15 現実的アプローチ
出雲は良い事をした。ダンジョンで理想の結婚相手と出会うのは不可能だと身をもって教えてくれた事だ。
俺は自分がゲロ甘な夢を見ていた事を受け入れ、反省し、素直に結婚相談所にエントリーシートを書いて持って行った。やっぱりプロの方を頼るのが一番だ。
結婚相談所は高層ビルのフロアの一画にあり、エントリーシートを提出して少し待つとすぐに係のお兄さんが出て来て対応してくれた。テーブルを挟んで対面でソファに座り、面談が始まる。
軽い挨拶の後、お兄さんは早速シートを見ながら聞いてきた。
「堀内さんは無職との事ですが、今は何を?」
「冒険者ですね」
「冒険者というと、あー、東京都心陥没孔の?」
「そうですそうです、その冒険者です」
「警察が立ち入りを禁止しているあの?」
「アッ……はい、まあ、そう……なります……かね……」
「はい。趣味は特になしとありますが、普段は何を? ほら、ちょっと空いた時間にやる事だとか」
「……萌え声の女の子とお話?」
「なるほど。その方とは仲が良い?」
「え? ああ、命預けれるぐらいの仲ですけど結婚は物理的に無理ですね。なんというか次元の違う相手みたいな」
「次元の? ……あっ。はい。えー、貯金は20万円、間取り1Kのアパートに一人でお住まいとの事ですが」
「間違いないです。家賃5万のとこです」
「結婚相手への希望はこれを全てですか?」
「そうです。5憶円ぐらい貯金があって可愛くて性格良くておっぱい大きくて俺の事が大好きで他の男にフラフラしない結婚相手です。全部満たしてないとダメですね」
「なるほど、大体理解させて頂きました。そうですね、簡潔な結論を述べさせていただくのと、順を追ってお話するのとどちらがいいですか?」
「あー、じゃあ簡潔な方で」
「婚活ナメてんですか?」
二十分後、俺はあらゆる点にダメ出しされ、まず何よりも就職しろと説教を喰らいトボトボと結婚相談所を後にした。悲しい。
いいさいいさ、結婚相手は自分で見つけるもんね。お兄さんの結婚相談は所詮お仕事。命懸けで婚活戦線張ってるダンジョンちゃんの方が頼りになるさ。
実際ダンジョンちゃんは本気で頼りになる。俺はダンジョンちゃんのダンジョン運営に人間視点で協力し、そうして得た生命力を黄金などに変換してもらい受け取っている。共存共栄。取引相手としてだけで見ても最高なのにそこに無二の友情までついてくるのだからもう無敵だ。
今はダンジョンちゃんがこの世界でやっていけるかどうかが決まる重要な時期で、少しの生命力も無駄にできない。俺は貯金で二ヵ月は食いつなぐから生命力は全てダンジョン運営に充ててくれと言っているのだが、ダンジョンちゃんは「ギドーをタダ働きさせるなんてあり得ない」と強硬に主張して少なくない黄金を渡してくれる。文字通り命を削った黄金だ。
いい子なんだよな、ダンジョンちゃんは。一緒に最高の結婚相手見つけて幸せになろうな。
警察突入隊の壊滅から二週間後、紆余曲折を経て東京都心陥没孔二十二番――――通称「篠崎公園入口」の真上に自衛隊による現地対応本部が設置された。今までも付近の公民館に仮設本部が設置されていたが、それとは別のものだ。
これが災害やテロならばもっと迅速に動いたのだろうが、マニュアルになく誰も真面目に予想していなかったダンジョン出現という異例の事態に対応は後手後手に回った。
自衛隊は東京都心陥没孔の制圧占拠ではなく、研究者や専門家の護衛を目的として動く旨を発表している。
日本政府はダンジョンを制圧すべき脅威ではなく、黄金を産出する金脈であり、貴重な生物が生息する洞窟であると認識する事にしたようだ。
無作法に踏み荒らしてダンジョンの環境が崩れ、黄金が湧いて出なくなったり、貴重な生物が絶滅したりしたら困るどころの話ではない。有識者による慎重な調査が望まれる。
民間人の犠牲者も出ているのだが、ダンジョン内で死ぬと死体が残らないから基本的に死亡ではなく行方不明扱いだし、そもそも冒険者というのは公的には危険立ち入り禁止の自然保護区に不法侵入して密猟をしているならず者のようなものである。密猟者を野生動物が殺したからといって、野生動物を殺せ、自然保護区を制圧占拠しろ、という話にはならない。
話がまとまってから理屈を聞けば至極当然に思えるが、予想外の状況だった。
絶対に自衛隊が大挙して押し寄せてくるものとばかり思っていたのに。自衛隊は確かに来たが、想定より遥かに手ぬるく穏便だった。ありがたい。
自衛隊は最初ダンジョン内、篠崎公園入口直下の小部屋に拠点を設営したのだが、すぐに問題が起きた。拠点は休憩地点としても活用されるはずだったが、休んでも休めなかったのだ。
小休止や仮眠をとっても疲れがとれず、急速に疲労。体調不良で離脱する者が続出し、自衛隊随伴で現地入りした研究者の中には意識不明に陥る者まで出た。
未知の病原菌や本人の持病、過度のストレスなどの原因が考えられたが、調査の結果ダンジョン内では恒常的に体力を消耗していく事がついに明らかにされた。しかしこれもまた大事にはならなかった。
常識バイアスとでもいうべき、既存の理屈でダンジョンの異常を説明しようとする傾向はとても強い。
極端な高山――――エベレスト山頂付近でも同じような急速な疲労・回復不能現象が起きる。低温と酸素不足により、食べ物を消化吸収できず、横になって休んでも体力が削れていくのだ。すぐにダンジョン内の空気組成調査が入り、地上と同じだと判明。それでも何か回復を阻害する理由があるはずだとして追加の調査が行われている。ダンジョン内拠点は撤去された。
今のところ地質調査や病原菌調査、放射線調査が主軸で進んでいるが、いずれ刻印が理由だと分かるかも知れない。しかし分かったところで回避不能なので問題はない。刻印を削ぎ落しても切り落としても別の場所に浮かび上がるだけだ。
日本政府はそういう訳でダンジョンを潰すような動きはとっていない。
強敵はむしろ一般冒険者の方だ。
政府主導で動いている連中は後々の国益までを考え、慎重に動いている。深入りしないし、ゴブリンもできるだけ殺さない。
一方で一般冒険者は刹那的に軽率に動く奴が多い。どんどん深入りして、ゴブリンやルーンウルフをばかすか殺し、黄金を拾い集めて回る。モンスターを殺して放出された生命力は刻印を通して吸収され、冒険者を強くする。
刻印による強化はダンジョン内でしか発揮されないから、地上で冒険者がイキって暴れ散らかすような事はないものの、刻印による強化の有無は大きい。冒険者は遠からず人の域を超えるだろう。
だから短期的には自衛隊が本腰を入れてくるのが一番怖いが、長期的には冒険者の方が怖い。
最悪なのは自衛隊が冒険者のようにモンスターを殺しまくりスペックアップした上で攻めて来る事だが……さて。これからどうなる事やら。
これからどうなるかは俺にもダンジョンちゃんにも分からないが、一つだけ確かな事がある。
評価ボタンはいつでもそこにあり、静かに押してもらうのを待っている、という事だ。
人類が二足歩行を始めた時から、国を興し、時に争い、慈しみ、宇宙へ飛び出していくのを評価ボタンはずっと見守っていた。これまでも、そしてこれからも、最新話のあとがきの下らへんで評価ボタンは誰かに押されるのを待っているのだ。
それが善悪を超越したある種の「救い」である事は間違いない。
~ハッピーエンド~




