29 マンイーターの脅威
今、ダンジョンちゃんの稼ぎは中々悪くない。客入りは大盛況で、毎日300万生命力ほどの収入がある。そして冒険者用の財宝として黄金を用意したり倒されたモンスターを召喚補充する事で250万ほどの出費がある。差し引き一日50万のプラスだ。ダンジョンちゃんは『会社に中抜きされないとこんなに稼げるんだ!』と悲しい驚き方をしていたがそれは置いておくとして。
ダンジョンの新階層設置は下層になるほどコストが高くなっていき、六層の拡張と適度なモンスター配置にかかる費用は合計500万。単純計算で十日あれば必要な生命力が溜まる計算になる。
冒険者は日に日にレベルアップしていき脅威度を増すと同時に、レベルアップにより保有生命力が増え長期間ダンジョンに滞在できるようになっていく。そうすれば収入も上がっていく。実際日に日に増える支出を上回る早さで収入が増えている。
実際には八日か九日あれば500万溜まるだろう。
現在の冒険者達の攻略ペースからして、五層最深部に辿り着くまで五日か六日。
つまり、2~4日の間冒険者の攻略をなんとかして足止めしなければならない。
OIS社や江戸警、ガーディアンズにテロを仕掛けて遅延を計るとか、黄金を一時的に枯渇させて探索意欲を削ぐとかアレコレ考えてみたが、どれも問題があるため、結局は単純な結論に落ち着いた。
俺が出ればいい。
俺が門番になって通せんぼしていれば早々突破はされない。
俺はレベル8冒険者。人間の限界を超えている。
特に剣技が上手くなるとか射撃が上手くなるとか気配を消せるようになるとかそういう特徴はないが、基礎能力が全てスペックアップする。
市販のクロスボウの矢ぐらいなら目で追って素手で掴み取れるし、フライパンを四つ折りにできる。
手榴弾の直撃を貰っても木のササクレで怪我をした程度にしかならないし、サブマシンガン程度の威力の弾丸なら十発や二十発喰らっても死なない。百発ぶち込まれたら流石に死ぬが、骨にヒビが入ったぐらいのケガなら丸一日で自然治癒する。
レベル8冒険者というのはそれぐらい人間離れした存在なのだ。
自衛隊より貧弱な武装の民間警備会社や一般人には負けない。
もし危なくなればコストはかかってしまうがまたダンジョンちゃんにインスタントレベルアップをさせてもらったり、生命力を送って全回復などのアシストをしてもらえばいい。
そんな訳で俺は心置きなく五層の中盤あたりの一本道で臨時門番になった。
全身黒ずくめで顔を隠し、やってきた冒険者をぶん殴って追い返すだけの簡単なお仕事だ。
実際、やる事は簡単だった。
基本ゴロ寝で漫画を読んでいるだけでいい。ダンジョンちゃんからスマホで冒険者の接近のお知らせがあった時だけ漫画を通路の陰に隠してボコればいい。
OIS社の冒険者は七人チームで行動している。外国人顔で格闘技を修めているヤツが多く、連携をとってライオットシールドや高圧電流が流れるスタンロッド? を使ってきたが、基礎スペックが違い過ぎた。盾は殴れば壊れるし、スタンロッドは普通に見て避けれた。一度上手く死角に回られ網をかけられ拘束された時はヒヤッとしたものの、普通に引き千切って脱出できた。しぶとく戦ったが、数人の骨を折ってやると負傷者を担いで撤退していった。
江戸警は慎重で、俺と遭遇するとコソコソ下がって行き、ヒソヒソ相談して、通路の角に監視カメラをしかけて撤退していった。
強化された聴覚はひそひそ話をバッチリ捉える事ができたのだが、聞いた限りではどうやら姿形から自衛隊を手こずらせた通称「人喰い」と同一のモンスターであると判断し、情報収集しようと考えたようだ。
冷静で慎重な判断だったが、ちょっと馬鹿だ。俺を知能の無いモンスターと思い込み目の前で堂々と監視カメラを仕掛けていったのだ。もちろんカメラは回収破壊した。
OIS社と江戸警から少し遅れ、ガーディアンズからは出雲が俺が守る通路に辿り着いた。出雲は見かけたモンスターを積極的に襲ってぶち殺し、倒したモンスターの生命力を独り占めして吸収を繰り返しているため、レベル6に達していた。
滅多に怪我もせず毎日のように嬉々としてダンジョンに潜る出雲は冒険者になるために生まれてきたという言葉がふさわしい。物騒な一匹オオカミだ。
出雲とは友達でも仲間でも無いが、仲はいい……と、俺は勝手に思っている。
あんまり大怪我させないようにふんわり追い返そうと身構えると、目をギラギラさせ犬歯を剥き出しにしていた出雲が驚いた顔をしてナイフを下ろし、殺気を消した。
「ギドー? お前何やってんの?」
「…………」
ひ、人違いですぅ……
なんで分かった。君カン鋭いってよく言われない?
「え、何? もしかして正体隠してるつもり? 前と同じかっこしてんのに?」
「!!!」
俺、馬鹿過ぎでは?
そうだ、自衛隊を追い返した時、同じ格好で普通に出雲に介抱してもらっている。出雲だけは人喰い=俺だと知っているのだ。やらかしたーッ!
「無視か。いや私も一瞬似てるだけのモンスターかと思ったけど、親指を人指し指の付け根あたりにくっつけて拳作る握り方がギドーだし、姿勢が前のめりの割に腰引けてるのもギドーじゃん。あと微妙にシャンプーの匂いする。いつもギドー使ってるヤツと同じ。いやシャンプーの匂いかボディーソープの匂いか知らんが。目線が私の胸と顔往復してるのがもうギドーっぽいし、」
「もういいもういい、分かった降参だ!」
俺は両手を挙げて出雲の証拠列挙を遮った。
こいつマジで観察力あるな。刻印の恩恵でそのへんの感覚が鋭くなっているのもあるのだろうが、それにしても鋭い。
これは面倒な事になったぞ。出雲にダンジョンちゃんと俺の結託がバレてしまった。
俺が頭を掻くと、出雲は呆れ顔で続けた。
「ギドーちょっと陰湿。いや好きにすればいいけど。道塞いで他の冒険者叩き返して奥の黄金独り占めか? OIS社とか人喰いに賞金かけてるぞ?」
バレて、ない……?
微妙に勘違いしてんなコイツ。セーフ!!!
「いや……その人喰いに賞金ってマジか」
「SNSの公式アカウントに載ってた。今朝だったかな」
「マジかー。出雲、俺が人喰いだって誰かに言ったか?」
「は? なんで? 言うヤツいねーよ」
心底不思議そうに答えた。物悲しい。そうだよな……一匹オオカミだもんな。
出雲は自衛隊からパチッたコンバットナイフを指でくるくる弄びながらダルそうに言う。
「で、私もとーせんぼすんの」
「まあな。今日いっぱいぐらいは。通りたければ俺を倒してけ」
「ふーん。ギドーとは戦いたくねーな」
「おお」
言っても普通に襲い掛かってきそうだと半分諦めていたのだが、案外止まってくれそうだ。
「でも奥行きたいんだよな。金欲しいし」
「おお?」
「て事で金出せば帰ってやるよ、持ってるんでしょ? 出さなきゃギドーの股間の安全は保障しない」
「いやこえーよ。ちょい待て、今金は……んー、これとかどうだ」
「なんだこれ」
俺が通路の陰に隠していた漫画を拾い上げて投げ渡すと、キャッチした出雲は首を傾げた。
「俺が今ハマってる漫画。面白いよ」
「ふーん?」
出雲は表紙を捲ってつまらなそうに流し読みをはじめたが、八ページ目あたりで目を見開き、完全に没頭して読みだした。どのシーンで引き込まれたか分かるんだよなあ。
ストーリーがひと段落する半分ぐらいまで読んだ出雲は、帰ってゆっくり読む、と言っていそいそ帰っていった。
撃退完了! 人喰いは武力だけではない、知力でも冒険者を倒せるのだ。
また、人喰いは武力と知力だけでもなく、評価ボタンとブックマークでも冒険者を倒せる。
評価ボタンで最大10pt、ブックマークで2ptのダメージを与える事ができるのだ。冒険者のHPは1だから、評価ボタンかブックマークどちらかを押すだけでもうオーバーキル。両方押せばレベル1000の冒険者でも一撃で塵にできるだろう。
人の身に余る強大な力にも思えるが、特に副作用とかそーいうのは無いからこの茶番を読んで半笑いになった人は気楽にポチればいいと思います。押すとハッピーになれます。作者が。
~ハッピーエンド~




