30 第六層
俺が門番になる事で無事に時間稼ぎに成功し、改めて六層を拡張しモンスターを配置する事になった。カツカツで拡張した一層や二層、自衛隊に殺されかけながら急造した三~五層と違い今回はじっくり考える事ができる。
ダンジョン最深部で、四つん這いになったリビングアーマーを椅子代わりにしてルーズリーフにメモりながらダンジョンちゃんと相談する。
「六層も全部迷路じゃいかんのか」
『できるよ。できるけどスタイル悪いじゃん』
「スタイル……?」
ダンジョンちゃん曰く、六層以降は五層までのような地下洞窟ではなく別の環境のダンジョンにしたいらしい。どんな環境にするか幾つか候補を出しているのだが、なぜ迷路ではいけないのかよく分からない。地下洞窟迷路は強い構造だと思うんだが。
『スタイル。人間で言うと、なんだっけ、あの、体の形がシュッじゃなくてぶくぶくみたいな。全階層同じ構造なんてもうぶくぶくのぶくだよ。モテないっていうかもう軽く引かれるよね』
「あーなんとなく分かった。全階層迷路にするとあいつスタイルわりーなって思われてモテなくなるんだろ」
『それ!』
女性は胸が出て腰がくびれてて尻が出てると良い、みたいなステレオタイプのああいうヤツだ。
聞けば色々なモンスター、環境の階層を作るほど良いとされているらしい。5階層区切りで環境コンセプトを変えていくのがダンジョンの美的感覚だと大変よろしいのだとか。
更に特定のモンスターは特定の環境を整えなければ召喚しても維持できないため、それも絡んでいるのかも知れない。
例えば湿地はスライムに適した環境だ。洞窟や溶岩地帯にスライムを召喚する事も可能だが、すぐにしなびて干からびてしまう。
墓地ならゴーストがいい。墓地以外で召喚しても死にはしないが、露骨にやる気が無くなってまともに働かなくなる。
そういう感じだ。
あーでもないこーでもないと相談した結果、六階層からは「森」をコンセプトにする事になった。
落ち葉や土に覆われた地面があり、木が生えている、オーソドックスな森だ。天井の高さは確保するが光源は設置しないので、冒険者は常に真っ暗な森の中で自前で用意した灯りを頼りに探索する事になる。まあ光源持参は1~5層の洞窟エリアでも同じだったからそこは問題にならないだろうが、重要なのは洞窟より森の方が迷いやすいという事だ。
夜の(暗闇の)森は死ぬほど迷いやすい。文字通り迷いまくって遭難したり、木の根で滑って転んだりする。ダンジョン内では微弱な磁気でコンパスも利かない。
そこに更に迷走させるべく森モンスターを配置する。
トレントモドキは歩く木のモンスターで、木に擬態する。
ぶっとい枝をしならせて繰り出される薙ぎ払いは広範囲高威力。更によくある「木に目印をつけて迷わないようにしよう」という戦法を封じる事ができる。目印をつけた木が歩いて動くから。
そしてあの木はトレントモドキなのか? ただの木なのか? という疑心暗鬼も誘える。実際のトレントモドキは木百本につき一本だけだとしても、周り全ての木がモンスターの擬態に見えて神経をゴリゴリ削る事ができる。
絡め手によし、戦っても普通に強い良モンスターといえる。
弱点は火に弱い事だが、生木だからある程度は燃えにくいし、燃えたら今度は燃え盛る枝をぶん回して攻撃してくるためむしろ脅威度は増す。あと森に引火でもしたら炎に巻かれて冒険者自身も死にかねない。火遊びでトレントモドキを倒そうとする冒険者はそうそういないだろう。たぶん。
六層に配置するモンスターはトレントモドキともう一体。
ウィザードゴリラだ。
ダンジョンちゃんの世界にもゴリラに相当する生物がいて、賢くて優しくて強い森の賢者と呼ばれている。
賢者、魔法得意。ゴリラ、魔法使う。ゴリラ、すごい。
こんなに完璧なモンスターがいて良いのだろうか。
ウィザードゴリラは両拳で胸を叩く事でリズミカルに発生する音を詠唱代わりにした種族固有レアスキル、ドラミング魔法を使える。
魔力が乗ったドラミング魔法の音を聞いた者は恐慌状態に陥る。抵抗するにはそれ系の魔法の力を借りるか素の精神力で耐えるしかない。耳を塞いでも音の振動が脳を揺らすため意味がない。つよい。
ウィザードゴリラが使えるもう一つの魔法はダブルゴリラ魔法と呼ばれる幻影魔法で、自分のすぐ近くにゴリラの幻影を出す事ができる。
低級の幻影魔法なので光をかざしても影はできないし、動きがカクつくのでよく見れば見破れるのだが、ドラミング魔法で恐慌状態にする事でカバーできる。
先制ドラミングで混乱させ、ダブルゴリラで攪乱し、力任せに優しく殴り倒す――――ウィザードゴリラの賢さと優しさと強さが詰まった完成度の高い戦法だ。
なお、トレントモドキの召喚コストは11万、ウィザードゴリラの召喚コストは22万生命力だ。強いモンスターはコストが高い。召喚にセールとか割引券とかないから……
あとダンジョンちゃんの美容と実益も兼ねてクリーンキノコ(50万生命力)の菌株も召喚・散布した。クリーンキノコは深紅の傘のシイタケのような見た目をしている。一応キノコ系モンスターなのだが、一切の攻撃力・妨害能力はもたない。
代わりにダンジョン内の排泄物を綺麗にしてくれる有能な掃除屋だ。
ダンジョンを探索する冒険者はよく立ちションや野グソをする。一層か二層ぐらいならまだ潜って戻ってトイレに行けば膀胱と肛門は耐えきれるのだが、三層を超えると往復だけで時間がかかり、わざわざトイレのためだけに地上に戻るわけにはいかなくなってくる。
携帯トイレを携行している冒険者はまだ見た事がない。つまり全員そのへんでしている。通路の端でするし足で土埃をかけて隠そうとする努力も見られるが焼石に水だ。
このあたりもたぶん女性冒険者が少ない理由だろう。
ダンジョンちゃんは人間が感じるほど糞尿に忌避感を持っていないようだが、それでも嫌なのは嫌らしい。
クリーンキノコは糞尿を栄養にして急激に成長し、一時間もあれば分解して土に還してしまう。臭いもスッキリだ。菌株を撒いておけば勝手にダンジョン全体に胞子を飛ばして拡散するのも楽でいい。
ダンジョン内でしか生育できないため地上のトイレ事情に流用できないのが惜しまれる。
まあとにかく1~5層の壁を白くして、六層を実装して、ずっと見て見ぬフリをしてきた糞尿問題も解決した。
ダンジョンちゃん、新装開店だ。
新装開店にあたって評価ボタンとブックマークもリニューアルしようとしたのだが、リニューアルの必要が無いぐらい既に優れていたため変更の余地が無かった。
右手に評価ボタン。左手にブックマークボタン。噂ではタイミングよく同時押しする事でこの世の全てが手に入るのだとか。
その話を思い出した俺は半信半疑で評価ボタンとブックマークの同時押しを試し――――
――――噂が真実である事を身をもって体験する事になった。
やったぜ。
~ハッピーエンド~




