02 ダンジョンだって会社ぐらいつくりますよ
異世界ラビリスは剣と魔法と迷宮の世界である!
異世界ラビリスには「ダンジョン」と呼ばれる生き物がいる。ダンジョンは生きた迷宮で、色々な宝物を餌に獲物を呼び寄せ、生命力を吸い取って栄養にする。
そして成長し、大人になって、結婚し、子供を作る。そうやって増えていく種族なのだ。
ダンジョンは人間族と同等の知能と社会を持つ生き物なので、当然、会社がある。大人になったら就職し、働いて生命力を稼ぐのだ。
会社に就職せず一匹狼を気取るダンジョンはすぐに人間に踏破・攻略されて死んでしまう。
人間とダンジョンの関係の歴史は古い。人間はダンジョンの攻略ノウハウを知っているため、ダンジョン達は嫌でも団結しないと蹴散らされてしまう。例え過酷な搾取をしてくる老害だらけの会社だとしても、就職しなければ死んでしまう。
ダンジョン社会は厳しかった。
そのダンジョン達の中に、一匹の若い雌ダンジョンがいた。友達の雌ダンジョンからはダンジョンちゃんと呼ばれている。資金をためつつ、ダンジョンの壁の美しさに投資するなど自分磨きを怠らず、いつかイケメンダンジョンを捕まえて結婚する事を夢見るごく普通の雌ダンジョンだ。
ある日の事。せっせと人間を呼び込み召喚したモンスターでボッコボコにして生命力を吸っていたダンジョンちゃんは、上司の老害雄ダンジョン、メイクーイン監督から呼び出された。
ダンジョンの体は迷宮と、迷宮最深部に置かれた心臓・脳を兼ねるダンジョンコアでできていて、人間のように気軽に出歩いたりはできない。だから連絡する時は通話用モンスターを相手方のダンジョンに送るのが通例だ。
ダンジョンちゃんの通話モンスターがメイクーイン監督の迷宮に辿り着くと、早速念話が始まった。
『お前馬鹿な事やったな。ワシが気付かんとでも思ったか?』
『え?』
雌ダンジョンへのセクハラで悪名高いメイクーイン監督の声は相変わらずネットリしていて生理的に無理だ。ダンジョンの壁に鳥肌が立った気がする。しかしそれを言うわけにもいかない。
突然の大地震でメイクーイン監督のダンジョンが崩壊して消滅する妄想をしながら尋ねる。
『すみません、何の話でしょう』
『しらばっくれるつもりか。お前、会社の生命力を横領したな。なんだこれは』
メイクーイン監督のダンジョンの壁に文字列がパッと現れる。先日の備品の代金をまとめたものらしい。
ずらずらと備品とその値段のリストが並ぶ中で『ゴブリン 900,000生命力』だけが異彩を放っていた。他の備品とは桁が違う。見逃しようがない。
ダンジョンちゃんは呆れた。誰だこんなクソ分かりやすい横領をした間抜けは? ゴブリンは子供のダンジョンが召喚するような最弱モンスターだ。ダンジョン攻略に慣れた人間にとってはいいカモで、召喚しても賑やかしにしかならない。
ゴブリンの召喚費用は1000生命力で一匹。90万生命力なら900体。900体もクソザコモンスターを召喚してお遊戯会でもやりたかったのか。
『90万生命力のゴブリンですね。これが何か?』
『この小娘が! モンスター会計はお前の仕事だろ。お前しかできない。犯人はお前だ。白状しろ!」
『ええっ!? いやいや、確かにモンスター会計はやってますけど、ゴブリンなんて誰も召喚してませんよ。そもそも会計は確認の上で監督に提出して――――」
『黙れ、もう証拠は挙がってるんだ。お前は重い処罰を受ける事になる。財産没収、クビ、追放だ』
『そ、そんなあ……クビになったら私もうどうしたらいいか』
ダンジョンちゃんは酷い濡れ衣と不幸に嘆き悲しんだ。
つい最近、ダンジョン運営法が改正されたおかげで、どんなに悪い事をしても死刑は無くなった。その代わり、ちょっとした罪でも気軽に財産没収&追放刑に処されるようになってしまっている。追放先はよりにもよって異世界で、どんな場所かもよく分からず、一度行けば二度と戻れない。人生……いや、ダンジョン生の墓場と言っても過言ではない。
凹むダンジョンちゃんに、ただし、とメイクーイン監督が下心を隠そうともせず言った。
『ワシの嫁になればこの件もみ消してやろう。なあに、悪い条件ではあるまい?』
『えっ嫌です』
ダンジョンちゃんは反射的に断った。
結婚相手は内部構造100階層以上で壁が綺麗で生命力をしこたま稼ぐイケメンダンジョンと決めているのだ。古参というだけで会社の監督をしている3階層しかない汚壁不細工ジジイダンジョンと結婚なんて生まれ変わっても嫌だった。
『嫌です。キモいので嫌です。絶対に嫌です』
『なんだと貴様! せっかく目をかけてやっていたのに調子に乗りおって! もう許さんぞ!』
こうして全力で拒絶したダンジョンちゃんは、抵抗虚しく会社をクビになり、財産を没収された挙句、身一つで異世界追放されてしまった。
追放刑に処された落ちぶれダンジョンちゃんが目を覚ますと、何やら雰囲気がいつもと違った。何が違うのかよく分からないが、決定的に雰囲気が違う。異世界にやってきたのだと本能的に悟った。
ダンジョンちゃんは地下洞窟型である。地面の下に埋まり、地下へ地下へと階層を伸ばしていくタイプの女の子だ。地下洞窟型ダンジョンは明るく前向きだとよく朝の占い特集で紹介されている。
財産を没収されているので、ダンジョンちゃんは1階層しかない。部屋もたった一つで、がらんとして小部屋にダンジョンの心臓であり脳でもあるダンジョンコアがデデンとある。
追放直前に手切れ金として渡された10,000生命力。これだけが頼みの綱だ。他には何も無い。知り合いもいない、貯蓄もない。何一つ分からない異世界新天地で生き抜いていかないといけない。
ダンジョンちゃんは途方に暮れたが、息苦しくなってきたのでとりあえず斜め上に小さな出入口トンネルを生成し、外部とダンジョンコアの部屋を繋げた。ダンジョンコアは必ず外と通路で繋がっている必要があるのだ。ダンジョンは生き物だから、外と繋がった出入口が無いと窒息死してしまう。
入口を1つ作る事で1,000生命力を消費した。これで後9,000生命力。
何もしなくても一日2000生命力は使わないと栄養不足で餓死してしまうから、何もしなければダンジョンちゃんの命はあと5日。
ダンジョンちゃんは改めて自分が置かれた過酷な状況を思い、愕然とした。
『ううっ……』
一体どうしてこんな事に。
悪さはしなかったし、高望みもしていなかった。慎ましく生きていた。
ただ、高収入高階層で将来性アリのイケメンダンジョンと結婚して幸せな家庭を築ければいい、ただそれだけが望みだったのに……
残酷な運命を呪ったダンジョンちゃんだが、すぐに気持ちを切り替えた。嘆いても何も変わらない。イケメンダンジョンも我が身を呪って泣いているだけの雌ダンジョンには見向きもしないだろう。婚活に自分磨きは欠かせない。
とにかくまずは入口からダンジョンコア直通の現状をどうにかしないといけない。このままでは侵入者がやってきただけで即踏破完了で死亡コースだ。小動物なら無視できるが、知性ある中型以上の動物が来たら詰む。
ダンジョンちゃんは残り9,000生命力のうち、なけなしの7,000生命力を使って簡単な罠と召喚モンスターの設置、最低限の通路と部屋の増設拡張を――――する前に、出入口から悲鳴と共に生き物が落ちてきた。
「ふあっ!? ああああああああああああ!」
『きゃあああああああああああああああ!?』
ダンジョンちゃんも悲鳴を上げ、恐れおののいた。なぜならば、落ちてきたのはダンジョン族最大の収入源にして最大の脅威、人間族だったからだ。
『嘘でしょ!? いやぁあああああヤダヤダヤダヤダ死にたくなぃいいいい! 助けてお願いします!』
ダンジョンちゃんは追放された時の軽く三倍はビビリ散らして大混乱しながら、必死で命乞いをした。
落ちてきた人間は鬼の形相で言った。
「評価ポイントを押せば命は助けてやる」
「押します! 押しますから命だけは……!」
ダンジョンちゃんが評価ボタンを押すと世界の紛争は消え、あまねく命に平和が訪れた。
それを見た人間は菩薩のように穏やかに言った。
「これこそが鍵だったのだ。世界は救われた」
~ハッピーエンド~