジョンちゃんを俺は心から祝福した。しかしダンジョンちゃんに一抜けされてしまい正直寂寥感もある。イチャつく新婚さんを複雑な思いで見守っていると、いつの間にか隣に評価ボタンさんが立っていた。
「評価ボタンさん……婚活戦線、解散しちゃいましたよ。へへっ」
「無理して笑わなくていい。良い娘紹介してやるから元気出せ」
「どんな娘ですか? 自分で言うのもなんですけど、俺、半端な女じゃ満足できない高望みマンですよ?」
「この娘だ。小説閲覧画面によく出てくるから見覚えがあるだろう? ブックマークちゃんと言うんだが、とにかく押しに弱い。押せば落ちる。意味は分かるな?」
「なるほど! 完全に理解した!!!!」
こうして俺はブックマークを押し、結婚した。
~ハッピーエンド~




