17 争え……もっと争え……
東京都心陥没孔対応本部からやってくる自衛隊は本当に余計な事しかしない、というのは冒険者の共通認識だった。
ダンジョンに真っ先に潜り、危険を冒し情報を持ち帰っていたのは冒険者だ。
自衛隊はその冒険者から情報を吸い上げた挙句悪者扱いしてダンジョンから締め出そうとしている。ダンジョンの入り口を片っ端から封鎖し、冒険者の居場所を奪おうとしている。
平泉も以前は人目につかない穴場の入り口からダンジョンに侵入していたが、今では締め付けが厳しくなり、少なくない金を払い多々良屋敷入口から入らざるを得なくなっている。
多々良屋敷入口は行政による封鎖を受けていない数少ない入口である。厳密には散々封鎖勧告と有形無形の圧力を受けているのだが、全て拒否し裁判に持ち込む事で抵抗している。
それもいつまで続くか分からない。もし裁判に敗訴すればいよいよ一般冒険者がダンジョンに潜るのは難しくなる。社会の爪弾き者が、落伍者達がようやく見つけた居場所を再び奪われるのだ。
怒りを覚えて当然だった。
もちろん自衛隊は正しい。市民の安全を守るため、長期的国益のため、一般人のダンジョン立ち入りを禁止する――――全くもって正しい。もっといえば自衛隊は政府の指示で動いているだけであって、正しい正しくないという表現すら不適切であり、恨むのは全く筋違いだ。
しかし理屈が分かっていても怒りは収まらない。
大儀を盾に雑に扱われ踏みつけにされる側にしてみればたまったものではない。
考えるほどに怒りは再燃する。そしてレベリングに疲れある程度の黄金を拾い帰途についた平泉は、研究者を護衛し探索中の自衛隊の一団と遭遇した。自動小銃を構え、八人で二人を護衛している。
「誰だ!」
反射的に隠れようとした平泉だったが、見つかる方が早かった。銃で撃たれてはたまらない、と物陰から出る。
自衛隊員が一人前に出て堅い声で言った。
「一般人の立ち入りは禁止されています。地上まで送るので同行して下さい」
「チッ! お前らがこういう事するせいでな、俺の仲間はどんどん冒険者やれなくなってんだよ。そこんとこ本当に分かってんのか?」
「話は地上で伺います。ゆっくりこちらへ来てください」
「話を! 聞け! あのな、いいか? 俺の友達の後藤くんがな、お前らのせいで失踪してんの。後藤くんは前科持ちで左腕がなくてな、どこでも門前払いで雇って貰えなくて腐ってたんだ。でも冒険者になって金拾って、これなら俺でもやっていけそうだって言ってて、そう、良い奴なんだよ後藤くんは。見た目ヤバいけど話してみるとな」
平泉は勝手にヒートアップしていく。
自衛隊員は口こそ挟まなかったが、明らかに話に引き込まれておらずイライラしていた。
「会うたんびにあれ買おうこれやりたい、久しぶりに実家に帰ろうか、なんて楽しそうに話しててな。良い奴なんだよ後藤くんは。でもなあ、お前らがなあ! 自衛隊がなあ! 規則だからって話も聞かずにダンジョンからつまみだしたんだよ! 後藤くんが使ってた入口も塞いじまうし、家族に引き取りにくるように連絡したんだって? 大恥もいいとこだよ! ええ? 後藤くんがどんだけヘコんだか分かるか? 死んだような顔でな、俺にもうダメだって言ってそれっきり行方不明だ! どうするんだよおいどう責任取るんだよ! ダンジョンからいなくなれば死のうがどうなろうがおかまいなしか!」
「……そういった事は広報部にお問い合わせ下さい」
淡々とした自衛隊員の受け答えに平泉はブチ切れた。
話も聞かず無理やりダンジョンから追い出そうというのなら、平泉も同じ事をするまでだ。
「ダンジョンから出てけ!!!」
平泉が出刃包丁で襲い掛かるが自衛隊員の対応は迅速だった。
冒険者は全員政府の立ち入り禁止令を無視してダンジョンに潜っているアウトローである。自衛隊に見つかれば逃げるか襲い掛かるかの二択。
一歩後ろに下がり出刃包丁の一撃を避け、間合いを計る。既に護衛対象の研究者は後ろに下げられていた。
自衛隊員が三人前に出て、じりじりと半円形に広がり一斉に銃床で殴りかかってくる。
それを平泉は避け、出刃包丁で弾き、一発を腹に食らった。
「クソが!」
取り押さえられる前に一番近い自衛隊員の腕を斬り付け、平泉は逃げ出した。
後ろを振り返ると二人が追ってきていた。しかも速い。
「……クソが!」
平泉は迷路のようなダンジョンの道を上手く利用し、曲がり角や狭い通路を利用し二十分に及ぶ逃亡劇の末になんとか振り切った。途中でルーンウルフがなぜか平泉をすり抜け自衛隊員に襲い掛かっていったのには大きく助けられた。それがなければ体力が尽き捕まっていただろう。
疲労困憊の平泉はダンジョンの恒常衰弱で動けなくなる前に残った力を振り絞ってなんとか地上に戻った。多々良屋敷入口から脱出し帰宅する。
自衛隊主導のダンジョン調査も一層後半に届いていて、冒険者への締め付けはますます厳しくなっている。このまま事態が進行すれば冒険者という存在は消滅し、ダンジョンの全てが行政に独占される事も有り得る。
平泉は身も心も疲れ切っていた。
風呂に入って寝よう、と風呂を沸かしながらテレビをつけると、丁度緊急ニュースをやっていた。
何気なく聞き流しそうになったが、信じられない言葉が耳に入りテレビ画面を二度見する。
ニュースキャスターは緊張した様子でまた同じ言葉を繰り返した。
「――――り返しお伝えします。鹿児島県陸上自衛隊川内駐屯地に未知の陥没孔が出現しました。このダンジョンは東京都心陥没孔、いわゆるダンジョンとは独立したものですが、近しい性質を持ち危険であるという発表が――――」
「――――これに対し、小説家になろう所属の評価ボタン氏に御意見を伺いたいと思います。評価ボタンさんは今回の件についてどうお考えですか?」
「そうですね。難しい問題ですが、やはり『とりあえず評価ボタンを押す』。これに尽きますね」
「と、言いますと?」
「評価ボタンには【文章評価5点】【ストーリー評価5点】の合計10点がありますが、悩む必要なんてないんですよ。とりあえず満点にしてポチればいいんです。あとでやっぱ気に入らないなと思ったら点数を下げる事もできるんですから、とりま満点が安定です」
「なるほど。評価ボタンを押す事は全てを解決する。そういう事ですね?」
「分かって頂けたようで何よりです」
平泉はニュースキャスターとコメンテーターの完璧なやりとりに感心し、評価ボタンを押した。
~ハッピーエンド~