12 ポリスメン ゴー ホーム
「現在警察が作戦行動中です。危険ですので一般の方は地上に戻って下さい」
「…………」
警察の警告を出雲は無視した。通路の地面に目を落とし、懐中電灯で足元を照らして何やら、というか黄金の粒が落ちてはいないかと探している。
金粒はダンジョンちゃんが生成するので、一度取り尽くした場所でも湧き出る。マメな探索が稼ぎのコツだ。
突入隊のゴツいおじさん警官達は少し怯んだようだった。
出雲は見た目がいい。バレッタでまとめられた長い黒髪は貧乏暮らしで艶を失ってしまっているが、狼を思わせる鋭い目つきと合わさると野性的な魅力に見えてくる。スタイルもいい。モデル並だ。そして若い。見た目がいいとそれだけで威圧になる。
ダンジョンに潜り込むのは男が多い。女もいるが数は少ない。大抵は肝試し感覚のカップルで、そうでもなければバッサリ言えば顔面偏差値が低く色々な問題を抱える方々だ。
顔がいい女性はわざわざダンジョンに潜らなくても金銭に困らないし、冒険心や好奇心を別の手段で満足させられる。
当然だが美人は希少だ。若い女性がたむろする類の場所ですら希少なのに、女性比率が少ないダンジョンで美人は極めて珍しい。ダンジョンちゃんが開業して以来、美人と形容できるレベルの容姿の女性は出雲しかいないぐらいだ。
地上ですら珍しいレベルの美人が地下の暗い穴倉を一人で探索しているのは異様であったし、まるで怯えておらず手慣れた様子なのは隔絶の感があった。
もっとも世界で一番最初に刻印を受けた冒険者なのだからそれぐらいの威厳はあって当然かもしれない。一匹オオカミの美少女冒険者すごいです。
とはいえ警察にも任務がある。浮世離れした美人だからというだけの理由でスルーはできない。
突入部隊長が重ねて言う。
「特に女性の方は――――」
「うるっさいなダンジョンの中まで出しゃばるなよ公権力の犬が。せっかく自由な世界なんだからほっとけお節介ども」
「……戸田、地上まで同行してもらえ」
一匹オオカミ姉貴に噛みつかれた隊長は早々に対話を諦めた。
まあそうなるだろう。警察の作戦行動中に市民が巻き込まれて犠牲になるのは、ある意味では作戦失敗より遥かに恐ろしい。市民の安全確保が優先だ。
戸田と呼ばれた警官が出雲の腕を掴もうとすると、出雲は舌打ちして戸田の顔面をヘルメット越しに一発殴り、怯んだ隙に脱兎のごとく逃げ出した。
「まっ、待て!」
逃げる出雲を戸田は全力疾走で追ったが、徐々に距離が離れていく。
戸田はガチガチに装備を身に着けて重くなっているとはいえ突入隊に選ばれた屈強な男性で、出雲はつい最近までニートをやっていた女性だ。体力的にも筋力的にも戸田が追い付くのが道理。
しかし現実には出雲は戸田を引き離し、振り切ってしまった。
明らかに刻印による成長の影響が出始めている。
二週間の間クソザコゴブリンを隔日で数匹殺しているぐらいでいきなり人間の枠を跳び越えたりはしないが、それでも走り込みなしで急に足が速くなったりはする。変な話だ。
ダンジョンちゃんに言わせてみれば何十日単位で走り込みをして少しずつ足を速くしていく地球の人類の鍛え方がワケわかんなくて変なのだが。
戸田は釈然としない様子で本隊の元に戻り、逃げられてしまった事を報告した。誰も口には出さないが、なんだこいつ使えねえ的な針の筵アトモスフィアが形成されてしまっている。
会社勤め時代の自分と重なって観ているだけでけっこう辛い。これからガソリン爆破で吹っ飛ばす予定なのにうっかり感情移入してしまいそうだ。いや爆破するんだけど。
真面目に働いてる警察さん達への感謝と慈悲はもちろんある。でも俺の慈悲くんは今過労で倒れて入院中なので悪しからず。
ダンジョンの迷路は極力同じような景色を連続させ分岐を増やしまくり湾曲させ迷いやすくしているのだが、ゴブリンの襲撃もなく腰を据えてしっかり目印を描きながら進めば攻略されてしまう。出雲と別れてから、突入部隊は二人を捜索に出し、残りで先に進んだ。
そして最奥手前のゴブリン部屋に辿り着く。
コンビニ三軒分ほどの広さに詰め込まれたゴブリン達をまともに相手にしていられないと考えたらしい。警官達は部屋に発煙筒を何本も一斉に投げ込み――――部屋に充満していたガソリンに引火し、大爆発を引き起こした。
『んにゃぁああああああああああああ! 焼ける焼ける!』
「げ、やっぱ? ごめん!」
ダンジョンちゃんが悲鳴を上げる。そら体内で大爆発が起きれば痛いだろう。
マジですまん。自傷特攻作戦なんて下策もいいところだが、警察の突入部隊を跳ね返せる作戦はこれぐらいしか俺には思いつかなかった。申し訳ねえ、申し訳ねえ。
その甲斐あって警官隊は良い感じに吹き飛んでいった。
本来なら部屋に入ったタイミングで着火し全滅させる予定だったのだが、部屋に入る前に発煙筒で誘爆したため部屋から噴き出る爆風に晒されるだけで済んだ。
だけで済んだ、とはいえ大被害である。全員地面になぎ倒されて転がり、ライオットシールドは吹っ飛んでいったり割れたり溶けたり。全員煙を上げながら苦痛に呻き、気絶したのか死んだのか動かない者も少なくない。装備に火がついて絶叫しながらなんとか消火しようと転げ回っている者もいる。
控え目に言って地獄絵図だ。
阿鼻叫喚の突入部隊は動けない者を背負い満身創痍で引き返していった。
『……帰った? これ帰ったよね?』
「……帰ったな。あ、あぶねぇえ!」
『やったー! ギドーありがと! 私だけじゃ死んでた絶対! こわかったよぉーっ!』
「いやよくやったよ俺達マジでほんと」
ダンジョンちゃんと俺は歓声を上げ讃え合った。
たとえ満身創痍だろうと相手は訓練を積んだ警官だ。あと一部屋分、ほんの数十歩先に進まれたらたぶん俺の悪あがきも本当に悪あがきにしかならず詰んでいた。瀬戸際の防衛だった。
しかし警官隊にしてみればどこまで続くかも分からない、もしかしたら100階層以上あるかも知れないダンジョンで、たった一時間進んだだけで致命的大爆発トラップを喰らったわけだ。底知れない、現在の戦力では無理だ、人命第一と判断し撤退する判断は当然だろう。
紙一重の勝利と引き換えに完全に公権力と敵対した。これでもう引き返せない。ダンジョンちゃんと一蓮托生だ。
それにしても警察をなぎ倒しておいてやりたい事が婚活なんだからわけわかんねぇな。こんな俺の事でも好きになってくれる5億円ぐらい貯金があって可愛くて性格良くておっぱい大きくて俺の事が大好きで他の男にフラフラしない女性はいると信じたい。
しかし信じるだけでは不十分だ。
信じているだけで結婚はできない。足りないものがある。
では何が足りないか?
そう、評価ボタンだ。
今の日本人には評価ボタンが足りない。評価ポイント欠乏は現代人を悩ませる現代病の一つである事は今さら説明するまでもないだろう。
俺は欠乏した栄養素を補給するために評価ボタンを押し、筋力100万倍、知力1000万倍になり無敵の婚活を再開した。
~ハッピーエンド~