11 御用改めである!
戸田国男(31)は東京都心陥没孔――――通称ダンジョン突入部隊として選ばれた一介の警察官である。家電量販店の裏口の真横に開いた陥没孔の手前に建てられた仮設テントでぎゅうぎゅう詰めのパイプ椅子に座り、突入前の最後の集団ブリーフィングを受けつつ我が身の不幸を嘆いていた。
とんでもない話だった。
東京都心陥没孔は未だに行政各所の見解や対応がバラバラのバラで、そのあたりの兼ね合いのせいで突入部隊の編制がぐちゃぐちゃになっている。
警察組織の中でも集団警備力および災害対策を担う警備部から人が派遣されるのは全く順当だ。本来ならば特殊急襲部隊が出るところだが、都心でSATが動いたという事実を作るのは都合が悪い。国民の不安を煽るのを避けるために中止された経緯がある。
自衛隊が動かないのも同じ理由だ。俗に言う高度な政治的判断である。
それだけなら戸田も世の不条理を嘆きつつも理解はできたのだが、地域部、刑事部、組織犯罪対策部が混ざっているのは全く理解不能だった。警察官の中でも明らかに荒事を専門外としている連中が突入部隊にねじ込まれているのだ。
色々な勢力の思惑が入り乱れ、取っ散らかったぐちゃぐちゃ部隊になってしまっている。
戸田自身は交通部駐車対策課放置駐車対策センター違反金管理係だ。剣道有段者で大会優勝経験があるというのが突入部隊に組み込まれた理由なのだが、それにしては刀どころか竹刀も持たされていない。一応フル装備なので警棒はあるが、警棒で剣道有段者としての実力を活かせるかと言えばそんな事はない。規律を乱さないため装備は統一するというのが突入部隊長の言である。
突入部隊は政治的力関係の他に戸田と同じように何らかの武術を修めていたり、体力測定の成績が良い者などが優先して選ばれている。屈強な者ばかりだ。
戸田自身、こんな事態は全く予期していなかった。
平和な日常で平和を守るために淡々と仕事をこなし、大事件が起きても交通部駐車対策課放置駐車対策センター違反金管理係が鉄火場に行くハメになる事など無いと思っていた。
全くとんでもない話だ。
そもそも東京都心陥没孔には入らないように、という警察の公式見解は既に出している。注意喚起が周知されておらずそうとは知らないまま迷い込んでしまったならばいざ知らず、立ち入り禁止の看板とロープを乗り越えて入って行って怪我をして帰ってきて警察に通報するのは全く信じがたい事だった。危険立ち入り禁止と書かれている柵を乗り越えクマ牧場に侵入して大怪我をするが如き愚かさだ。
戸田は安全のための指示を守らない者をそれでも守ると心から言えるほど人間ができていない。仕事で守っているだけだ。
立場上仕方なく市民の味方ですと公言しているだけで、逃げられるものなら逃げたい。人間として当然の心理である。
ブリーフィングが終わり18人からなる突入部隊がぞろぞろ仮設テントから出ると、野次馬が押し寄せてきた。
興味本位の一般人の他に、命知らずにも東京都心陥没孔に潜り黄金を拾って小金稼ぎをしているいわゆる冒険者――――手の甲に刻印が刻まれているので、少し注意してみればすぐにそれと分かる――――と、テレビ局のものらしいカメラマンとリポーターがワンセット混ざっている。
戸田は隊長の後に続き、ライオットシールドで群衆を押しのけて進み、入り口の縦穴に頑丈なロープを新しく垂らし、懸垂下降で降りて行った。
俺はダンジョン最奥、中央にダンジョンコアが浮いている白い部屋で警察の突入部隊が侵入してくるのを見て緊張に包まれていた。ダンジョンちゃんが空間投影ディスプレイっぽい魔法で現場映像を中継してくれているので、現状はリアルタイムで把握できる。
『き、きたぁ……』
ダンジョンちゃんの声だけ聴いているとまるで吹雪の山荘に立てこもるもついに殺人鬼が玄関を破った音を聞きクローゼットの中で怯える悲劇の女子学生のようだ。庇護欲を誘う。ダンジョンちゃんは俺が守護らねばならぬ。
「ガソリン爆破突破してきても最悪俺がぶっ飛ばすから安心しとけよ、ダンジョンちゃん」
『ギドーが最後の砦かー。嬉しいけど無理しないでね。ていうかそれこそ最悪全力で謝ればギドーは助かりそうじゃない?』
「萌え声構造物系女子と一緒に婚活するために人類を裏切った奴が許されるわけないんだよなあ」
『そんな事言ったら先に裏切ったのは人類じゃん』
「それな」
裏切ったのはあくまでも会社の同僚達と上司であって、人類という言葉を使うとちょっと主語がデカいが大体その通りだ。
何にせよ俺達は人類に牙を剥くと決めた。人類も俺達に牙を剥いたらよろしいと思うよ。
突入部隊は丁寧にクリアリングしながら迷路を進み、迷路の分岐に差し掛かるたびに赤チョークで壁に目印を描いて迷わないようにしていた。18人全員で手分けをして上下左右前後全方位を警戒し、全くゴブリンで襲う隙が無い。申し訳程度の落とし穴やトラバサミも足元を慎重に確認して進んでいるためあっさり回避される。
時間をかければかけるほど刻印で衰弱していくため、罠とモンスターを実質無効化されても悪い流れではないのだがもどかしい。これ本当にガソリントラップに全てがかかってるな。防弾チョッキやヘルメット、ライオットシールドで防御をガッチガチに固めた警官隊でも密室の気化ガソリン爆発には敵うまい。敵わないでくれ頼む。灼熱の爆風の中を平然と歩いてこられたら心折れるかも知れん。
胃が痛くなってきたぞ。
途中で探索切り上げて引き返してくれないかな。
俺が貧乏ゆすりをしながら現場中継を見ていると、ダンジョンちゃんがおもむろに言った。
『……あのさ、こんな事言ってる場合じゃないんだけどさ』
「何?」
『キレそう。私の壁汚すカスは死刑だよ、死っあああああああまた! またあんなにおっきな矢印をぉおおおおお! 描くな! 汚すなって! あーッ! はあ!? もう、何? はあああ!?』
「こえーよ、落ち着け落ち着け」
『は? ギドーは、ギドーだとアレよ、足にうんち塗りたくられるようなもんよ?』
「うわっ……」
そりゃキレるわ。
価値観……種族の違い……溝は深いな。
ダンジョンちゃんは未だに一階層しかなく、迷路を虱潰しにマッピングしながらゆっくり進んでも1時間あれば突破できてしまう。刻印による衰弱――――生命力吸収はペースが遅いため、1時間では疲労はしても衰弱死にはほど遠い。
突入部隊が道程を半分ほど消化したところで、ちょっとしたハプニングがあった。
曲がり角からジャージ姿で猫背の美少女が足音もなくひょっこり現れたのだ。彼女はゴキブリでも見つけたような顔をして小声で毒付いた。
「うっわ、めっちゃ群れてる気持ち悪……」
「あー困りますね。ここは一般人は立ち入り禁止ですよ」
出雲と突入部隊の遭遇だ。
そしてそこに第三勢力が現れ、事態は更に混迷した。
「一般人は確かに立ち入り禁止だが。一般評価ボタンは立ち入り禁止かい?」
「ひょっ、評価ボタンさん! お疲れ様です!!」
突入部隊の面々が一斉に頭を下げる。流石の貫禄だった。
「ま、ここは俺に仕切らせてくれよ。どうだ」
「評価ボタンさんがそう言うなら……」
キレたナイフの如き出雲も評価ボタンさんの前では借りてきた猫。
こうして出雲と突入部隊は調印の代わりに評価ボタンを押す事で和解の取り決めをし、その余波でダンジョンちゃんと俺は理想の結婚相手を見つけ幸せに暮らす事となった。
やっぱり評価ボタンなんだよな。
~ハッピーエンド~