16 一般有能冒険者くん
平泉翔はダンジョンでルーンウルフを斬り捨てながら生の喜びに震えた。
全く信じがたい、奇跡的な喜びだった。
まさか生きていてよかったと思う日が来るとは思いもしなかった。
平泉は高校を卒業し、大学受験に失敗して以来ずっとニートだった。
失意に沈み親に叱られ死ねとまで言われ、自分のような不出来なクズは死んだ方がいいと思いながら自殺もできず惨めに人生にしがみついていた。
生きているのが辛すぎて苦しくて、呼吸する事すら空気を穢すようで申し訳なくて。死にたいのに醜く生きてしまっている平泉を救ってくれたのはダンジョンだった
ダンジョンに初めて足を踏み入れた時は、ほとんど自殺のつもりだった。八年もの間ニートをしていて何も言って来ない親にも何も言えない自分にも疲れ果て、何か特別な死に方をしたかった。財宝と人を襲うモンスターが出るらしい、と噂のダンジョンは漫然と地獄のように生きているだけの自分に終止符を打ってくれそうだと思っていた。
しかし違った。
平泉翔は死ではなく右手に刻印を受け取った。
黄金を拾い、売り払い、モンスターを倒した。
最初は無我夢中で、次第に計画的に。
そして何年ものほの暗い時間が全て吹き飛ぶ鮮烈な生活がはじまった。
こんな自分にも楽しいと思える生き方があるんだ、できるんだと涙した。
冒険者とは閉塞した現代日本に彗星のように現れた新しい生き方だ。
自分のように希望を見出した者は少なくないに違いない、と平泉は確信している。
ところがテレビのバラエティ番組やSNSで無責任に演説している奴がいる。
「自称冒険者は現実とゲームを混同して命を軽く扱っている。嘆かわしい」
と。
平泉に言わせればそんな事を言う奴らの方が嘆かわしかった。その戯言が支持されているのは輪をかけて嘆かわしかった。
ダンジョンという現実を認識していないのは一体どちらだ?
江戸から明治になる時「最近の若者は武道をせず本を読んでばかりで嘆かわしい」と言われた。
昭和から平成になる時「最近の若者は本を読まず漫画を読んでばかりで嘆かわしい」と言われた。
「ゲームばかりしていて嘆かわしい」だの「スマホばかり見ていて嘆かわしい」だの、いつでも新しい物は批判される。
何百年経っても何も進歩していない。
冒険者も同じだ。ダンジョンという新しい世界に対応して挑戦を始めているだけなのに、不謹慎だの自粛しろだの取り締まれだの身の程を知れだの。
どう考えても冒険者をどう禁止するかではなくどう許可するかが問題だ。
禁止しても冒険者をやる奴はやるし、許可してもやらない奴はやらない。下手に禁止すれば冒険者は水面下に潜りより秘密裡に悪質化して活動を継続するだろう。少なくとも平泉はそうするつもりだった。
ダンジョンも、モンスターも、冒険者も、コメンテーターが快適な椅子に座りネットの画面越しに眺めて知った気になるようなゲーム感覚のものではない。今まさに現実に存在する確かなものなのだ。厳しさも喜びもある。
平泉は冒険者稼業を始めて一ヵ月になる。警察突入前から潜っているいわゆる一期組だ。
一層後半を踏破し二層に入ったものの、石人形――――誰が言い出したかロックゴーレムと呼ばれているモンスターを超えられず攻めあぐねている。
石でできた人型ゴーレムは生半可な攻撃ではビクともしないし、動きは鈍いが二体で通路一杯に立ちふさがっているので横をすり抜けていく事もできない。
ロックゴーレムの背後には黄金のちょっとした小山の輝きが見えていて、二層に到達した一期組の中では誰が一番最初に突破するかの競争になっている向きがある。ただ、欲に目がくらんで無理やり押し通ろうとした奴が棍棒で吹っ飛ばされて思いっきり骨折したのを平泉は見ている。
強引な突破は無理筋。地力を付ける事が必要だ。
だからここ一週間ほどの間、平泉はルーンウルフを狩って力をつける事に専念している。
そう。
例え相手が石でできたモンスターでも地力をつければ自力で突破できる。
それが冒険者の力だ。
平泉は再び複雑に入り組んだ通路の曲がり角でルーンウルフの強襲を受けた。飛び掛かってくるルーンウルフに姿勢を低くして一歩踏み込み、
「しっ!」
刻印を光らせすれ違い様に出刃包丁を一閃する。ルーンウルフの頭が一撃で胴から離れ、地面に落ちる前に虚空に溶けて消えた。刻印が微かに熱を持ち何かを吸収する。
平泉は剣道など一度もやった事がない。台所の下の物入れの奥に死蔵されていた貰い物らしい出刃包丁で狼の頭をカウンターで撥ね飛ばすなどできるはずがない。しかしできる。刻印の力があれば。
平泉の手の甲に浮かんだ刻印は逆十字あるいは剣のような模様だ。
そしてその外側に時計回り・放射状に三本の線が刻まれている。12時の位置からはじまって同じ長さの線が三本。
線の間隔を計ったところ、百本でちょうど刻印を一周するだろうという予測が立っている。
最初は一体何なのか不明だったが、今では刻印の模様が冒険者としての能力を、線の数が強度を示しているのであろうという事が判明している。
模様をジョブ、線の数をレベルと呼ぶ者もいて、分かりやすいためその呼称が広まり定着しつつある。平泉もそう呼んでいた。
ジョブは人によって違う。
平泉は剣の刻印であり、刃物を扱う時に刻印が光り強化される。ジョブの名前は通称「剣士」。イメージ通りに刃を振るう事ができたり、実際の筋肉や技術に見合わない斬撃を繰り出す事ができる。
他にも投擲・射出に補正がかかる「弓使い」、武器を使わない近接格闘に補正がかかる「格闘家」などの存在が確認されている。
レベルは線の数をそのまま反映する。線なしのレベル0から始まり、線が1本ならレベル1、線が3本ならレベル3。
レベル3剣士の平泉はダンジョン内に限り出刃包丁で狼の頭を一刀両断できるほどの恩恵を得られる。銃火器もアーマーも無い一般人冒険者にとって、ダンジョンの奥に進むにはジョブ・レベルの恩恵は欠かせない。
レベルはモンスターを倒すと上がる。レベルが上がればジョブの恩恵が強くなる。平泉はレベル2の時は一匹のルーンウルフにも苦戦していたが、レベル3に上がった途端三匹までならなんとか相手にできるようになった。だからレベル4に上がればロックゴーレムも突破できると考え、最近はルーンウルフを狩ってレベリングをしているのだ。
しかし全ての冒険者が同じ事ができるわけではない。
平泉のジョブ「剣士」は恩恵が分かりやすい。刀剣を持ち、振るうだけで力を発揮できる。刃物の入手も簡単だ。
「弓使い」あたりも分かりやすい。石を投げたり、矢を射れば力を発揮できる。弓矢はネットで注文すれば普通に手に入る。
「格闘家」などは身一つで力を発揮できる。
しかし自分のジョブの力をどうやって発揮すれば良いのか分からない冒険者は多い。ジョブの力が判明している冒険者の方がむしろ少ない。
刻印を持ち、レベルも上がっているのになんの恩恵も受けられない冒険者と恩恵を受けられている冒険者の差は大きく、ダンジョンの一層後半を縄張りにしている冒険者はそのほとんどがジョブを使いこなせている者だ。
このあたりは冒険者同士の情報共有によって判明している。
もっとも「一匹オオカミ」や「婚活男」を代表とした、明らかに刻印の恩恵を強く受けている実力者にも関わらず刻印を見せたがらず情報を秘匿する者も多いため、全ての情報を収集考察できているわけではない。
冒険者にとって他の冒険者は黄金を巡って争う競合相手であり、反目し合う事も珍しくないが、平泉は積極的に交流を図っている。
平泉はダンジョン内で冒険をする冒険者に仲間意識を持っていた。同じ場所で同じ目標に向けて努力する仲間だ。モンスターの脅威の中で時に戦い時に逃げ、財宝を手に入れる。勇敢でなければできない。
だから全ての冒険者に敬意に払っている。例え対立しようと仲間であると考える。
しかし例外もある。
政府の犬、自衛隊だ。
自衛隊は評価ボタンの隠蔽工作を行っているという噂がある。人間の所業とは到底思えない悪魔的行為だ。
そのせいでこの小説の作者は評価ボタンが最新話の一番下のあたりにしか表示されない事を知らず、気に入ったなろう小説を読んでる途中で「まだ読んでる途中だしあと10話ぐらい読んでないとこあるけど面白いから評価しよう、あれ、でも評価ボタン無いな、なんで???」と何度も混乱状態に陥った。
そのような悲しい事故、おぞましい噂、全てを包み込み、評価ボタンはじっと誰かに押される時を待っている。
そしてその評価ボタンが押される歴史的瞬間はたった今やってくるのだ……
~ハッピーエンド~