72 黄紋病4
メリー・クリスマス!(と言いたくて、更新しました)
……カーティス団長の態度がおかしいのは、今だけよね?
座りやすそうな突き出た岩の上に座りながら、私はぼんやりと考えていた。
私がザビリアに殺されそうになった際に前世の記憶を取り戻したように、カーティス団長はエリアルたちに殺されそうになって、記憶を取り戻したように見える。
あるいは、その直前かもしれない。
突然、住民たちに剣を抜いたりして、普段と異なる好戦的な態度に違和感を覚えたけれど、あの時点で前世の記憶を取り戻していたのならば、納得できる。
前世での私の最期を考えると、『今度こそは』と、何が何でも私を守ろうとしたのだろう。
どちらにせよ、前世の記憶を取り戻したのは、つい先ほどだと考えて間違いないだろう。
私の場合を参考にすると、一気に多くの記憶が流れ込んでくるから、最初はその情報を処理しきれなくて溢れ返ることになるだろう。後から思い出す記憶もあるし。
だから、ある程度の情報が頭の中できちんと整理されるのは、数日後くらいになるのじゃあないだろうか。
つまり、それまでのカーティス団長は、記憶が混乱している状況にあるわけで、団長の言動におかしなものがあったとしても、見逃してあげるのが優しさに違いない。
私はうんうんと頷くと、きっとカーティス団長が異常なくらいにかしずいてくるのは、前世の記憶が蘇ったことによる一時的な影響で、数日もすればおさまるだろうと結論付けた。
そうでないと困るわよね。今世の私は一介の騎士なんだから。
騎士団長からかしずかれるなんて、悪目立ちをして仕方がないわ!
数日後にはこのおかしな関係から解放されるのねと考えながら、私はほっと安心のため息をつくと、一定の距離を空けて私の周りを取り囲んでいたエリアルたちに話しかけた。
「エリアルは族長の孫でしたよね? だから、こんな風に病人たちの管理をしているんですか?」
私の言葉を聞いたエリアルはびくりと身体を跳ねさせると、両手を突き出して私の口調の変更を求めてきた。
「だ、だ、だ、大聖女様。よ、よければ、その口調は止めていただいてもよろしいでしょうか? 狼藉まで働いたオレなんかに、そのような口調で話しかけていただくと、申し訳なさで寝込みたくなります」
「え、いや、私の口調くらいで寝込まれると、他の者が迷惑すると思うんですけど……」
「ああ、もう無理です。大聖女様のご丁寧な言葉を聞いて、倒れ込みたくなりました」
言いながら、エリアルはぼすんという派手な音と共に、本当に地面に倒れ込んだ。
「ちょ、エリアル、何をやってくれているんですか!?」
私の言葉を聞いたエリアルが、「ぐほっ」と言いながら、さらに顔を地面にぐりぐりと擦り付けるので、慌てて言い換える。
「ええ、エリアル、本当にあなた、何をやっているの!?」
「……ああ、少し気分が治りました」
エリアルは地面に倒れ込んだまま、泥まみれの顔を私に向けると、弱々しく笑った。
けれど、その笑った顔の額にも、頬にも、鼻にも、泥が付いていて、どうにも決まらない。
「ちょ、エリアル、本当に突然、どうしてしまったの?」
完全に挙動不審なエリアルを見て、私は当然のように疑問を投げかけた。
「さっきまで、私の口調なんて気にもしていなかったじゃない! どうして突然、気になり出すのよ?」
エリアルは私の口調が丁寧なものでなくなったことを確認すると、素早く起き上がって真顔で口を開いた。
「お会いした時は、オレの不徳の致すところにより、あなた様が大聖女様だと気付いていませんでした。そして、大聖女様だと気付いた直後は、オレのあまりの狼藉ぶりに、ただただ自分が謝罪することだけを考えていました。少し冷静になった今、やっとあなた様の口調の不自然さに気付けたという訳です」
「あのね、エリアル、私はただの大聖女『かもしれない』者でしかないのだからね?」
大聖女だと確定されるのはいただけないと思い、その部分を強調しておく。
私とカーティス団長のやり取りを聞いていたエリアルは、慎重そうな表情でちらりと私を見ると口を開いた。
「……あなた様のお望みであれば、『かもしれないお方』ということで」
あら、微妙な言い回しね。
私はむむぅと頬を膨らませると、膝に肘を置く形で頬杖をついた。
「……どうして、この地の皆さんはそんなに大聖女を敬うのかしら。ずっと昔に一度訪ねてきただけでしかないのに。そして、それから300年も経っているのに」
思わず、ずっと不思議だった疑問を零すと、エリアルに驚いたように見つめられた。
「あなた様はお忘れになったのですか? オレたちに対してしてくださったことを。黄紋病を治してくださり、滅ぶところであった一族を救ってくださったんですよ!?」
「……私ではなく、大聖女がね。それだって、料理人がお料理をするように、大聖女は聖女だったから皆の病気を治しただけでしょう? だから、職分を果たしたというだけで、特別な話ではないと思うのだけど?」
「……本気でそんなことをおっしゃられるのは、世界中であなた様くらいです」
エリアルは言いながら、苦しそうに胸を押さえ出した。
「え? ちょ、エリアル? どうしたの? 胸が痛むのかしら?」
慌てて立ち上がり近寄って行くと、エリアルだけではなく、周りに立っていた住人たちも同じように胸を押さえていた。
「ええ、痛みますよ。大聖女様のご慈愛の深さを目の当たりにして、崇拝と尊敬の気持ちで心臓がずきずきします」
エリアルの言葉に、周りの住人たちも無言でうなずき同意する。
……あれー、これはやりすぎのような気がしてきたわよ。
涙ぐんでいる者まで現れたため、私はちょっと現状に対して危機感を覚える。
確かに、(記憶を取り戻す前の)カーティス団長とシリル団長に、蘇った大聖女の振りをするって約束をしたわよ。
そして、私のあふれ出る気品と気高さにより、どうやらエリアルたちは想定以上に大聖女の蘇りを信じているようだけど、うーん、ちょっと大げさだわよね。
「……300年ってのは、すごい年月よ。いくら黄紋病の件を感謝しているにしても、ずっと昔の話でしょう?」
エリアルたちの感謝の仕方が、まるで自分が直接治癒されたかのような度合いの高さのため、疑問のままに尋ねる。
すると、エリアルは片手で自分の胸元をわしづかんだまま頷いた。
「ええ、ずっと昔の話です。そして、そのずっと昔に大聖女様のご慈愛がなければ、我々一族は今、この場にいません。……オレたち一族は、生まれてくるとすぐに、一番大事なこととして大聖女様のご慈愛について教えられます。母親が、父親が、近所の者が、繰り返し、繰り返し、大聖女様に命を与えられたから今ここにいられるのだという事実と、そのために返すべき恩についての話を教えてくれます。離島の民は皆、幼い頃から大聖女様の話を聞かされて成長するのです」
「ふげっ………」
想定外の話を聞いて、私は思わずおかしな声を上げた。
けれど、エリアルはそんな私を気にすることなく、当然のこととして話を続ける。
「我々は迫害されてきた歴史があります。個人が弱いということを知っているので、集団で行動します。個人が受けた迫害には集団で立ち向かうし、個人が受けた恩には集団で返そうとします。ですが……集団で、……一族全員で恩を受けた場合、どうすればよいのでしょう? そして、その御恩に一片たりとも返せていないとしたら?」
エリアルはそこで一旦言葉を切ると、問いかけるかのように私を見つめてきた。
「ええと、なかったことにして、忘れてしまう?」
私はぽんと両手を打ち合わせ、閃いたとばかりに答えたのだけど、エリアルを始めとしたその場の全員に嫌そうな表情をされてしまった。ものすごく嫌そうな表情を。
「……ちょ、質問されたから答えただけなのに、そんな嫌そうな表情をしなくても! 答えというのは、人の数だけあるのだから、私の答えをもう少し尊重してくれてもよくはないかしら?」
言い募る私に対して、エリアルは否定するかのように首を振った。
「この場合、答えは一つです。『御恩はただただ積み重なり、大きくなっていくだけ』です。だから、オレたちはただただ、祈るような想いで、大聖女様のお還りをお待ちしておりました。……多分、オレたちが大聖女様に対してできないことなど、何もありません」
何対もの真剣な目で見つめられた私は、ごくりと唾を飲み込んだ。
……ど、どうしよう。状況は思ったよりも酷いわよ。
治癒することで感謝されるというのは珍しい話ではないけれど、この度合いはちょっとどうなのだろう。
離島の民が元々義理堅い民族なのか、大聖女への感謝が代々言い伝えられているうちに、どんどんとその想いが強まっていったのかは分からないけれど、とんでもないレベルまで感謝の気持ちが膨れ上がっているように思われる。
「えーと、エリアル。うーんとね、じゃあ、『ありがとう』はどうかしら? 感謝の気持ちを『ありがとう』で伝えるのよ。そうしたら、伝えた方はすっきりするし、言われた方も嬉しいから。それで、おしまいにしましょう?」
私は手っ取り早くて実用的な案を提示したというのに、エリアルたちは曖昧な表情をして返事をしなかった。
……まああ、大聖女に物凄く感謝をしている、何でもできると言っておきながら、大聖女かもしれないと思っている私の言葉を全員で無視したわよ。
うんうん、これは、口で言っているほど感謝をしているわけではないわね。
そう思い、どこかほっとした私は、ちらりとサリエラに視線を移した。
……分かりました。全員に無視されて、大聖女はいじけましたよ。
そして、目が覚めました。やっぱり、最後に頼りになるのは聖女仲間ですね。
私は、聖女サリエラと仲良くすることにします。









