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14 争いが起きないはずもなく

「よー出雲。このへん儲かるか?」

「まあまあ。ルーンウルフがやっぱ厳しいとこある」


 狼のクセに群れやがって、と出雲は悪態をついた。

 ダンジョンに潜っていると、俺と活動領域が被る出雲とよく遭う。コイツいっつも芋ジャージ着て猫背でコソコソしてんな。

 あと会うたびに段々足音がしなくなって気配も薄くなっている。暗いダンジョンの中で出雲はペンライトに紐をつけ首からぶら下げ光源を確保しているのだが、かなり光を絞っている。それでちゃんと周囲が見えているというから、恐らく出雲はアサシンとかレンジャーとかそっち方面の能力が刻印によって強化されているのだろう。


「ギドーは?」

「そこそこ稼いでる」

「そっちじゃなくて。婚活してるとか話してたじゃんか」

「あー……」


 出雲は初対面では全身ハリネズミで会話を成立させるのに苦労したが、何度も会っている内にそこそこ話せるようになった。

 友達になろうとか結婚しようとか一緒に冒険しようとか飯食いに行こうぜとか、そういう人間関係を匂わせなければ割と話せる奴だ。わざわざ俺に会いに来たりはしないが、会えばちょっとした雑談をする。


「ダンジョンってあんま婚活会場向きじゃないんじゃないかって思い始めたとこだな。そもそも女子が少ない」

「それ今気付いたの? 馬鹿なの?」


 笑いやがった。うるせーな分かってるよ。


「ギドーさ、仕事クビになって就活しなくて昼間っからダンジョンプラプラしてて別に可愛くもなくてちょいちょい挙動不審で金も無い女の子と結婚したいって思う?」

「は? 思うわけないだろそんなん」

「でしょ。それを男女逆で考えればいいわけ。仕事クビになって就活しなくて昼間っからダンジョンプラプラしてて別にカッコよくもなくてちょいちょい挙動不審で金も無い男と結婚したいって思う女なんているわけない」

「うわーッ! やめろ聞きたくない! 現実突きつけんな!」


 出雲は耳を塞いだ俺を見て笑っている。だから笑ってんじゃねーよ!

 なんだよもうよォ! 正論パンチなんて大ッ嫌いだ! 冴えない男がモテたっていいだろうがよォ!

 世の中冴えた男なんて滅多にいない。冴えた男だけがモテるなら冴えない大多数の一般男性はどうすりゃいいんだよ。ふざけんなよ。


「クソッ! そういうお前だってそんな性格じゃ結婚できねーぞ」

「一匹オオカミは結婚しない」


 一匹オオカミってつければなんでも許されると思うなよ。

 いや結婚だけが人生の目標じゃないししたくなければしなくても全然良いとは思うが、それはそれとして出雲には馬鹿にされたくない。

 コイツ顔はいいしこれで性格良ければ完璧なんだけどな。顔が良くて性格も良い女性はそもそもダンジョンに潜らないっていうね。つっら。


 精神攻撃で泣きそうになっていると、出雲が顔を強張らせ背後を振り返った。

 ややあって足音が聞こえ、近づいて来て、曲がり角から髪を金に染めピアスを開けジーンズを腰履きにして金属バットを持った絵に描いたような不良野郎が現れた。


 不良野郎は出雲を見て目を見開き、下卑た笑みを浮かべる。


「かわいいじゃん! なんでこんなとこにいるの君~、俺が上まで送ってってやるよ。ここ危ないからさぁ~」


 出雲はへらへら笑って寄ってくる不良をいつもの人を殺していそうな目で睨んだ後、何も答えず立ち去ろうとした。そこに不良が先回りして立ちふさがる。


「返事しろよ。大丈夫! 何もしねーって、優しくする」

「失せろ」

「は? 調子のってんじゃねーぞブス!」


 不良は一瞬でブチ切れた。こっわ! 情緒不安定かコイツ。

 俺は蚊帳の外だったので傍観していたのだが、不良くんは金属バットで出雲を殴ろうとしている。ダンジョン内での負傷は生命力(ライフ)収入になるから放置して見ていた方がいいのだが、流石に黙って見ていられなかった。間に割って入りバットの攻撃を腕で受け止め


「い゛っっっで!?」


 予想の三倍の衝撃と激痛が走り、俺は悶絶した。


「お゛お゛お゛お゛お゛……」

「んだよしゃしゃんなカスどけ」


 追撃の蹴りは辛うじて転がって避けたがびっくりするほど容赦のない暴力だった。

 軽く脅すぐらいのスイングかと思って止めたのにフルスイングだったぞ。下手したら骨折れるわこんなん。

 やべぇよやべぇよ、分かっちゃいたけど無法地帯だ。ここは暴力が支配する世界なんだ。モンスターから襲われない特権があっても人間からは襲われる。頭では理解していたが危機感が足りなかった。畜生。


 しかし人を殴ったという事は殴られるという事だ。無法地帯らしく不良の顔面に拳で挨拶を喰らわせるために痛みをこらえ立ち上がると、俺より先に出雲が前に出てご挨拶した。


「ぶぇっ!?」

「私ダンジョン好きなんだよね。何も守らなくていいし何にも守られないのがもう最高」


 もんどりうって倒れた不良にマウントポジションを取り、容赦ない追撃を入れながら出雲は淡々と語り出した。

 ええ……こわあ……


「いぎっ、やめ、ごぇっ」

「あんたは好きにしていい。私を脅していいし暴力振るっていい。私ももちろんそうする」

「ゆ、ゆるげぁ」

「気に入った奴を助けて、気に入らない奴は叩きのめす。単純でいいよねぇ。誰にも縛られない。一人で好きに生きれる。良い事も悪い事も独り占め。こんな幸せある? あるわけない。あんたもそう思うよなぁ? ん?」


 出雲は血の付いた拳をジャージのズボンで拭いながら、半死半生の不良に微笑みかけた。


「いつでも復讐しに来いよ。ただし歓迎しないし、次も殺されないとは考えない事だな。じゃ、ギドー。私金拾って帰るから」


 出雲は俺に気楽そうに一声かけていつものように猫背で去っていった。

 俺はあまりの衝撃に声も出なかった。


 なんつーか……ヤベー奴だ。サイコパスじゃんこんなん。

 助けてもらったのに感謝より恐怖が先に来るってどういう事なんだ。


 立ち上がる事もできず地面に転がりっぱなしの不良の惨状が何よりも出雲の本性を雄弁に物語っている。元から自分の本性を一切隠していなかったが、物的証拠が出てやっと心から理解できた。

 奴は狼だ。義理堅く良心もあるが、自由で、喜んで敵を噛みちぎる。


 これを素面でできる人間はどう考えても普通の社会生活に向いていない。

 出雲はダンジョンでこそ輝いて生きられる冒険者向きの人間なのだ。


 もしかしたら、ダンジョンは出雲のような現代社会では生きにくい思いをしている社会不適合者の受け皿として機能するのかも知れない。

 もっといえば、ダンジョンの壁には一定間隔で評価ボタンとお気に入り登録ボタンが並んでいる。男も女も、老人も子供も関係なく平等にボタンを押す事ができる。これは有史以来人類が発明した中で最も公平で偉大な機能だ。

 評価ボタンとお気に入り登録ボタンは全てを許し、受け入れる。「右の頬を打たれたなら、左の評価ボタンを押せ」という格言があるぐらいだ。評価ボタンが画面の左の方にあるかはとにかく、つまりはそういう事なのだ……


~ハッピーエンド~

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[一言] 評価ボタンは人の心の中にあるんだよ
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