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25 神代社長の心意気

 出雲容疑者は同意書をひらひらさせつつ、憤懣やるかたないといった様子で語り出した。


「同意書隅から隅まで全部読み込んだけどさあ、」

「隅から隅まで全部読み込んだのか……」


 自由な一匹オオカミのクセにこういうとこ律儀なんだよな。世の中契約書読み飛ばすヤツばっかやぞ。

 感心半分の俺を出雲は鼻で笑った。


「読むに決まってんでしょ馬鹿じゃないんだから。で、内容は要するに何があっても全部自己責任です、代わりにガーディアンズはあーしろこーしろって命令しません、って事なワケよ。そんなん当たり前じゃん? お互い何も縛りませんっていう縛りをかけるとか意味わかんなくない? わざわざ契約する意味ある? 無いでしょ! 勝手に潜らせろよ!!!」


 出雲は怒声を上げてコンテナの壁に拳を叩きつけた。係のおじさんが顔をしかめる。

 落ち着け悪質クレーマー、係のおじさんをあまり怒らせない方が良い。追い出されるぞ。


「つってもお前今住んでるアパートの賃貸契約書は書いたんだろ。ほんとはこういうのには建前だとしても契約が必要だって分かってんじゃないのか」

「ウ゛ッ……いやそれは……住むとこなくなったら流石に困るし……家貸してもらうんだから契約書無いとダメだろ」


 急にテンションが落ちてモジモジし始める。

 自由だ孤高だと言いつつ地上では割と社会の常識を守るのが出雲の良い所だ。その分ダンジョンでは完全に野生の猛獣になる。

 そのギャップがかわ、かわい、かわいくはないな。顔は全会一致で可愛いけど。


 目線をフラフラさせもごもご気まずそうに言い訳を並べ立てている出雲を生暖かくみていると、何やら列待ちのインターン生のひそひそ話が聞こえてきた。


「あの一匹オオカミが……」「……見ろよ、懐いて……」「猛獣使い……」「……うらやま……」「……婚活男かよ」「掘られろ……」


 声が聞こえるあたりに目を向けると半数は目を逸らし、もう半数は忌々しそうに睨んできた。舌打ちする奴もいる。

 ごめんな! 美人と仲良くして!

 嫉妬もしたくなるよな。俺が逆の立場なら嫉妬と祝福の板挟みでたぶん頭おかしくなる。

 出雲は仲良くないって言い張ってるけど。


「めんどくせーなもう多々良屋敷行けよ。お前多々良ユーザーだったろ。あそこなら契約書も同意書もいらねーんだろ?」

「多々良屋敷は入場料取るじゃんか。クッソ腹立つ」

「ああ、それはまあ」


 多々良屋敷はダンジョン発見初期からある入口だ。警察や自衛隊がダンジョン侵入禁止令を出す中、地主が警察や自衛隊の立ち入りを拒否して、国相手に裁判を起こし封鎖に抵抗していた。アウトローな冒険者御用達のダンジョン不正侵入経路として人気だった。


 しかしその人気にも陰りが見えている。

 最近ダンジョン産の金の相場上昇に伴って多々良屋敷入口を通行するための料金、つまり入場料の値上げをしたのだ。不満が噴出し、利用者が減りつつあった。

 俺個人の分析では民間警備会社各社にシェアを奪われる前に稼げるだけ稼いでおこうとしている説が強い。多々良屋敷の地主さんは国や企業がバックについているわけでもない、ちょっと広い土地持ってるだけの人だからな。いずれ競争に負ける。株式の売り抜けみたいな。ちょっと違うか。


「どうしました?」


 もう放置して帰っちまおうかなーと思い始めたところでコンテナハウスから神代社長がひょっこり顔を出した。


「どうしたじゃない! 別にそっちの社員ボコってやろうってわけじゃないんだって、ダンジョンに入れればいいの。後は自己責任で勝手にやるからとにかく入れてって言ってんの、簡単な話だろうがよぉ~!」

「出雲、出雲ステイ!」


 俺が何か言う前に出雲がめちゃくちゃに噛みついた。物理的にも噛みつきそうな剣幕だ。

 馬鹿出雲お前馬鹿、社長だぞ社長、鶴の一声でお前を出禁にできるんだぞ、落ち着け!

 流石に追い払われるか、と社長の顔色を窺うと、社長は出雲の顔ではなく、出雲の右手を見て目を瞬かせていた。


 出雲は刻印を隠していない。レベルを表す線の数もはっきり見える。

 最古参冒険者である出雲はレベル5、俺を除けば人類トップレベルだ。


 神代社長はギャンギャン騒いでいる出雲ににこやかに手招きをした。


「こちらへどうぞ。詳しい話を聞きましょう」

「は? やだよここで話せ」

「あー、分かりました。私の権限で手続きを省略しましょう。どうぞ、ダンジョンへ」


 出雲は沈黙した。

 妖怪の正体を見破ろうとするかのようにじろじろ神代社長を舐めるように見回す。

 社長は全く動じず、人好きのする笑みを浮かべたまま佇んでいる。

 やがて野生の嗅覚がシロ判定を出したのか、出雲は不機嫌そうに頷いた。


「それでいい。礼は言わないからな」

「ええ、好きでやっている事ですから。有能な冒険者に利用して頂けるだけで弊社としては十分です」

「……でも恩には着る。この借りは音速で返す。覚えとけよ!」


 出雲は神代社長から目を逸らし、早口で捨て台詞を吐いてダンジョン入口に走り込んでいった。入り口に立ちふさがっていた社員にも話が聞こえていたため、止められる事もなくダンジョンに消えていく。


「そちらの方は?」

「えっ、あ、いや、あの、す、好きです」


 出雲を手を振って見送っていた社長に急に話を振られ思わず本音が出てしまった。

 やっべぇしくじった! これドン引きされるやつゥ!


「そうなんですか。いいと思います」

「えっ」


 褒め、褒められ……?

 引かれなかった……?

 この人天使なの……?


 動揺する俺に神代社長は重ねて優しく聞いてきた。


「あなたも彼女と同じ用件でしょうか?」

「え? あ、えー、まあ、そんな感じぃ……ですかねぇ。アイツほど無理に押し入ろうとかそういうのじゃないんですけど」


 まさかダンジョンちゃんに情報をリークするため敵情視察に来たとは言えない。


「彼女の知り合いの方なんですね。刻印を見せて頂ければそれ次第で同じようにお通しできますよ」

「えあ゛っ、や、俺はいいです」


 刻印を見せるのはヤバい。暫定お見合い候補ナンバーワンにすごいつよい冒険者アピールをしたい誘惑になんとか耐える。


 世間では既に刻印の存在と、レベルの概念が知られている。政府の公式情報で確認されているのはレベル4で、出雲のレベル5ですら新発見なのだ。

 俺はレベル8。凄いを通り越してもはや異常だ。


 それに俺の『迷宮の(ダンジョン)同盟者(アライズ)』の刻印の形状が知られるのもまずい。ダンジョンと結託した人類の裏切り者にしか刻まれない刻印だから、超弩級の危険人物にして重要人物だと宣伝するようなものだ。今はまだ刻印を見てもそれが何を意味しているのかまでは分からないだろうが、見せびらかす物ではない。だから指ぬきグローブをはめて刻印が見えないように隠しているわけで。


「そうですか、残念です。また何かあったら気軽に声をかけて下さいね?」

「えっ! 気軽に声をかけていいんですか!?」

「いいんですよー。私、お喋り好きですから。それじゃまた」


 神代社長はそう言ってウインクしてコンテナハウスに引っ込んだ。

 何あの人、かわいっ! 結婚したい。結婚指輪もしていなかったしまだ独身のはずだ。誰かに先を越される前にもう今すぐ告白……いや落ち着け俺、まだだ、まだ早い。今日会ったばっかりなのに告白したら失敗する。出雲の失敗を思い出せ。


 俺は全身全霊で神代社長から意識を引き剥がした。

 また今度。また今度だ。


 インターン生の様子を軽く見て回った後、俺は帰る前にダンジョン併設の買取所を見学した。ダンジョンで拾える金を高値で買い取っている他に、ドロップアイテム……ゴブリンが持っている石ナイフの買い取りもしているらしい。一本三千円で。高い。

 石ナイフと言えば聞こえはいいが、原始的な打製石器のようなものだ。河原で石を上手く砕けば作れてしまう程度のものに過ぎない。それが三千円はちょっと意味がわかんないですね。高くて五百円ぐらいでは?


 不思議に思って買取所のおじさんに話を聞いたところ、記念品として需要がある、との事だった。高値で買う研究者もいるとか。

 なるほど、確かに『ゴブリンナイフ』を売り文句にすれば売れそうだ。

 国にダンジョン攻略を委託されたガーディアンズのお墨付きで売り出せば購入者は偽造品を掴まされる心配もしなくて済む。


 なんだかんだガーディアンズは上手くやってるんだなー、と感心しながら、俺は偵察を終え帰途についた。

 読まなくても大丈夫なコラム:迷宮金(maze gold)


 ダンジョンから産出する金は中性子79個、陽子79個の原子のみで構成されており、それ以外の同位体を一切含まない。

 これにより通常の金より密度が低下しており、地球産の金と区別する事ができる。

 ダンジョン発見当初は通常の金と等価で取引されていたが、迷宮金特有の性質が判明してからは科学的な研究・利用対象としての価値が加わり、相場の6~7倍の値段がつくようになっている。

 評価ボタンを押すと更にその価値は999倍に跳ね上がる。

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― 新着の感想 ―
おー、天然金と迷宮金は似て非なるものなのですね。 むしろ金そのものの暴落に繋がらないから利点ですらある。
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