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10 ダンジョンちゃん披露宴


 今まではダンジョンちゃんの態勢を整えるために慎重に行動してきた。

 ゴブリン数匹と数部屋、縦穴しかないダンジョンなんて簡単に攻略されてしまう。客が押し寄せてもそれを捌き切るだけの能力が無かった。

 しかしそろそろプレオープンは終わりだ。コツコツ貯めてきた生命力(ライフ)を消費し複雑な迷路と新しい入口、武器を持ったゴブリンを追加し、正式リリースの段階に入った。


 ダンジョンちゃんと俺の目的は隠れ潜んで長生きする事ではない。結婚相手を見つけて幸せになる事だ。そのためにはどんどん客を呼び寄せてどんどんダンジョンを拡張発展させていかなければならない。ダンジョンちゃんが成長すればするほどお互いやれる事は増えていく。


 ダンジョンちゃんの東京正式デビュー追加コンテンツは「刻印」と「財宝」。


 ダンジョンちゃんは自分の体内に侵入してきた者に問答無用で刻印する事ができる。

 一度された刻印は解除できない。刻印された奴はダンジョン内にいる限り自動的にじわじわ生命力(ライフ)を吸い上げられ、弱っていく事になる。ダンジョンの外に出れば吸われないため、侵入者は刻印越しの自動吸収で死ぬ前に脱出を強いられる。


 刻印は基本的に利き手の甲に刻まれる。利き手がなければ反対の手。いつも生活していて一番意識が集まり多用する部位に刻まれるらしい。瞳や足に刻まれる例もある。種族によっては触手だったり尻尾だったり舌だったり。


 刻印は解除不能ダンジョン内限定恒久衰弱デバフだが、人間の枠を超えて成長するための鍵でもある。

 獲物とダンジョンを刻印というラインを通して繋ぐ事で、獲物はダンジョンシステムに組み込まれる。ダンジョン内で生命力(ライフ)を吸い取られるというルールを強制される代わりに、生命力を吸い取って成長する能力を得るわけだ。

 具体的にはダンジョン内でモンスターをぶち殺すとぶちまけられる生命力(ライフ)を吸収し……雑に言えばレベルアップしていく。強くなる、生物として位階が上がる、スペックアップする、表現はなんでもいい。


 ただでさえ圧倒的数と武力を持つ人間に更なる力を与えてしまうわけだが、悪い事ばかりではない。

 侵入者が強いほど生命力をたくさん奪えるからだ。

 侵入者が強ければたくさん吸っても死なないが、弱ければ少し吸っただけで死んでしまう。赤ん坊より筋肉モリモリマッチョマンの方が、そして筋肉モリモリマッチョマンよりも素手で高層ビルを粉砕する超人の方が良い収入になる。

 侵入者を呼び込み、効率よく育て、攻略されないよう撃退する。これがダンジョン運営の基本にして極意だという。

 なんか奥深そう。


 侵入者を呼び寄せる餌――――財宝は相談して黄金に決めた。金、Au、ゴールドだ。

 ダンジョンちゃんは心臓であり脳でもあるダンジョンコアを触媒とし、生命力(ライフ)を消費する事で万能の創造を行える。モンスター、トラバサミ、石ころ、雷だって出せる。作れないものはない。

 もちろん制限はある。基本的に価値が高い物ほどコストが高い。弱いゴブリンより強いドラゴンの方が召喚は大変なのだ。当然だ。


 が、このルールには抜け道があった。「価値が高い物ほどコストが高い」というのはダンジョンちゃんの故郷である異世界基準なのだ。


 地球ではゴブリンは人型生命体として宇宙人を生きたまま捕獲する並の莫大な価値を生む。研究対象として見ればめちゃめちゃ価値が高い。が、異世界ではクソザコという価値付けなのでめっちゃ低コストで召喚できる。

 俺のスマートホンを見せて同じ物を創造してもらおうとした時は、必要コストがドラゴン十匹分を遥かに超えていて全然無理だった。異世界にスマートホンはない。だから理不尽なまでに高価な創造コストを要求されるわけだ。


 その点黄金は素晴らしい交換レートだった。

 異世界では黄金は非常にありふれた金属らしい。現実世界でいうところの銅か鉄ぐらいの価値だ。そのへんに置いてあってもわざわざ盗もうとは思われない程度には価値が低い。むしろ鉄が黄金並に珍重されている。黄金と鉄の価値が異世界では逆転しているのだ。

 この交換レート問題は最初ダンジョンちゃんが砂鉄を財宝にしようとしていてなんかおかしいと思い聞いて発覚した。


 黄金はパッと見でもう金だ。非常に分かりやすい財宝だし単純に価値がある(1g≒5500円)。

 貴金属店に売りに行けば割と簡単に換金できるし手元に記念品として置いておいても嬉しい。

 ダンジョンにキラキラ光る金の粒が落ちていればライトの灯りを反射してみつけやすく、足元ばかり見ていればモンスターへの警戒が疎かになりやすい。

 いい事尽くめだ。


 ダンジョンのモンスターは武器として安い石ナイフを持ったゴブリンで統一してある。数は50。最後の砦としてダンジョン最奥手前の部屋には弓矢持ちゴブリンと鉄剣持ちゴブリン、盾持ちゴブリン、あと俺が用意したガソリン缶を配置してある。

 密閉空間に誘い込んだ敵をゴブリンで足止めしつつガソリン缶をぶちまけ着火すればまず間違いなく始末できる。無理ならもうお手上げだ。


 刻印と財宝を用意して最初に出雲に試しに潜ってみてもらったが、良い感じに金を数粒拾いゴブリンの群れに追い返されて逃げ帰ってきた。

 数粒とはいえ一万円弱になる。命がけの危険を冒して手に入る日給として高いかどうかは意見が分かれるところだが、出雲は気に入ったようだ。一人でできる金儲けというのが大きい。

 二度目のダンジョン探索以来、右手の甲に刻まれた刻印にテンションを上げ、二日に一度は潜っている。金だけ拾って帰る時もあれば、金属バットで二、三匹のゴブリンを撲殺して、軽い傷を作りながらも多めの金を掴んで帰る時もある。


 ちなみに出雲はゴブリンが嫌いらしい。

 ちんちんぶらぶらだから。


 ダンジョンちゃんのモンスター召喚はその名の通りモンスターだけを召喚する。武器なし防具なし服もなし。全裸。ちんちんぶらぶらだ。

 服を着せるには追加で生命力(ライフ)がかかる。服を一枚着せても防御力にほぼ影響はない。かといって防御が上がるような頑丈な服は高コストで、最下級クソザコモンスターに高コスト防具を着せるのはもったいない。

 そんなわけでゴブリンくんは今日も全裸でちんちんをぶらぶらさせているのだ。

 ただし子供並の能力のゴブリンが素手で大人に怪我を負わせるのは難しいので、超低コストで用意できる石ナイフだけは持たせてある。


 ダンジョンちゃん正式リリースを皮切りに侵入者は少しずつ増えていった。誰も深入りせず、ゴブリンに襲われると慌てて逃げ帰る。ゴブリンを数匹倒して奥に進む根性ある奴も数十匹のゴブリンの大軍に襲われると逃げる。

 黄金を拾える稼ぎ場だからダンジョンの入口を発見した者は競争相手を増やさないよう隠そうとするのだが、そもそも入口は割と目につく位置にある。黙っていても侵入者は増えていく。


 面白いのはダンジョンそのものより「勝手に手の甲に刻まれる刻印」というのが良くも悪くも噂になっている事だ。


 何も考えてない奴らはカッコイイからという理由で刻印を刻むためだけにダンジョンに降りて来てはしゃいだりする。心霊現象を体験できる肝試し感覚なのだろう。

 慎重な奴らは得体の知れない攻撃(?)にビビる。ひとりでに手の甲に浮かび上がる刻印を見て恐慌状態に陥り逃げ帰って二度と来ない事もある。実質呪いの印だから身の安全を重視するならその判断は間違っていない。


 警察や役所もダンジョンという存在とそこにいる人を襲う未知の生物、刻まれる謎の刻印という問題を認識しはじめていて、調査員をダンジョンに送り込んだり被害者に事情を聞いたりしている。しかし調査に向かった人員にまでも刻印が刻まれ、どう対応するかモメている段階だ。

 モンスター保護派、駆逐派、静観派、色々ある。ゴブリンは人間なのか? 何者なのか?

 関係各所に連絡が回り出し、どこ主導で対処するかモメたり追加調査をしたり。

 行政が対応しようにも管轄が分からない。地域の下水道局で対処すべきなのか? 国土交通省が動くべきか? それとも警察か? いっそ自衛隊なのか?


 何しろ黄金を産出する、都心ド真ん中の金脈だ。莫大な利権、モンスターの脅威、刻印の謎。色々な要素が絡み合い混乱している。


 ダンジョンの入り口は今のところ全部で7つある。

 1つは俺のアパートの玄関。

 2つは公共の土地、つまり人気のない道路にある。

 残り4つは私有地だ。


 道路にできた入り口はすぐに警察か下水道局が看板とカラーコーンを立てロープを張って立ち入り禁止にした。

 しかし私有地の入り口はそうもいかない。私有地ではあるものの管理が甘く公道から見え土地の境界線がよくわからないため一般人が不法侵入する場合、家族の秘密にして家族ぐるみで探索をして収入源にしている場合、土建屋を呼んで埋めてしまおうとしている場合、色々だ。

 目端の利く私有地の権利者の一人はダンジョン通行料をとって商売をはじめている。

 子供並のスペックとはいえ、武器を持って襲い掛かってくるゴブリンを自分で相手にするより入口の使用料をせしめた方が楽だと思ったらしい。

 早々とネットに公表し宣伝もしていて、徐々に知名度は上がりつつある。


 このあたりの事情はダンジョン内でまさか盗み聞きされているとは思いもしていない関係者がペラペラ会話しているおかげで割と追えている。


 いきなり自衛隊レンジャー部隊が派遣されてきてダンジョンちゃん死亡! 俺も人類の敵と密通した罪を暴かれ拘束・死刑! なーんて事にならないように慎重に動いてきたのだからこれぐらい問題なく順調に進んでいい。そうでなければ困る。


 しかしこれからはそうもいかない。話が広まり大勢の人間が動き出し、予測がつかない未知の領域に入ってくる。

 その動乱に向けた転換点の一つが明日だ。

 正式リリースから二週間後、ダンジョンに警官隊が突入してくる事になった。

突入して三秒でダンジョン最深部までやってきた警官隊は、死を覚悟し絶望するダンジョンちゃんに一つのボタンを差し出した。

『こ、これは……?』

「評価ボタンです。このボタンが我々に争う事の愚かさを教えてくれました」

『なるほど。確かに評価ボタンは押す事で小説にポイントを入れ、作者を幸せにする事ができる。いわば平和の象徴……!』

 警官隊は銃を捨て、ダンジョンちゃんに微笑みかけた。

「あなたに評価ボタンを押す指はありませんが、心の指で押せば大丈夫でしょう。さあ、手を取り合って。評価ボタンを押して明るい未来を切り開こうではありませんか」

 ダンジョンちゃんは感銘を受け、心の指で評価ボタンを押した。

 かくしてダンジョンちゃんは人類と手を取り合い、明るい未来へ向かって進みはじめた。


~ハッピーエンド~

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― 新着の感想 ―
む、確かに微妙なラインではありますが、外患誘致罪が適応される条件を満たしていると言えなくもないですね。 そうでなくとも計画的な殺人傷害を何十件何百件と犯しているならほぼ極刑か。
[一言] ダンジョンの美醜はどうやって判断するんだろう
[一言] わかったよ、押すよ… だから泣くな、な…?
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