71 黄紋病3
「それで、いずれの素材を採ってくればよろしいのでしょうか?」
カーティス団長が片膝を折った姿勢で、これ以上はないというくらいに丁寧に尋ねてくるのを、私は何とも言えない気持ちで見つめていた。
傍から見た場合、これは正しく騎士団長と一介の騎士の関係だと理解してもらえるものかしらと心配になる。
「……ええと、カーティス。騎士団というのはまごうことなき縦社会でね。騎士団長と一介の騎士では、全く立場が異なるのよ?」
騎士団内のカースト制度を全く分かっていない風のカーティス団長に、一から教えるつもりで説明を始める。
けれど、私の言葉が途切れた瞬間を見計らって、カーティス団長は質問で返してきた。
「シリル団長から、第四魔物騎士団長のクェンティンが、フィー様にかしずいていると伺いましたが?」
「うぐぅ……」
誤った関係性を正そうとしている私を前に、いつの間にか独自で入手していた自分に有利な情報を示してきたカーティス団長に対し、私は苦悶の声を上げた。
……ク、クェンティン団長を持ち出してくるなんて!
カーティス団長ったら、思わぬところから攻めてくるわね! そして、その攻撃は非常に有効だわ!
私は何と返したものかと暫く考えた後、上手い考えが浮かばず、敗北のため息をついた。
……これは、簡単には説得できそうにないわね。
クェンティン団長という悪しき先例を知ってしまった以上、カーティス団長の丁寧すぎる態度は簡単には直らないと思う。
ああ、これは、長期戦になりそうね。
そう思いながら、クェンティン団長についての質問はなかったことにして、カーティス団長の初めの質問に答えることにする。
「え、ええと、そうね、素材の話だったかしら? 黄紋病が少し厄介な形で変異しているから、これを治すためには……」
言いながら、突然閃いて、ちらりとカーティス団長を見やる。
「ええと、………なんというか、森の中にある、黄色い貴重なものが必要な気がするわ」
カーティス団長の言う通り、私が聖女であるということがバレたら大変なので、遅まきながら隠蔽工作を行うことにする。
先ほどまでの言動を思い返してみると、少しは迂闊な発言をしたかもしれないけれど、まだまだ挽回できる範囲のはずだ。
つまり、回復魔法を目の前で使わない限り、何だって言い逃れができるということだ。
けれど、さすがにここで新たな特効薬の材料をすらすらと口に出したら、怪しいことこの上ない。
だから、新特効薬の素材についてはカーティス団長が発言した形にして、押し付けてしまおうと決心する。
何と言っても、元護衛騎士と護衛対象だ。
前世では誰よりも長い時間一緒にいたのだから、何でも分かり合っているに違いない。
……つまり、私が1を語ることで、カーティス団長が10を察すること、間違いなしということだ!
そう絶対の信頼をもってカーティス団長を見つめていると、果たして団長は了解したという風にゆっくりと頷いた。
「承知しました、フィー様」
自信満々に答えるカーティス団長の姿は、とても頼もしく見えた。
さすが、私の元護衛騎士! 私のことは、私以上によく分かっているのじゃないかしら?
そう誇らしく思っていると、元護衛騎士は確信に満ちた表情でとんちんかんな答えを口にした。
「黄ミスリル鋼ですね」
「……へ? ち、違うわよ! ちょ、カーティス、黄色の貴重なものよ? 他にあるでしょう?」
得意満面に間違えるカーティス団長に対し、私は即座に間違いを正した。
けれど、何でも分かり合っているはずの元護衛騎士は、困ったように眉根を下げた。
「……黄ミスリル鋼ではないのですか? とても素晴らしい剣になる材料なのですが。……でしたら、黄硬竹ですか? 確かにあれは芸術的なまでの直線をしている上に、ちょっとした武器になりますが」
「ちょ、カーティス、あなたさっきから、武器関係の連想ばかりじゃないの! そうではなくて、婦女子が好む黄色い貴重なものと言えば……」
「ああ! 黄帝獣の牙ですね! あれなら婦女子でも使いやすい短剣を作れますから」
「だから、武器じゃないって言っているでしょ! 花びらよ! 『黄風花の花びら』です!!」
カーティス団長のあまりの勘の悪さに、私は思わず大きな声を出した。
森の中で一番貴重で入手困難な黄色いものといえば、『黄風花の花びら』に決まっているじゃあないの!
なぜなら、黄風花は大木に咲く花なのだけれど、どういうわけかその森の中で一番大きな木だけにしか咲かないからだ。
つまり、『黄風花の花びら』を入手するためには、広大な森の中で一番大きな黄風花の木を見つけ出さなければならない。
それは物凄く大変なことで、困難を極めるはずだ。
だから、答えは『黄風花の花びら』一択に、決まっているじゃあないの!
そう心の中でつぶやきながら、勘の悪い元護衛騎士を睨みつけていると、カーティス団長は既に採取方法について思考を進めていたようで、言いにくそうに口を開いた。
「『黄風花の花びら』ですか……。半日お時間をいただければ、揃えることは可能ですが……、ですが、フィー様をお一人にさせる訳にはいきません。もしよろしければ、フィー様を一旦シリル団長の元にお送りしてから、素材採取に向かわせていただいてもよろしいでしょうか?」
「いやいや、私のことに時間を取るのは止めてちょうだい。ここで、エリアルやサリエラたちと待っているから大丈夫よ」
基本的に私の言葉に従順なカーティス団長のはずなのだけれど、私の言葉を聞くと悩まし気に顔をしかめた。
「……フィー様、私には一つ、あなた様に対して決して許されない大きな罪がございます。まずは、今世でお会いしてすぐに謝罪すべきところではあったのですが、……あなた様のお立場を鑑みると、人前でする話ではないと考え、時機を見計らっておりました」
「ええと……」
何となくカーティス団長の謝罪の内容に見当がついた私は、謝罪の内容が想像通りであるならば、カーティス団長の非は全くないんだけれどなと思い言葉を濁す。
私の言葉が途切れたことを会話の切れ目と思ったのか、カーティス団長は言葉を続けた。
「そして、その謝罪に繋がる悩みを、私は一つ抱えておりまして……、私はあなた様のお側を離れることが、恐怖で仕方がないのです」
そう口にしたカーティス団長は、何を想像したのか、一瞬にして真っ青な顔色になった。
「ちょ、カ、カーティス!? だ、大丈夫? 今にも倒れそうな顔色だけど……」
驚いて声を掛けると、カーティス団長は片手で口元を押さえ、苦し気に上半身を折り曲げた。
「的確です、フィー様。私は正に今、倒れ込みそうな気分の悪さです。……ああ、何度も何度もイメージをして、克服したものと思っていたのですが、……あなた様を御前にしてイメージすることが、これほどまでにもダメージを受けるものだったとは。……未熟者で申し訳ありません」
「え、ええ? カーティスは未熟ではなく、立派な騎士だと思うわよ? 何を想像しているかは不明だけど、その想像はあなたのためにはならないようだから、別のことを考えた方がいいと思うわよ。たとえば……ダイエットに成功した後に食べるケーキの味とか」
苦し気なカーティス団長を何とか助けようと、思いつくままにアドバイスしてみる。
けれど、カーティス団長は震える声で、はっきりと反論してきた。
「……お言葉を返すようですが、ダイエットに終わりはありません。その最中にケーキを食するなど、その者はダイエットを試みるべきではないと思われます」
「……む、むむう。では、そうね、もっと単純に………たとえば、あなたが美女たちに囲まれて、きゃーきゃーと騒がれているイメージなんて、どうかしら? 嬉しくて、元気にならない?」
「なぜ、そのイメージには複数の女性が必要なのでしょうか? 私はお一人で十分です。そして、今の私には、フィー様以上に大事な方などいませんから、そのように女性たちに囲まれるイメージは煩わしいだけです。……ああ、さすがですね、フィー様。あなた様と会話をしたことで、落ち着いてきました。私を冷静に戻すための会話選びは、お見事です。お気遣い、ありがとうございます」
「………………」
いや、うん、確かに落ち着かせようと思って色々と提案してみたのだけど、こんな風な落ち着き方を想定していたのではないんだけどな。
私の話に美味しそうな顔になったり、にやにやした顔になったりして、元々想像していた嫌なものを吹き飛ばすってことを想定していたのだけど……
そう思っている間に、カーティス団長は折り曲げていた上半身を起こすと、騎士服の袖部分で額の汗をぬぐった。
それから、団長はふうっと大きなため息を一つつくと、困ったように私を見つめてきた。
「……正直なところを申し上げれば、シリル団長であってもフィー様を預けていくことは心配なのです。けれど、新たな素材が入手できず、特効薬が作れなければ、フィー様は隠そうとしている方法を使われてでも、病人たちを治癒されるでしょう。……それは、とてもリスクが高い」
「……ええと、だったら、私も一緒に素材採取に向かいましょうか? 一人より二人の方が早く終わるでしょうし」
心底困り果てた様に心情を吐露するカーティス団長を見て、私は助け船のつもりで提案した。
けれど、間髪入れずに却下されてしまう。
「御自らご提案いただいたところ申し訳ないのですが、その案は賛成しかねます。もちろん私は何物からもあなた様をお守りするつもりではありますが、私と一緒に魔物の森に入られるよりは、この場に留まられた方がリスクは少ないでしょう」
言いながらも、まだ迷いを見せていたカーティス団長だったけれど、意を決したように私の前で膝を折ると、真摯な表情で口を開いた。
「リスクのない状況などないと分かってはいるのですが……、了解しました、フィー様。あなた様のお言いつけ通り、急ぎ素材を採取してまいります。その間、ご不便かとは思いますが、この場でお待ちください。……あなた様を病人から離しても、あなた様の精神衛生上良いことはないでしょうから」
決意した表情で立ち上がったカーティス団長を見ると心配になり、思わず声を掛ける。
「カーティス、一人で行くわけではないわよね? 『黄風花の花びら』よ? 森中を探すことになるから人手がいるし、森の奥深くに入れば凶悪な魔物も出るわ。……やっぱり、怪我人が出た時のために、私がついて行った方がよくないかしら?」
けれど、私の言葉を聞いたカーティス団長は、困ったように顔をしかめる。
「繰り返しで申し訳ないのですが、フィー様は隠そうとされているものがありますよね? そのことだけを考えても、私以外の者もいるかもしれない場に、そのようなお考えで同行されることは、間違いだと思うのですけれど……」
言いさすと、私に正面から向き直り、ぺこりと頭を下げる。
「偉そうに聞こえたら申し訳ありませんが、フィー様、時には切り捨てるということを覚えてください。何もかも、全てを救うことはできません。一番大事なものが何かを見極め、それを守るため、それ以外のものを切り捨てることも、時には必要かと思います」
「え、ええ、その通りね……」
カーティス団長の言いたいことを理解した私は、安心させるように何度も頷いた。
カーティス団長が仄めかしている『一番大事なもの』は、きっと『私の命』だわ。
団長の前世のお役目を考えたら、至極当然の思考ではあるのだろうけど……
だけど、私の大事なものの中にはカーティス団長も含まれていて、どう考えても森の奥深くへ入るのは危険極まりないのだけど。
そう心配する私の心の声が聞こえたのか、カーティス団長は安心させるかのように小さく囁いた。
「ご安心ください、フィー様。私は元々、この地の民ですから、この土地のことは分かります。一人で最短の道を通り、すぐに戻ってまいります」
そうして、もう一度深く一礼をした後、カーティス団長は素早くエリアルに近付くと、胸倉を掴み上げた。
「それでは、フィー様をお預けしていく! お前らが信じるところの大聖女様『かもしれない』ご存在だ! 髪の毛一筋たりとも傷付けないよう、細心の注意を払え! それから、この場で見聞きした会話の一切を胸の中にしまっておけ!!」
それはどう贔屓目に見ても、ものを頼む態度ではなかったのだけれど、どういう訳かエリアルはこくこくと了解するかのように頷いた。
「しょ、承知いたしております!!」
うわずったような声で返事をするエリアルたちを再度、威嚇するかのように睨みつけると、カーティス団長は足早に洞窟から出て行った。









