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03 結成、婚活戦線!

 まさかの玄関ピンポイント落盤で俺は何の抵抗もできず落ちた。

 エレベーターの浮遊感を十倍悪質にしたような脂汗噴き出る嫌な感覚に死を覚悟したが、不幸中の幸いで垂直落下はしなかった。水の無いウォータースライダーのように猛スピードで急勾配を滑り落ちて行く。

 そして終着点に投げ出されようやく寿命の縮む滑り台は止まり、悲鳴も止まった。


『きゃあああああああああああああああ!?』


 しかし代わりに別の悲鳴が上がった。可愛らしい女の子の声だったが、耳を貫通して脳を直接ぶん殴られるような変な響きがした。

 まさか後ろから女の子が!? と思って着地地点からバタバタ這って移動するが、どうもおかしい。穴から後続の人が来る気配も既に人がいる気配もどこにもなかった。


 落とし穴の終着点は白い部屋だった。ドアも窓も継ぎ目もない正方形の部屋で、部屋の中央にビー玉ぐらいの赤い球が浮いている。

 女の子はいない。スピーカーももちろん無い。


『嘘でしょ!? いやぁあああああヤダヤダヤダヤダ死にたくなぃいいいい! 助けてお願いします!』

「うっわ、うるせっ!」


 また脳を揺さぶる女の子の声がした。耳を塞いだが比喩ではなく本当に頭の中に響いているようでまるで意味を成さない。なんだこれ。どうなってるんだこれ。

 意味が分からない。なんだ死ぬのか俺。いやまずは落ち着け、まずは情報だ。情報を集めるんだ。情報を制する者はなんかあの、すごくすごいってなんかで言ってた。

 OK、観察しよう。観察だ。情報を集める。この部屋、この部屋の何? 大きさ? 大きさとか? この部屋の大きさは、えー、見た感じ……会社の……小会議室と同じぐらいの大きさ……


 …………。


 会社の小会議室と今いる部屋が重なった瞬間スッと頭が冷えた。激冷えだ。

 仕事を思い出すだけでいつだってヒエッヒエ。仕事やってて良かったと思う唯一の利点だ。


「助けてやりたいが、いくつか条件がある」


 謎の女の子の声を思い返すと、何やら猛烈に命乞いをしているらしい。何の事やらさっぱり分からないが、会話の糸口として利用できる。優しく言うと謎の女の子の声は媚び100%の声音で喰いついてきた。


『はい分かりました! なんでも! なんでもします! なんでも聞くので命だけは!』


 迂闊に下手に出おったわ。よーしお兄さん尋問しちゃうぞ!

 なんなら現状地下室送りにされてる俺の方がなんでもするからここから出して助けてって気分だがそれは棚上げしておく。


「命を助けるかは返答次第だ。嘘をついたら……分かるな? まずいくつか確認しよう、君の名前は?」

『ダンジョンちゃんです』

「本名は?」

『本名がダンジョンちゃんです』

「…………?」


 本名がダンジョンちゃん????

 何?

 こいつ頭おかしっ……


 ……待てよ。

 さっきからずっと頭の中に響いてるような気がしてるが、反響とか極度の寝不足で耳がぶっ壊れたとかじゃない? 本当に頭の中で聞こえているのでは?

 俺のアパートの真下にこれだけの穴を掘り、部屋を作るのは時間と金がかかり、騒音も出る。俺に気付かれずやるのは不可能だ。早朝出勤する時に異変は無かった。夕方帰ってきたら玄関に穴が空いていて、その先の部屋もできていた。約12時間でこれだけの工事をするのは物理的に不可能だし、やりそうな奴に心当たりもない。

 おかしいといえば部屋の真ん中に浮いている小さな赤い球もだ。近づいて見てみるが、糸はついていないし、風も出していない。金属っぽくもないから磁力で浮いてもいないだろう。

 科学や物理の力を何も借りずに浮いている。

 これはもしかしてファンタジーなヤツなのでは?


『……あの、そんなに見つめられると恥ずかしいんですけどアッいや文句言ってるわけじゃなくてですねはい光栄です素敵な凝視ですね!』


 脳裏に響く恥ずかしそうな声が慌ててヘタクソな媚びを売ってくる。上司にクビをチラつかされ焦って媚びを売る同僚と声音が重なって辛いが、なんとなく理解する。

 つまりこの赤い球が謎の声の本体って事か。


「君はどういう存在だ?」

『どういう……? て、哲学的な意味で?』

「あー、君の、種族名? と、その生態を短く説明してくれ」

『生態ですか。えーと、種族はダンジョンです。宝物を疑似餌にして獲物を呼び寄せて、モンスターとか罠で弱らせて生命力(ライフ)を吸って生きてます』


 ほう。

 無理やり俺の知ってる生き物に当てはめるなら、チョウチンアンコウとかハエトリグサみたいな感じか。その無機物大型バージョン。


『ほとんどの大人ダンジョンは会社勤めなんですけど、ここ百年ぐらいは人間に踏破されて死ぬダンジョンより過剰搾取と過労で死ぬダンジョンの方が多いです。生活が苦し過ぎて結婚できないダンジョンもよくいます。時世ですよね』

「何か聞いてて他人事じゃない辛さがあるんだが、会社? ダンジョンが?」

『そうですけど……? あっ、もちろんダンジョンが設立したダンジョンが運営するダンジョンの会社ですよ! 人間の会社に就職したりはしないです』

「なるほど」


 全然なるほどではないが。

 こんなん頭おかしくなるわ。


 いや話してる印象だとダンジョンは人間並に高度な知能を持っているっぽいし、会社ぐらい作っていてもおかしくないのか?

 いやおかしいだろ。

 いやおかしいのは俺の頭なのか?

 え?


「そんなダンジョンがなぜ俺のアパートの真下に? 何が目的だ?」

『えっ! ここあなたの家の下なんですか!?』

「そうだ。で、目的は?」

『あっはい。えっと、恥ずかしながらですね……そのー、濡れ衣で……会社をクビになって……追放刑でここに……わざとあなたの家の下に来た訳じゃないんです……』

「おっと」


 急に凄まじい親近感が!!!

 俺も俺も、俺もなんだよ。俺もついさっき濡れ衣で会社クビになって捨てられたところなんだよ。

 なんだ、コイツは俺か?

 こんなの優しくなっちゃうだろ。


「よしよし、辛かったな。よく頑張った。生きてて偉いぞ」

『え? あ、ありがとうございます。なんですか急に?』


 どう慰めれば良いのか分からなかったのでとりあえず赤い球をよしよししてみた。ダンジョンちゃんは照れと困惑を声に滲ませている。

 いいんだぞ。ここにはお前をイジメる奴はいない。


「実は俺もついさっき濡れ衣着せられて、会社クビになって帰ってきたところでな……」

『あっ……それは……辛かったですね……本当に気の毒に……』


 ダンジョンちゃんの声から急に緊張が取れ、優しく同情的になった。

 分かってくれるか、ダンジョンちゃん。


「毎日毎日心を無にして働いて……家に帰っても誰もいなくてな……死に物狂いで働いても全然前に進んでる気がしなくてな」

『分かります。すごく分かります。生きるために仕事してるのに仕事は喜んでやれって押し付けてきたりしますよね』

「やめてくれ泣きそう」

『泣いてもいいんですよ。ここにはあなたをイジメる奴はいません』


 泣きそう、というか泣いた。

 声だけで心から共感して労わってくれているのが分かる。気遣いが心に染み渡る。

 あったけぇ……あったけぇよ……


「うう……ちくしょう、ちくしょう……ひっく……どうしてこんな……ぐすっ」

『よしよし。辛かったですよね。大変でしたよね。きっといつも誰よりも頑張って……頑張って……あっ、ダメ、私ももらい泣きしそ……ううっ、うぇえええええ……』


 俺達は泣いた。

 一緒に泣いた。

 ダンジョンちゃんも赤い球から水をぼたぼた垂らして泣いていた。

 そこには種族の垣根を超えた深い理解と共感があった。


 袖をびっしゃびしゃに濡らしてやっと涙が収まった時、俺達の間には十数年の付き合いの親友のような強い絆が芽生えていた。

 お互いの事を何も知らなくても、こいつは信じられる、味方だ、仲良くやっていけるという確信があった。


『あの、ごめんなさい、いつもはこんなに泣かないんですけど』

「いい、大丈夫だ。楽にしてくれ。脅すような真似して悪かった」


 それから俺達は誤解を解き、相互理解するために話し始めた。

 最初は事務的な質疑応答だったが、すぐにお互いの体験談や思い出話が混ざりだし、種族が違うというのに親近感がわき過ぎ、あっという間に砕けた口調での談笑になった。


「それじゃさあ」


 俺は床にあぐらをかいて座り、赤い球(ダンジョン)ちゃんに聞いた。


「ダンジョンちゃんの理想の結婚相手ってどんな感じ?」

『えーっ、それ聞いちゃう? 正直ねぇ、ちょっと高望みかなーって思うんだけど。お前程度の雌ダンジョンが結婚できる相手じゃねぇよ、みたいな』

「いいじゃん。理想は高い方がいい。なんでもそうだけど10を理想にしたら6とか7ぐらいしかできないだろ? 現実的に5の理想を持って1とか2の結果になるより高望みした方がいいって」

『あー、それ分かる。じゃあ言っちゃうけどね、言っていい? 引かない?』

「引かない引かない」

『やっぱり内部構造100階層以上で壁が白くて通路が広くて綺麗でゴミがなくて生命力(ライフ)たくさん稼ぐイケメンダンジョンかな。どう?』

「うーん、分からん! が、良いと思う」


 種族が違えば感性も違う。結婚相手にどれぐらいのステータスを求めているのか言われてもいまいちピンと来ない。なんとなーくレベルの高い雄狙ってんなーという気配は感じるが。


『そっちはどうなの? どんな相手と結婚したいとかあるの?」

「やっぱ5億円ぐらい貯金があって可愛くて性格良くておっぱい大きくて俺の事が大好きで他の男にフラフラしない女性だな」

『うーん、ちょっとよく分かんないけど、良いんじゃない?』

「マジで? やったぜ」

『応援するよー。私にできる事ならするし。がんばれっ!』


 今まで同じ事言うたびに夢見すぎじゃない? なんて言われたのに。

 初めて同意してくれたのは異世界から来た構造物型生命体(ダンジョン)っていうね。

 ダンジョンちゃんとはもうマブダチと言う他あるまいよ。種族を超えた友情なんてモノがまさか実在しようとは。


『その代わりって訳じゃないんだけどさー』


 ダンジョンちゃんは顔どころか体も無いが、一定以上の知性を持つ生命体に作用する万能翻訳機能を通して聞こえる可愛らしい音声は感情豊かで、少し遠慮気味に言っているのが分かる。


「何? 言ってみ」

『私さ、この世界に来て全然何が何やら分かんなくてさ。でもなんて言うのかな、ただ生き抜くだけを目標にするのヤなんだよね。だって辛いでしょそんなの。生きてさえいればいいって最悪じゃない?』

「分かる分かる分かる。それはよく分かる」


 分かり過ぎて精神ダメージがあるぐらい分かる。

 学校で勉強して、家に帰ったら勉強しろって言われて勉強して、休日は部活行って、親の目を盗むように遊んでいた学生時代。大人になってからは仕事のために寝て仕事のために食っていた。生きてるだけで幸せ、なんてふざけた言葉はクソ喰らえだ。

 俺が心から同意すると、ダンジョンちゃんはホッとしたようだった。


『だよね。それで、やっぱり私、結婚諦めたくない。で、たぶんこれからも私の故郷から追放されてくるダンジョンっていると思うんだ。その中には私好みのカッコイイ雄ダンジョンもきっといる』

「そいつと結婚にこぎ着けるの手伝ってくれって話?」

『そう! そういう事。嫌じゃなければ、だけど』

「もちろん協力する。その代わりダンジョンちゃんも俺の嫁探しの手伝いしてくれよ」

『やるやる! がんばろーね、婚活!』


 ダンジョンちゃんは俺の婚活を手伝い。

 俺はダンジョンちゃんの婚活を手伝う。


 単純明快な共同戦線。

 ここに婚活戦線は結成された。


 我ら生まれた世界と種族は違えども、志を同じくし、共に幸せな未来を掴みとらん……!!!


しかし掴み取ったのは評価ポイントボタンだった。

スマホで読んでると評価ポイントは本文の下に表示されている広告の更に下、『ポイント評価』の中に折り畳まれているため発見は困難を極めた。更にそれが表示されるのは最新話だけ。読んでる途中で評価してーなーと思っても最後まで読まないと評価ボタンポイントはない。

それでも、婚活戦線は成し遂げた。

評価ボタンを発見し、押したのだ……!


~ハッピーエンド~

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[一言] 読者は考えた。せや、いいねは諦めて星つけて評価すればええやん……と
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