1日目 歩き遍路は初日に破綻した(海青)
岡山で朝一番の電車に乗り込んだ私とのりちゃんは高松で列車を乗り換え、ガタンゴトンとゆっくりした走りの中朝食のサンドウィッチを頬張り、ようやく目的地である坂東に降り立った。
「予想外に小さな駅?」
「ポスターやのぼりはあるけど列車も2両編成だし適正なのかしら。もっと観光地的な雰囲気を私も予想していたんだけどね」
待合室は15人くらいで満員だろうか、無人駅だが綺麗に整理されていて寂れた印象はないけど、駅前にはコンビニもコンビニじゃない店も無い。
「これから一日中歩くのに朝飯があれだけじゃ正直足りないなあ」
「一番さんの周りならきっと沢山のお店があるよ、観光地価格だと思うけどね。じゃあ行こうか」
のりちゃんがリュックを背負うのに合わせて私も自分のリュックを背負い、看板の誘導に従って最初の目的地・霊山寺に向かった。
これが私・美空海青と私の大親友・世弘法子の四国八十八ヶ所霊場巡り、いわゆるお遍路さんの第一歩だった。
道筋は少し登り勾配で道に線が引かれていて迷う要素はないけど、横幅が3メートルくらいの随分と狭い道で事前に聞いていた地方は軽自動車でないと道が狭くて運転できないってこれかあ……とか、マイナーな雰囲気に四国はお遍路さんで賑わっているとはなんだったのか!?とか、のりちゃんと話しながら歩いていると横切る大きな道の向こう側に古くて大きな木造の門が見えてきた。
私とのりちゃんは顔を見合わせてだけど歩くスピードは変わらず、周囲の食べ物屋がどうなっているのかチェックしながら近づいていった。
ロケーションは丁字路の突き当たりにお寺の門がありその左隣にお土産物屋さん(?)があって、土産物屋さんの向かいつまり私たちの左に料理屋さんがあった。
今の時刻が10時前だからなのかまだ店は開いていないようで……。
「「ちょっとひもじいね」」
私たちは道路を渡り、門を背景に自分たちを入れて記念撮影するのは距離を置いてシャッターを押してくれる親切な人が見当たらなかったので断念して門だけを撮り、その代わり門の側にある一番寺と書かれた石柱を二人で挟んだ自撮りを記念写真にした。
それから左のお店に行ってみたけれどやはりお店は開いてなくて、でも店の周囲はガラス張りで店内を覗き見ることができた。
「お遍路装束を売ってるよ。それじゃあお店が開くまで私たちのお遍路は始まらないってことなの!?」
事前にネットで調べたところでは1番寺の側のお店で白い服などの衣装や道具を揃えることができると聞いていたのだ。
「駅に置いてあった地図だと少し歩けばコンビニがあるみたいだからどうにもならないようならコンビニに行くとして、それまではせっかくだしお寺を見て回りましょう。お寺の門を見る限りなかなか古くて趣がありそうよ」
いつだって冷静で的確な判断をしてくれるのりちゃんが頼もしい!
私たちは早速門をくぐりお寺の境内に入っていった。
中には手洗い……柄杓で水を組むやつね、や本堂・菩薩の像などがあって趣があるのはわかるけど、あまりお寺に興味がない私には見方がわからない。
装備を整えてないからお参りもできないし直ぐに飽きてしまった私はのりちゃんを見ると、
「じゃあ出ようか。喉も乾いてきたから自販機チェックしたい」
山門から出た私たちは先ほど覗いていたお土産屋とは逆方向の左に曲がってみた。
するとお寺の駐車場があり、お遍路グッズを売っていそうなお店も見えてきた、それも開店しているお店だ!
のりちゃんと頷き合って納経所と描かれたその建物に私たちは入っていった。
建物の中には白衣や菅笠、金剛杖や納経帳などが置いてあってここでも道具を揃えられるんだと思った。
ただ、お店の人は2人いたけどおばあさんの方は先に来ていた外人男性さんの相手をしていて、もう1人のおじいさんは店の奥のカウンターの向こうで座布団の上に座っていてお店の人ではないというか、接客するような地位の低いものではありませんよな感じ。
一応おじいさんに道具選びの手伝いをしてくれるのかのりちゃんが聞いてみたけど答えは予想通りノー、でもお遍路初心者向けのガイドブックをもらったのでそれと商品を見ながらおばあさんの手が空くのを待つことにした。
「色々あるけど納経帳は一番安いのでいいよね」
外人さんがニコニコしながらおばあさんに衣装を着せてもらっているのを横目に、私とのりちゃんは買い物リストの確認を始めた。
「ビニールのサイドポーチが安っぽくてこれなら布製の方が雰囲気あるかなあ」
「金剛杖はやっぱりいらない。ウォーキング的には杖なんか持たずに腕を大きく振りたい」
今日から始まるお遍路の旅を言い出したのは私だが、それは普段やっているウォーキングの夏休み拡大版的イメージで言い出したのだった。
「前から言っていた通りかっちゃんは杖いらないんだね、私もそれでいいよ。あと白衣の上はお約束だから買うとしても下は自分たちで用意したジャージが良さそう、問題もなさそう」
「菅笠も安い方で問題無し。あとお遍路用の地図があるけどどうしよう、のりちゃん?」
「値段も高いけどそれ以上に重いのが問題よね。スマホがあるんだしいらないんじゃないかな」
「数珠も家から持ってきたのでよし。それでわげさだけど白衣とセットなのかしら!? 確かにお坊さんっぽいアイテムだけど」
「軽いしあってもいいかな、文字通り色々あるから色合わせしてみようよ」
その場にあった輪袈裟の色は赤紫茶黄とあり、私とのりちゃんは手に取って色合わせをしようとしたんだけど、輪袈裟って文字通り輪っかになっているからハンガーから取れなくて、仕方がないと輪袈裟の結び目を解こうとしたところでお店のおばあさんがすっ飛んできた。
「それをほどいちゃダメよ。ほら、こっちにあるでしょ」
そう言って私たちの背後にある棚に並べられていた輪袈裟を示した。
見ると先客の外人さんはお会計のようだからもうすぐ私たちの番だね。
私たちが選んだものについておばあさんは何も言わなかったけれど、買わなかったものについては聞いてきた。
「金剛杖はいらないの? 階段や坂で重宝するけど」
「ウォーキング感覚でお遍路するんで、腕を大きく振れなくなる杖はいらないな。金剛杖型ネックレスとかあったら良かったのにね」
「お遍路さん用の地図は便利よ」
「重いしスマホがあれば迷うことはないと思いますし」
私とのりちゃんがお遍路衣装を身につけてにんまりしていると、のりちゃんが表情を静めておばあさんに質問した。
「それで本堂と大師堂にお参りした後、こちらにまた来て御朱印をもらうんですね」
「ここで買った納経帳には御朱印はもう入れてあるから大丈夫よ、そのまま山門を出て右に曲がると次の極楽寺への道ね」
……こんなところで効率化の話を聞くとモヤっとするな。
お経以外は貰ったガイドブックに書いてあるようにお参りした私たちは、門を出て右手のお土産物屋さんに人影を見つけた。
自分の空腹具合を改めて知った私たちは顔を見合わせた後、そちらに向かった。
お土産物屋さんだと思った建物は正しくは3つあり、1つはよくわからなくて1つはお遍路グッズ売り場、そして人影が見えたのはうどん屋さんのようだった。
開店はしていないようだったけど、近づいてきた私たちに気づいた中の人が戸を開けて声をかけてくれた。
「こんにちは、何か食べていくなら御用意しますよ」
私とのりちゃんは期せずして同じちくわうどんを頼み、関東の醤油味とは違う噂には聞いていたお出汁メインの味を堪能した。
次のお寺までの道筋は1番寺の時のように道路に線が引いていたりはしなかったけれど、交差点に来るたびどう進めばいいのかの指示があって、私たちはあっという間に極楽寺に着いた。
本堂大師堂にお参りした後、納経所で私たちは意外な言葉をお寺の人にかけられた。
「着ている白衣には朱印は押さないんだよ」
「「どうしてですか?」」
「墨や朱肉が滲んだり他に移ったり、そもそも白衣自体が汚れるからね」
お遍路を進むにつれて身につけている白衣が賑やかになることはないそうだ。
1番からここまでの距離は短く私たちが疲れたということはなかったので、御朱印をもらった私たちはそのまま3番目に向かったのだが、ここでこの度初めてのトラブルが私を襲ったのだった。
日が高くなるにつれて気温が上がり手持ちのペットボトルの中身が尽きようとしたので、私たちは目についた自販機が作る影の中で水分補給を兼ねた休憩にした。
「日差しが強いね。これだけで体力をすごい消耗するから三食しっかりと食べなきゃダメだね」
「白衣は長袖買ったけど良かった、半袖だったら日焼け止め塗ってても負けそうなくらい強いや。というか塗ってない手の甲とか赤くなってきててやばい!」
「特徴のある景色があるわけでもないし路面は荒いし、ウォーキング的にハズレだったかもしれないなんて嫌なんだけど」
お遍路をしようと言い出した私の愚痴に、付き合う側ののりちゃんがフォローを入れる。
「判断早すぎるよ、お遍路って全部で千キロ超えるっていうのに。始まったばかりだから面白い部分に目を向ける余裕がないだけだよ」
「のりちゃんの心遣いが暑さでうんざりし始めた私の心にスゥーと効いてくる」
「休憩も効いたみたいだから行こうか」
のりちゃんのお遍路再開を促す声に下ろしていたリュックを持ち上げようとしたら、
ビリッ
という嫌な音がするとともに足が何かを踏んづけている感覚とリュックを持つ手から抵抗が無くなる感覚がした。
背筋が凍る感じがしたが私は慌てることはなくリュックを改めると、肩紐と本体の縫い目が千切れていて左肩にかけることはもうできそうにはなく、右肩紐の縫い目も左のと同時に縫い付けていたようで半分近くほつれていた。
買い換えは決定、でもどこで買い換えよう?
「のりちゃん、近場のスポーツショップ検索して。私はお遍路ルート調べる」
「……ねえかっちゃん、リュック買い換えるんだよね。でもここまでコンビニ1軒出会わなかった田舎で信頼できるリュックが見つかるとは思えない」
のりちゃんの言い分は私自身も正直賛成。
かといって諦めるのは早すぎる。
いや、のりちゃんにはいいアイデアがあるの!?
「大天才法子の冴えたやり方を聞かせてもらおう」
「余裕だね、かっちゃん。私はただ列車で徳島まで行ってそこのしっかりしたお店で選んで買うのがいいと思ったの」
さすがのりちゃん、最高の提案なんだけど……。
「いいのかな?それだと歩き遍路とは言えなくなると思うけどいいの?」
のりちゃんの思いっきりが良すぎる提案に私は申し訳なくなって聞き返したんだけど……。
「私は歩き遍路かどうかに興味はないよ。かっちゃんからこの話を聞いた時、面白そうだなあ、これまでのようにかっちゃんについて行けば面白い体験ができそうだなあって思ったからかっちゃんについて来たんだよ」
すごい。
どうしてのりちゃんはこんなにも優しくて信頼を示す言葉がするりと出てくるのだろう。
こんなにも自分のことを買ってくれているのならできるところまで頑張ろうって思うよ!
「ありがとう、のりちゃん。じゃあちょっと寄り道してリスタートしよう」
私たちが話していた場所が農業系スーパーの敷地内にある自販機側だったのは幸運だった。
徳島に行く決定をして直ぐにお店の人から最寄りの駅の場所を聞くことができたのだから。
私は右肩だけしか背負えないリュックを担ぎ、左側を無理やり掴んで駅に向かった。
その時のりちゃんは私の手助けをすることはなかったけど、その方が私の心の負担にならないのでありがたいのだった。
もっとも1分差で電車に乗り過ごし、次の列車が来るのが45分後だと知った時
「手伝うのが正解だったの!?」
と、のりちゃんは吠えたんだけどね。
私が東京の電車に慣れていて基準がおかしいのか、徳島駅は県庁所在地がある駅とは思えない閑散とした駅だった。
のりちゃんは編成が短いのと運転間隔が長いのが閑散と感じる原因だと思うけど、大元は車社会だから学生の私たちにはわからないのだろうって言ってた。
列車はワンマン運転で駅に着くたびに運転手さんが振り返って降りる人の定期券や運賃を確認していたけど、さすがにここで運賃の確認をするのは駅の改札の人だった。
私は2人分の消印を押された青春18切符を見せて、のりちゃんと一緒に改札を抜けたらそこは駅ビルだった。
「とりあえずこの中見てみようか」
のりちゃんの提案に私は頷いた。
正直大した重さの荷物ではないので、腰で背負うような本格的なリュックでなくてもいいし、今背負ってるのも肩で担ぐタイプなのだ。
本格的なスポーツショップでなくても縫い目さえ丈夫に作っていてくれればという、私の期待値を上回るリュックは買えるはずなのだ。
一般用途向けのカバン店がビルに入っていたので、今背負っている壊れたリュックを見せて買い換えたい旨を伝えると、店員さんは今のとほぼ同じ大きさのリュックを見せてくれた。
今度は絶対に壊れないのが欲しいと縫製をチェックして満足のできる品質そうなのを確認、買う旨を伝えると
「直ぐにリュックの中身を入れ替えますか? でしたら試着室をお貸ししますけれど」
と言ってくれた店員さん最高!
そして売ってたのはカバンだけじゃなかったんだね、ごめんなさい。
(青春18切符は素晴らしいね、すでに私とのりちゃん2回分の元はとってるよ)
再び改札内に入った私とのりちゃんはどこのホームに行けばいいのか戸惑った。
先ほど私たちが乗って来た列車は今いる改札のあるホームに到着したのだけれど、どうも先ほど乗った駅に向かう列車はこのホームから発車しないようなのだ。
「高徳線はあっちのホーム見たいね」
のりちゃん示した方を見ると列車が止まっていて、あれに乗ればいいことがわかる。
だがホームを移動して列車に乗り込むとのりちゃんから「違う違う」と降ろされた。
「お二人はどちらへ向かわれますか?」
見かねたのかホームにいた駅員さんが声をかけてくれた。
「坂東の次の駅です」
「阿波川端です」
私は覚えていなかったけどのりちゃんはちゃんと覚えていましたよ。
「そちらへ向かう列車はこちらのホームにもう直ぐ来ますからお待ちください」
駅員さんは私が乗り込んだ列車のいるホームとは反対のホームを示して離れていった。
わざわざ声をかけてくれてありがとうございますと思って見送っていると、私やのりちゃんのお母さんよりもちょっとお年を召したお姉様から声をかけられた。
「あなたたち手を出して。お遍路頑張ってね」
そう言って塩飴を手渡してくれたのだ!
(お接待だああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!)
心の中で絶叫しちゃったよ!
地元の人たちからお遍路さんへのサービス。
だけどあくまで好意からするものであり地元の人の義務になってはいけないとのことで詳細が書かれることはない。
そんな優しさと謎でできたお接待が私たちの身に起こったのだ!
「「ありがとうございます」」
「体に気をつけてね」
お姉さまの一言に思わず塩飴の意味を考える。
(夏場は汗とともに塩分も排出されるから塩飴などで補給するのが大事と聞く。カバンが壊れたところから駅までの間にコンビニがあったしそこで私たちも買っておこう)
私がそんなことを思っている時、のりちゃんは先ほどのお姉さまくらいの年頃の男性から話しかけられていたのだった。
「僕も明日から歩き遍路やろうと思ってるんだよ。だから仲間に会えて嬉しいな」
男性は田崎と名乗り、私とのりちゃんのリュックを足したのよりも重そうなリュックを背負い、顔は日に焼けていて、私たちの警戒心に決して近付こうとはしなかった。
「リュックが壊れたから一度引き返そう、リセットしようというのは僕の発想にない考え方だよ。感心するなあ」
「うまく解決する方法が見つからなかっただけなんですけどね」
「いやいや、自分から戻れるのは凄いよ。時間的な観点からすると最善じゃないかな。僕は明日から始めるけど君達に出会えたおかげでワクワクしてきたよ」
列車は阿波川端に着き田崎さんとは一先ずお別れだ。
でも言動に力強さを感じさせる彼にはどこかで追い抜かされそうに思う。
3番目のお寺金泉寺で御朱印をもらっていると、応対してくれたお姉さんが今日の宿の予定を聞いてきた。
「まだ決まってないです」
「時間的に次の大日寺に間に合うかどうか。チャレンジしてみてその後探してみるつもりです」
お寺が御朱印を受け付けているのは7時から17時の間なのだ。
「それじゃあ5番さんの近くにお宿があるから聞いてみるといいかも。そこがダメでも他の宿についても同業だから詳しいでしょうし」
残念ながら彼女はその宿の電話番号を知らなかった。
少なくてもそこの宿の人は他所の宿についての相談をされても嫌な顔はしないみたいだ。
のりちゃんと頷き合って今日最後の方針は決まった。
4番への道は途中から人以外が入れない道になった。
少し踏み固められた獣道と言っていいような道を示されて、凄い不安だけど迷っていたら間に合わないと覚悟を決めて突き進んでいく。
途中で貼られている赤いお遍路マークに安堵し、土が踏み固められただけだから滑って怖い下り勾配にスピードダウンを余儀なくされて、ついに2車線道路に出た。
残った距離がわからないので走りはしないが少し早歩きで私たちは4番目のお寺・大日寺に到着した。
時間的に間に合いはしたが本当にギリギリだったので、お参りの前に納経所で御朱印をもらうことになり、お参りも火を使わないように言われ、最後に余裕を持ったスケジュールで気持ちよくお参りしなさいと叱ってくれたお寺の人はとっても親切だとのりちゃんと意見が一致したのだった。
ゆっくり歩いて5番目のお寺・地蔵寺を確認した私たちは、側の宿を訪ねて
「夕食は出ないけれどそれでもいいのでしたら。朝食は用意できます。コンビニはすぐ先です」
との回答に安堵するのだった。